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日経夕刊のコラム「さらりーまん生態( いきざま )学」から作家江波戸 哲夫氏の「リタイア組の決算書」と題する一文です( 2013年9月4日 )。
「昔、『男の顔は履歴書』っていう映画があったよな。そしたらどこかの作家が"女の顔は請求書"って付け加えた」
酒席で旧友Tがこう切り出した。私が古い記憶を探っていると、Tはさらに続けた。
「ところで、リタイア組の顔は何だと思う?」
意表を突かれて考え込んでいる私にTがいった。
「リタイア組の顔は決算書だろう」
Tは半年前、長いサラリーマン生活を完全に卒業し、いま自分のン十年の決算書をしみじみ眺めているという。
「サラリーマン時代に色んな事業に関わって、それぞれに利益計算は出ているけど、何かで損をしても、いつも『いま仕掛けている次の事業の儲けでカバーしてみせるさ』と思っていたから、現役時代おれの損得は確定しなかった」
なるほど。サラリーマンをとうに辞めた私でも、Tのいいたいことは分かる。
ユニクロの柳井正氏の著書「一勝九敗」じゃないけれど、多くの事業の勝率は、野球の打率に遠く及ばないと皆知っているから、少しの失敗をしてもいつも、「次こそは」と思って、元気を取り戻すことができた。
「だけどさ」とTが続けた。
「リタイアすると、もう"次こそは"がないんだよ。これは辛いぞ。次こそがないのに、納得できる決算書を書けたサラリーマンなんてごく少数だろう」
なるほど。大きな一勝をした後に決算書を書けるならまだいいが、九敗が続いた後、次の勝ちが来る前にリタイアするのでは、目も当てられない。
「自由業はいつまでも決算書を書かなくていいからいいよな」とTがいった。
「馬鹿いえ」と応じた私は、何人もの作家がよく「次作こそ代表作です」と発言していることを思い浮かべていた。
これを読んでしみじみと鏡の中を眺めると、そこには老いさらばえた、債務超過の決算書しか映っていません。
然し、考えてみれば、リタイアで人生が終わる訳ではありません。残された人生を実り多い、有意義なものにすることによって、立派な決算書の死に顔にすることを密かに願っています。
本編へのコメントです。
(Edelstoffさん)
人生仕事だけが全てではありませんし、この人生もこれっきりではなく、生まれ変わって次の人生がありますから、この決算書はそれこそ中学校の期末試験と思えば、まだまだ上があります( だといいのですが・・ )。
(偏屈老人)
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