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実は東京に戻ってから大工仕事をしています。(^^;)以前に木工教室ここで参加しました。で棚を作った経験から電動工具になれました。(^^;)ということでまた大物を作っています。またいずれ写真をアップしたいですね。設計も自分でしました。かなりかしこい収納つきのベットなんです。なおかつばらばらして移動などが楽にしてあります。ばらして掃除がしやすいように。稼動がされないと嫌な人なので。なるべく自由度が高いようにしてあります。我が家の棚なんかは。模様替えが大好きなので。最近ひそかに感じるのですが、部屋をどのようにしておくかでその人の心の中も推し量れそうだなと感じています。私はときどき散らかっているけど、本当は整理整頓を完璧にしたいタイプ。でもどこから手をつけていいかわからなくなることがあるんですね。他に作家さんなんかは混沌のなかでものをつくりだすというのもあります。でも散らかっていてもどこになにがあるかわかるんですね。でも全く散らかってどうにもならなくて、必要なものがでてこないとしたら考えたほうがいいのかもしれませんね。私も気持ちの整理がつくようになってからのほうが部屋の整理ができるようになっているかもしれません。今そうざらえしています。夫が残りのいらない荷物を全部送ってきたので。全部でコンテナ3つくらいあったですね。前回とあわせて。ものと対峙するときに必要か必要でないかを見極めるのが苦手。愛着があったりとか。でも使わないものは捨てる決心でいます。気に入った気持ちのいいものしかおかないようにと考えています。モノにもエネルギーがあるなあと感じます。使ってあげないとね。(^^;)
2007/01/31
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正直セラピーにおいて自分に向かい合うことをすると早く進むことがあります。ゆっくりと学ぶことが早くに進む。(^^;)とはいえ、トータルで2年くらいかかるかなとは思っています。無意識の環境の中で人格形成がされてきた事を考えると早いと思います。自分においてもそうでしたが。他人にコントロールされない人間。(^^;)これいやがられそうですね。でもこれからの世の中は自分で自分を把握して動けないとつらい世の中になるのかも。脳を使う機会が減っている。携帯が普及したことで待ち合わせ場所がいい加減でも大丈夫になってきた。下手したらナビゲーションシステムでお互いに地図を交換すればいいかも。機械化が進む中で、人工知能の研究は打ち切られたという話もきく。人間の脳の複雑さにはせまることができないようだ。脳は人間の物を使って体を機械にまかせる、すなわちモビルスーツみたいな形に移行している。それくらいこの先、ソフトにさらに価値がでてきそうです。そのときに無意識が感情に対して体感的に理解できている人は強いだろうなと感じてます。クライアントさんたちが穏やかになってきています。安心感を持っている。それはどんな環境においても変わらない。特に私に関わってくれればくれるほどに。私だけではないんですけどね。(^^;)それはなぜかなあと思ったら、確認がとれやすいからかもしれません。自分をきちんと見てくれている人がいる。成長を観察してくれる人がいる。その安心感かも。日頃のことや感じていることやいろいろと教えてくれる人がいます。私の返事は短いのですけど。(^^;)でもそのなかで確実に物事の味方や気持ちが変わってきている。それを感じられるのです。人によって波があって、半年や一年間が開く人もいます。波立つことがあるときだけのひとも。毎日の人も。(^^)/メールをくれたり、電話だったり手紙だったり。私からは待っているだけのことが多いですけど。(^^;)本来の自分にアクセスできるようになると安心感が増すようです。
2007/01/30
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最近よく感じているというか、気がついてきていることがあります。結婚の破綻において。(^^;)結婚生活のモデルは親であることが多いです。そして皆自分のうちが標準と思っています。だから結婚に際していろいろと揉めるのですが。(^^;)習慣から何から違って当然なんです。だからかみ合わなくて結婚しないこともよくあることでしょう。自分は結婚しないとわからないことってたくさんあるなと思っています。実は同棲も何度かしていますけど(^^;)同棲ではわからないんですね。その後結婚したケースがほとんどですけど。結婚した途端かわるというわけではありませんが。ま、それはおいといて。結婚と離婚歴が多いので結婚生活や離婚についての相談もよく受けています。そのなかで感じているのが、女性の側の育てられ方の抑圧が大きいのだなと。男性は多少腕白でもよしとされます。でも私の育ったころの女性は女性らしくというのも求められた時代です。まだ仕事するお母さんが少なくて。その端境期にいた人たちの多くに、自分らしく生きたいものの、それをストップさせられている。そんな感じがあるようです。そして何よりも、母親が自分の生き方に不満を持っている場合に娘に対して干渉が大きいんですね。本人も娘も感じていないことが多いです。これが結婚生活を上手く生かせていないことが多いように感じています。というのも、娘の幸せを妬むんですね。(^^;)いえ、子供を愛していないわけではないんです。ただ女性にとって娘は自分の半身なのかもしれません。だから、娘に対して自分と同じ苦しみを与えがちです。思考パターンも。娘も母親は自分にとってのモデルなので反感を覚えながらもそのままインストール、インプリントしてしまいます。嫌だと抵抗しているほどになります。むしろ、母親の嫌だなと思うところをいいところと受け止められるとその干渉、呪縛から逃れられます。実はそれが私のパターンです。(^^;)ただ変わりに母親からはコントロールのきかない可愛くない子という評価を受けるので嫌われます。(^^;)皆母親から嫌われたくないんです。男の子も、女の子も。親からは。特に母親の影響は接触回数や念のこもり方で大きくなります。正直優しい気持ちをもった人ほど、親の影響を受けています。だから自由に動けない。でも大好きな親を責めることができない。でも親から気持ち的に、距離的に離れることができないかぎり、自分の人生を歩むことができないのです。日本では親に孝行を尽くすことを善行としてます。そして田舎になるとそばにいてあげることがさらに善行だと思っている人がいます。特に年配の方が親にはとにかく感謝しろと。でも本当はききたいんです。若いときに喪同じ気持ちでいましたか?って。案外と違うと思うんです。親は別の視点で子供の幸せを願っていることがあるんですから。親から離れて暮らして親不孝している偉い人ほどそういう事を言っている気がします。だから人がいうことを吟味しないで真に受けなくていいと思います。みんな途中のプロセスをぶっとばして結果だけいうから、わからなくなるんです。今途中にある人たちに雑な教え方をしている人が多いなあと。まあ、今渦中にいなからわからないんでしょうけど。まじめな人ほど、素直なひとほど、偉い人の言う事をそのまま受け入れてしまいます。自分で咀嚼して確認しましょう。素直に親に感謝できる人は幸せです。でもしこりがあるのに、それを無理に押し込めていると自分の気持ちをきちんとみていないので、自分が納得できなくなります。私も気をつけよう。(^^;)今の段階では私は母から離れていて快適です。母が私を否定しているのは風の便りで聞いています。(^^;)一面的な見方で。母が自分の親にできなかったことをしているのが腹立たしいのもわかります。でも母親の機嫌を取ることで私の節をまげることはいまする必要がないと感じているだけです。言い訳のようですが、親の価値感をそのまま受け入れている人が幸せとかんじていないことをよく知っているからです。私は親の価値観をうけいれていないかわりに、どんな快適でない環境でも幸せに感じられます。それは自分の人生に責任を負っているからです。他人の価値観で生きていてうまくいくわけがありません。(^^;)自分で選択している責任がない限り。本来は自分が気持ちよくご機嫌で生きていくことが何よりも、親に対する孝行なのです。あなたは自分のために犠牲にしていつも不機嫌な親をみていて、気分がよかったですか?誰がそれで幸せだったんでしょうか。親も自分も幸せでなかったんです。そして今自分で選択できます。もう大人なんですから。親が自分の機嫌がとれないのは、あなたのせいではありません。親の問題なんです。あなたが責任を感じる必要は一切ないんです。そのかわりに、あなたの機嫌に対しての責任は自分にあります。自分がとる以外に誰もとれないんです。親が機嫌悪く、あなたをマイナスの感情でコントロールしようとしてもそこに揺さぶられる必要はありません。なのにすべてといってもいいくらいの人がこれをされてきているんですね。たまに親ではなくて、先生というのもありますけど。(^^;)大人が自分のご機嫌をとれないから、子供も自分の機嫌をとる事を覚えられない。環境でしかないんですけどね。私の破綻の理由ですか?これまでは自分の気持ちがわからなくてでした。(^^;)これから先は、きっと学ぶことが終了すれば卒業してしまうのだろうと感じています。これまでも協議離婚でお互いに納得のいく別れ方をしています。完璧なひとは常にいません。結婚相手において。それは自分をみればわかることでしょう。自分が完璧というひとであるのなら、さらに傲慢というのがついていて完璧でないでしょうね。(^^;)なのにひとには完璧を求める。それは自分に対して求めているのかもしれません。または結婚を恐れているのかもしれません。結婚生活は恋愛とは違います。長い時間一緒にすごす中で、自分を相手を深く見つめることができる場です。結婚相手は特に自分の鏡となります。離婚していくときは、相手の鏡が正しく自分を映し出してくれなくなったときに離れてしまうのかもしれません。お互いに磨くことをしないと、正しく相手を映し出すことができません。これまで何度か結婚をしてきましたが、いつも私を成長させてくれるものでした。本当に感謝しています。そして皆私を押し出しきてくださった。(^^)/まあ、私をもてあましたといってもいいかもしれません。いつも私なりの精一杯を尽くしてきました。だから後悔はありません。愛情をたくさんもらってきたから、今の私がいるなと感じています。特に今の夫には感謝しています。これだけ私を成長させてくれた。夫とであったときの手帳をみつけました。読んでいて、こんな私がいたんだなあと改めて感じ入りました。確実に視野が広がって。夫に教育を受けていたんだなあと。本当に有難いといったらありません。いずれ夫とはけじめをつけることになりそうな気がしています。でも夫の仕事においては、夫が必要とあればなるべく続けていこうと思っています。私に非があるのではないかとセラピーに出会い、自分の内面を見ていくうちに、自分の非をみつめることはありませんでした。自分の中にあるマイナスの感情の発露に関して自分が対処できてなかったことを感じて、対処の仕方を学んだだけでした。それをするなかで、いろんな人間関係でもめるのは自分の過去の対処できなかったエネルギーに対して、自分が毅然と向かいあえるようになると不安がなくなるということです。そして誰からも傷つけられることのない自分がいることに気がつけます。結婚に関しての常識も変わっていくといいなと思っています。すでに今の世の中の動きと昔の結婚観を当てはめるのには難しくなっていると感じています。いえ、できれば同じ人と長く結婚生活を続けられるのに越したことはありません。でも万が一結婚が破綻したとしても嘆くこともないと思います。結婚というばかげたことをした自分を褒めてあげて欲しいです。(^^;)そして離婚という決断をした自分を。何もしなければ、悲しみないかわりに喜びもありません。経験してみないとわからないことがあるんです。結婚と出産においてはとくにそう思います。体感してみてはじめてわかること。ストレートに何事もなく行く人からすると失敗に見えるかもしれません。でも失敗ということは何一つないのです。コップをうっかり倒せば水がこぼれるということを知ったのです。水をこぼしたら、ふけばいいんです。新しい水をいれてまた飲めばいいのです。どれだけ周到に用意していてもうまくいかないときもあります。人は感情の生き物です。そしてみえるところにだけ情報があるわけではありません。一見失敗にみえることに学びがたくさんあります。私?もちろん。(^^)/一度で学べという感じですね。(^^;)人生を何度も学びたいという貪欲な人と思ってくださいませ。
2007/01/29
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説明会、懇親会、2次会、3次会、爽朝勉強会、新年会つき藤原塾にご参加ありがとうございます。(^^)/いやあ、このほとんどを2日間で参加してしまう人がいるのがすごい。(^^;)今回は私を入れて3人です。(^^;)他にも電車の都合で3次会出ていないという感じ。今回爽朝勉強会には8人もいらしてくださって。うーん。結構大変なんですけどね。土曜日の夜1時半に寝て朝7時には爽朝勉強会にでてくるという。(^^;)素晴らしいですね。(^^;)藤原さんの話が面白いということなんですけど。どんな展開になるのか毎度わからなくて。結論さえも。いくつかは知っている内容なんですが、それがそのときによって組み立てられかたが違っていて楽しいです。皆さんが喜んで腐っているなら嬉しいなと思っています。
2007/01/28
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手料理新年会に4歳のお孫さんを連れてきてくれた方がみえました。もちろんお母さんである娘さんもご一緒に。私も息子と娘がきています。その4歳の女の子めちゃんこ、可愛くてなおかつ頭がいい。(^^)/2時の時計をみて2時だねって。私なんて小学生だもの。(^^;)皆がすごーいって褒めたら、泣いちゃったの。いっせいに皆の注目を集めたのもあるんでしょうけど。あとで風船アートのできる人にたくさんつくってもらって超ハイテンション。ご機嫌なおったんですね。そのあとご機嫌よく遊んでいたら、ジュースをこぼしてしまって。私と他のひとで片づけをしました。その片付けをしているときに、(昔の私は子供のときに怒られていたなあ。)って感じていたんです。実際に母によく怒られていました。「なんでそんなことをするの」好きでしていないのに。大人は自分がすると怒らないのに理不尽だなと。(^^;)この日も私もこぼしているし。私だから自分の子供にも叱っていた、叱るまではいかなくても、片づけを強要していた。でもそんなことすらする必要ないんだなあと。別に失敗誰もがすること。それを淡々と正せばいいこと。怒る必要はないんですね。きっとこんど4歳の女の子は同じことがあれば、ぞうきんをもってきてふくことでしょう。これで叱られていたら、萎縮してしまいますもの。失敗はしちゃいけないってなるでしょうね。このときはなく事をしませんでした。あとでもう一度くらい泣く状況があったのですが、そのときも褒められるのが集中したとき。だから皆褒めるにしても、ばらばらと褒めるようにしていました。そして最後のあたりでは私と別の人が緊張した空気の中で会話していたときに風船のおもちゃを持ってきて場をなごませてくれたんです。それをみていて、ああこの子はエネルギーを読んでいるんだなあと。子供はみんなそうだった。言葉の意味よりもその場の雰囲気で読んでいる。その場のエネルギーだけを読み取っているといってもいいかもしれません。この新年会は藤原塾もかねていて、いろいろと教えてもらうのですが中学1年生の娘も中学3年生の息子も大人しく話を聞いています。特に中学1年生の娘はすご区しっかりと話を聞いていたので、面白い?と聞いたら「面白い」って。(^^;)世代の背景を知って会話する話しとか、クレーム処理についての話だったんですけど。(^^;)営業や人間関係のつくり方みたいな話だったんですけど。さすがに4歳の女の子は「またはじまった・・・」って小声でこぼしていたらしいですけど。でも大人しくしていました。1時間とか2時間とか。すごいなあ。(^^;)子供って本当に健気だなあと思います。自分も同じ過程を通ってきたんだろうなと思わされて。親が自分のことで精一杯の家庭だったり、親も自分の問題を処理できていないとそのまま子供に伝播します。誰もが自分の環境を当たり前と感じていますが、案外と子供からのみえ方が違っていることもよくある話です。子供の側に立つことは本当はできるのですが、自分の中の子供が自分の声を聞いてもらっていないと邪魔をします。子育てに対して。自分もそうでしたけど、それぞれの育て方を聞かせてもらう中でよく感じます。これは別で話します。
2007/01/27
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毎月恒例のセラピー説明会のご案内です。(^^)/今回は東京で話をしたものになりますが、たぶん東京とはバージョンがかわっているはず。いつも同じ話をしない藤原さんなので。(^^;)そして毎回楽しみにしているのは私だけではなくて。結構なリピート率ですね。1年以上皆勤賞という方もみえます。20回だ。「今月いけない、皆勤賞をのがしちゃう。」なんて方も。(^^;)嬉しいですね。皆さんのご参加お待ちしております。1月27日 (土曜日) 第27回プチビジネス講演付きセラピー説明会 IN 名古屋「時代に必要とされる専門性の深め方」 藤原毅芳氏(フジワラタケヨシ事務所 所長)「自分を受け入れる方法」 伊藤りょうこ18時00分(受付開始)18時半から20時45分まで 会場:名古屋国際センター5階 第2会議室参加費:1000円懇親会も予定しています。 講師は藤原毅芳さんにきていただきます。出席者の方にあわせますので、講演の内容が多少かわります。クライアント様のアフターフォローでもありますが、一般の方にも役にたつ内容です。お気軽にご参加くださいませ。 お申し込み↓第26回セラピー説明会 IN 名古屋感想文http://www.angelite.jp/52
2007/01/26
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他人からされていることは自分にしていること人に責められるように感じるとき、自分を責めている。ひとからされているとかんじているものは自分が自分にしていること。人から感謝されていると感じている人は自分を感謝している。人から喜ばれていると感じている人は自分を喜んでいる。人から妬まれていると感じる人は自分を妬んでいる。人から嫌われていると感じている人は自分を嫌っている。人の事がわからないと感じている人は自分をわからない。人から不満をいわれていると感じる人は自分を不満に思っている。人から大切にされていると感じる人は自分を大切にしている。人から愛されていると感じる人は自分を愛している。だから、まず自分からはじめよう。
2007/01/25
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人間は環境の生き物です。ですから、気持ちよく自分らしく生きて生きたいと思うのなら、そういう生き方をしている人のそばで生きるのが一番早いと思います。そこでは楽に成長していけます。競争のない社会を望むことに対して軟弱さを感じられてしまうかもしれません。人との競争をしたくないと思う傷つきやすい精神に対して。でも他人と競争しないだけであって、自分が向上する事を放棄しているわけではないのです。その人それぞれのペースがあるのです。子供においても物事を習得している過程に遅い早いはあるけど、ある程度時間をかければできる。またできないとしてもそれも個性なんですね。他のことが得意かもしれない。数値化されないところで人の価値がある場合もあります。優しさや思いやり、愛情の深さのほうが実際の社会での幸せを手に入れる中で価値がある。そんなこともあります。でも自分がそれに気がついて認めてあげない限り、その能力も活かされないのです。だから自分の内面をみることをお勧めしています。そして私と接する機会が多いほどにその方の自分を観るお手伝いもできるのです。自分だけでは自分を観ることはできないのです。鏡に映してみないことには。それが周りにいる愛情をもって成長を見守れる人なのでしょう。待つことをしてくれる人がいるのは幸せです。一番の愛情は待つことかもしれません。急かすことはカンタンなんです。でも動けるわけではない。なら見守ってあげる愛情が必要なときもあります。
2007/01/24
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美東さんのおかげでいろいろと触発されています。これまでは自分の力以上に頑張らないと認められないという時代背景があったように感じます。それは団塊の世代といわれえるように、人数が多くて競争社会だったからです。加えてその子供たちも同じように親の価値観で生きていたから、競争しないといけないと思っていた。でもいまや社会は段々とモノが豊富になり、便利になった。ただがむしゃらに働けばいい社会でなくなったんですね。ただものをつくればいいというものではない。ゆとりのある世の中になってきた。そのときに求められる資質というのは繊細な感受性をもって、人に対して喜ばれる思いやりの気持ちがないと無理なんですね。モノを提供するにしても、受け取る側が目が肥えてきているので支払うエネルギーに対してより価値があるものを求めています。そういった世の中になっているのに、生産することだけに価値をおいてきた教育の中で育ってきている人間にとってどう生きればいいのか見失ってきているのかもしれません。だからまず、こころの本質的な部分で感じられる感受性の強い人たちが社会になじめなくなる。その顕著な例が子供たちの不登校やいじめかもしれません。またうつが増えてきていたり、自殺者が増えているのもそういったことかもしれません。これまでは他人は蹴落とすもの。という競争社会の中の価値観で生きていた人たちでさえ、それがしんどくつらいことだとわかってきた。誰と競争しているのかわからなくなってきた。誰とも競争する必要もないのです。それは誰もが唯一の存在だから。誰と比べることもなく存在していていいのです。それなのに仮想敵を作ってもっともっとと成功する事を求めていても空しいだけなのです。いまや人とのつながりの中で気持ちよく思いやって生きていけることのほうが価値があるとおもいませんか?そんなときに競争する概念があると自己矛盾、自己撞着がおきます。そして、あたらしい他人とともに気持ちよく生きていくことに対しての概念がないばかりに悩み、迷うのです。それはそうですよね。今までそういう環境になければわからないのですから。周りにそういう幸せな生き方をしたモデルがあれば、目指せばいいのです。でもあまりにもその数が少ない。また、豊かに生きていくまでのプロセスがわかりにくい。だから戸惑ってしまうのだと思います。お金を否定しているわけではありません。むしろすべてにおいて豊かになれるはずなのです。何かを犠牲にして手に入る豊かさは豊かとはいえないでしょう。そんなことに気がつくためにも、自分を見つめる事をしないとわからないことがよくあります。それくらい他者によってもたらされた、概念に浸りきって生きているのです。誰もが。それを与えてきたのは社会だったりするのです。でもそれが悪いことではなくて、これまでの世の中の仕組みの中で上手く生きていける方法だったからなのです。ただ環境は移り変わっています。10年一昔。携帯電話を持ち始めた年齢を覚えていますか?私は30歳でした。それまでは携帯がない世の中だったんです。今とは全然違う環境だったことを30歳以上には顕著に感じられるはずです。それだけ違っている世の中なのに、価値観は昔と変わらずにいる。おかしいと思いませんか?離婚歴がある人が増えていることもそうです。またいまや既婚者の4分の1の人が年上の奥さんだそうです。確実に世の中の環境が変わっているのに、昔の価値観が通用している。それによって困らなければいいのですが、苦しくなっている。これだけの情報化の社会の中で人とのつながり方も変わっています。人間の感情は変わらないものがありますが、環境は変わっている。スピードがあがっているのです。あなたのおじいちゃん、おばあちゃんは仕事を何をされていたでしょうか。ひいおばあちゃん、ひいおじいちゃんは。ほとんどの比率で農家とか漁師とか1次産業に付いていた方が多いはずなんです。そのときに、今の世の中ほどに仕事の効率を求められてはいません。だから今の世の中についていけなくても当然なんですね。でも社会において、効率を求めてコントロールしたい人が幅を利かせている。誰が幸せになることを考えているのでしょうか。社会のトップにいる人ですら、幸せではないかもしれません。何かを努力して手に入れても、それは努力しないと失うものなのです。それよりも、今自分の中にある宝物に気がつけるほうが幸せかもしれません。大人が楽しんでいない世の中で子供たちが大人になりたくないと思うのも当然でしょう。大人が大人になれてよかった。大人になるとこんなに楽しいんだよ。という生き方をできるほうがいいですよね。あなたに子供が生まれたとして、「生まれてきてよかったね。」っていえる生き方をしていますか?私は特別お金持ちでもありません。そして人からうらやまれるような生活もしていません。(^^;)でも、毎日幸せに生きていられるのです。私がやりたいと思う事をし、私を大事にしてくれる人たちと深い話ができる。自分が困ったときに助けてくれる人がいるという安心感。そして私も助けにいくと思える人たちがいる充実感。自分の内面に向かいあい人とも逃げないで向かい合ってきた自信かもしれません。つらいときがなかったわけではないんですけどね。(^^;)今も人によっては私の状態は幸せではないらしいです。みのもんたさん風に解説すると。(^^;)でも、他人がどう評価するのかではなくて、自分が自分に対してどう思うのか。どう感じているかのほうが大事かもしれません。社会的にや、仕事的には客観的に見ることが必要ですけど。自分が幸せになるのには、カンタンなんですね。話がそれてしまった感じですけど、いいたいのはがんばることが必ずしもいいことではないかもしれない。それに気がつくことが大事かもしれません。がんばらないと生きていけない世の中ではなくなっているから。肩に力をいれないほうが気持ちよく生きていける。本当にがんばっているなと美しく感じられる人当人はがんばっていないと思います。ただ単にやりたいから一生懸命なのでしょう。没頭しているだけなのだと思います。それぞれのペースがあるので、がんばってもいいのですが、がんばれないときの自分を責めないでくださいね。体とこころのバランスをとってくれているのかもしれないのですから。ところで傷つくことを他人のせいにするとしたら、悲しみのコントロールを相手にしている場合があるので、気をつけてくださいね。傷つきやすいことが悪いわけではありませんけど、それをもって人を責める、自分を責める道具にしないでください。傷つくことが能力なのではありません。傷つくように感じられる感受性が能力なのです。私は弱さを武器にするのも、攻撃だと感じます。その武器を使うのなら、軟弱と責められても仕方ないでしょう。このあたりが微妙でわかりにくいのですが。それを使っていると心ある人に見透かされます。言葉に対して雑に扱わないことも大事だと思います。また質問なり、反論をしてくださいね。
2007/01/23
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精神性と霊性についてことばの定義がきちんとなされていないようです。(^^;)なので仮の定義をしておきたいと思います。あくまで私の定義なので、絶対ではありません。霊性と精神性と肉体で人は構成されていると考えています。霊性とは生物というかあらゆるもののエネルギーにつながる資質。精神性とはこの現世において人とのコミュニケーションをとる資質。そして肉体はその形のないものをいれる入れ物。入れ物といっても精神や霊性とつながっていないと動かないとてもデリケートなものです。という風に理解してもらいたいと思います。簡単に言うと霊性はあの世につながるスキル。精神性はこの世の人と折り合いをつけるスキル。そして霊性と精神性のバランスというのがとれていないとこの世に生まれて生きている意味がないのです。霊性だけ高いと、肉体と精神をおいてきぼりにしてあちらに戻ってしまいます。でも肉体と精神だけだと、すべてにつながるエネルギーの源泉にアクセスしていないのでエネルギーや情報が枯渇するんです。最近書いた日記で自然のエネルギーの強大さを書きましたが、人間の力、自分の力だけではママならないことが多くあるのです。そのときに霊性があれば、助けてもらうことが多々あります。私は精神性をあげていくことで霊性とのバランスをとれるようにセラピーという仕事をしているのかもしれません。セラピーを受けてくださる方の多くはすでにとっても霊性がたかい。(^^;)だから精神性をさらに高めないとバランスがとれないのでしょうね。肉体のところで留まっていると霊性にも精神性にもこだわることがない。自分にはまっていないと楽しめない。己を知ることがいちばん難しいと思います。何か見えることが霊性が高いというものではないと思います。感じられる力があれば、すでに霊性は高いと思います。見えるだけでなくてい、いろんな感性を使って感じているはずですから。(^^)/
2007/01/22
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また、いろいろと生活の変化があって。(^^;)模様替えを余儀なくされています。もともと好きでしたけど、本当に好きで。がんがんと変えています。(^^;)モノを飾ろうと思っているのもありますけど。自分の好きなこと、楽しい事をかなり優先しています。そのプロセスをみていた人が、「案外と緻密なんですね」って。(^^;)自分としてはあたりまえなんですけど、普段この緻密さを生かしていなかったかも。というか、遊びをしているときっていうのは限界なく遊んでいるので。他にも話していて、子供のときにとことん遊んでいる人のほうが仕事できますよねって。大人買いとか今よくいわれていますけど、子供のときにそれができている人のほうが限界がなく、なんでも手に入るという実感があるから、仕事においてできないことなどないという意識がみたいよ。という話を聞きました。確かに遊びから学ぶことって体感なんですね。そして子供のときなので、限界なんて計算していませんから。私も振り返るとひたすらに遊びまわっていましたね。どちらかというと仲間と遊ぶことが多かったです。ゲームとかですね。だから子供のときに本当はよく遊ばせているほうは大人になったときに楽しく人生を謳歌できるかもしれません。ま、そうでないといっても優秀な人はたくさんいますけどね。(^^;)特に自然の懐に抱かれたような遊びをしているとわかることがあります。自分の力ではどうにもならない強い力があるということを。私は四万十川に父方の実家があるので、ここで毎年夏遊びました。川の流れはままならなくて。台風が続いた年もあったり。大きな岩が数日前とは違う場所に移動しているのをみて育ちました。自分の力だけではどうにもならないことがある。そんなことを最近よく感じています。
2007/01/21
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よくクライアントさんにお伝えすることのなかに「もっと遊んでください」というのがある。(^^;)私はミニイベントで一番遊んでいると自負している。参加する人から遊びの天才といわれるほどに。(^^;)子供のころから遊ぶことに関してのエネルギーは素晴らしくて木登りから球技から、集団遊びといろんな遊びをしていました。大人になってからも手芸やらなんやらと遊んでいます。手芸もやったことがないものを数えたほうがいいくらいあれこれと手を出しては飽きています。(^^;)飽きるまでいろんな事をとことん遊ぶ人のようです。ただ最近もっと遊びたかったのに断念した遊びがあります。園芸です。それが遊びなの?と思われるかもしれませんが、私にとっては遊びなんですね。かつてベランダを埋め尽くすほどに植物で満たしていました。冬場は部屋の棚に植物をいれて、熱帯魚ようの電気までつけて。たぶんそこまでする人はそういないと思います。(^^;)棚はステンレスの90センチ幅を横にふたつ。棚は5段くらい。全部10段。全部植物が入っていました。そこまでしていたのですが、防災通路ということで減らせといわれて減らしていったんですね。つらかったあ。私がやりたいことをやらせてもらう環境になかったんですね。私の遊びをとことんやらせてもらえなかった。他の事もいろいろと邪魔されましたね。よく考えたら。部屋で育てることも邪魔されて。どんどん私のエネルギーも枯渇していったんですね。子供と同じです。人は自分が楽しいと思う遊びをとりあげられると、エネルギーが減ります。その後に私は自分が楽しめる仕事を始めたわけですが、このときの想いが残っていたようです。観葉植物など台所道具が揃う前に購入していました。そして今ある程度落ち着いてきて、一番したいことはベランダ園芸なんです。サイトを見て今いろいろと研究しています。建築に詳しい友人に相談にのってもらっているのですが、これまでそんなにも熱心に話をする私をみたことがないといわれました。実は私が遊べばいいよとあちらこちらでいっていて、特にその友人にも遊びを奨励していたのですが、調子にのってかなりばんばんに遊びのためにエネルギーを投資しているのをみることができるようになりました。そしてそれをみていたら、仕事のほうにもいい影響を与えているのが傍でみていてもわかるんです。なんかうらやましくなって、かつてやりたかったことを今片っ端から手をつけています。そうしたら、段々とエネルギーが出てきました。(^^;)私かなりやりたいことを我慢していたようです。すごく自由にやりたいことをしていたようで、実は我慢していたんですね。我慢させらていた。バナナケーキをつくりたかったので、さっき作りました。最近料理も自分が食べたかったのに食べられなかったものをつくっています。本当に自分のやりたいことを制限していたんだなあと。今は制限する人がそばにいないので、とっても伸びやかです。私が望むことなんて大それたことではなかったのに。あれこれとやりたい事をやろうと思います。それをしているうちに事務的なこともやる気になってきました。自分が思うよりも遊んでいなかったんですね。(^^;)自分のやりたいと思っていることができていなかった。些細なことだと思うんです。でもやりたいんですね。それを考えていたら、わくわくしてくるんです。さっき少し仮眠したくらいで、眠れなくて。(^^;)資材の手配をしてベランダをきれいにしたいと思います。友人のアドバイスも受けたので、安心してできそうです。義務感ではなくて、やりたいことをやる。それが直接仕事に結びついていないようなことが実は仕事に生かされる。そんなことを友人の姿から学びました。さあ、計画をするぞ。(^^)/人にいっていることは自分に言っていることだとは感じていましたが、私に一番いっていたんですね。「もっと遊んだほうがいいよ。仕事がはかどるから」遊びは自分が楽しいことならなんでもいいんです。私は土いじりが子供のころから好きでした。花とか植物と遊ぶことが。子供のときよくやっていた遊びとか似通った事をすると気持ちが晴れることがあります。なぜなら、子供のときに遊んでいた内容は目的なく遊んでいるんです。そして、そこには心地よさとか楽しさしかないんですね。そこに理由がないんです。没頭して遊んでいる。そんな境地に浸ることがいろんな能力をさらに伸ばすきっかけになります。最近やる気が起きないとか、気持ちが奮い立たないというのなら騙されたと思って是非試してみてくださいね。無理に仕事にくっつけないほうがいいみたいです。ひたすらに自分が無になるような遊び。お試しアレ。(^^)/
2007/01/20
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最近、近い距離の人と気持ちよくストレスなくつきあえるようになってきました。以前は遠慮したり、我慢したりして不満な想いが募っていたのですが。昨日も面白いなと思うことがあったので記したいと思います。とても仲がいい友人から買いものにつきあってと誘われました。そして買い物を済ませた後に相手は別のサービスを受けるために待っていてと。まあ、多少のことならいいやと待っていたんですね。そうしたら、他のアポが入ったって。私との時間よりも他の人との時間に優先されて寂しく悲しくなって、すねてしまったんです。私を呼び出しておいて、時間をつくらせたくせに。ゆっくりとお茶する時間もくれなくて。(^^;)でも、それだからといって相手をコントロールするつもりではなかったんです。そうしたら、相手は「あなたからそう求められるとつらくなるよ。」と伝えてきたんです。私も「そうかあ」とわかりながら、ゆっくりと気持ちを変えていこうとしていました。そのときにいった言葉は「怒っているのではなくて、寂しく悲しいだけなの」そういったあとに気持ちを変えようといて明るく振舞うようにしていました。というのも私が伝えたかったのは「買い物の見立てにだけに私を利用したかったように感じられて寂しく思う」ということを伝えたかったのですが、言うまでもなく相手はその気持ちを理解してくれたようなのです。そしてすぐに、お互いの気持ちをつたえあったあと提案してくれました。「仕事が終わったあと、表参道に行こうか」相手にとって好きな場所に一緒に行く事を提案してくれました。同時に必ず私のために時間をとることを約束してくれて。だから機嫌もすごく直ったんですね。実際に約束は守られて、相手は自分の遊びができて。私は相手とゆっくりと他の買い物や食事ができることに満足をして。お互いにハッピーになりました。お互いに自分の想いを伝えながらも相手をコントロールしようとはしない。ただ相手の気持ち、相手の喜ぶ事をお互いに考えてすりあわせるということをしただけなんですね。だからとっても気持ちよく仲直りができました。お互いの気持ちを封じることなくお互いに思いやって生きていけると思います。そこには対等の立場で対応できているんですね。人間関係の中でどちらかが我慢したり遠慮していると長続きしません。だから、自分の嫌だと思うことも伝えることが大事です。相手のことを大事だと思うなら、お互いがハッピーになる到達点があるので、それを見つけられるといいんですね。そして嫌なときだけではなくて、お互いに楽しいことも嬉しいことも伝え合う。共感しあえて思いやることができるときに人は幸せな気持ちになれるのでしょう。人をコントロールしない関係性は案外とないかもしれません。それは子供のときの親子関係や学校での先生との関係からきていることが多いから。そこでみな無意識に人を感情でコントロールする事を学ぶんですね。でも本来はコントロールされることない関係が気持ちのいい関係だと思います。遠慮しなくても。お互いに相手の事を思いながらも自分の気持を伝えていけばお互いにとって気持ちのいい到達点があると感じています。人から感情でコントロールされない。このことを手に入れるとコントロールを強固にしてこようとする人がいる場合に、距離を置こうとします。まあ、相手もコントロールできないので距離が置かれても仕方ないと感じるのでしょう。人間関係が変わってきます。自分なりの努力をしても、どうしてもコントロールをしかけられて、気持ちがよくないとするなら、距離をおくしかありません。それに対して自分を責めることはありません。なぜなら、すべての人のタイミングがあるからです。関係をきらなくてもいいのです。距離をあければ。そしていつの日かお互いにとっていい距離になったときにおつきあいすれば。どの人間関係においても気持ちよくないとしたら自分との関係がうまくいっていないことがよくあります。自分の気持ちや感情や心の声をきいてあげましょう。
2007/01/19
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ここのところ、いろいろとイベントがたくさんあって日記の更新が遅くなりました。(^^;)楽しいからついつい無理をさせてしまって、体に悲鳴をあげさせてしまう。ごめんなさい。説明会の前に山本寛斎さんのスパーショウを見に出かけたり、東京おもしろ人脈ツアーをご案内してくれている方のツアーに参加したり。クライアントさんが名古屋からきて、東京の説明会に参加してくださっているので、我が家は合宿状態。(^^;)人がご馳走な私は喜んでもらいたいので、料理や自慢の朝日を見てもらえるので大満足。ついついはしゃぎすぎて、食べすぎ、飲みすぎ。(^^;)昨日はばたんきゅーしていました。気持ち悪かったので、胃腸風邪かもと。移してはまずいなと。お約束があったのですが、ごめんなさいとご連絡をして。あとでとっても優しい慰めのお電話をくださって。ファンになってしまう。今日もまだちょっと調子がよくないですが、のんびりする予定。
2007/01/18
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このところメールの返信が遅くてごめんなさい。(^^;)東京でのセラピー説明会に際してわざわざ名古屋から来てくださるクライアントさんとか見えていて。本当にとっても嬉しいです。またゆっくりと勧めている企画のミーティングもゆるやかになされていて。なので返信遅れています。それと外食やすこし飲みすぎて、胃が疲れていて。めずらしく気持ち悪くなっていました。(^^;)胃腸風邪?なんて思っていたら大丈夫そうです。でもまだ気持ち悪い。今順番にみていますので、おまちくださいませね。それでもメールが返事がこないというのであれば、催促してくださいね。(^^;)メールはこちら
2007/01/17
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我が家に泊まりにきてくれている人が結構います。(^^;)短い間なのに。嬉しいですね。不思議なことにほとんど違和感がなくて。あ、うちはテレビがないからかもしれません。だからほとんど会話をしているか、自分の時間を自由にしているかになるのです。でもなんにも困らないんですね。場がもたないことがない。(^^;)なぜか我が家に来る人はそんなにテレビ番組を話題にする人も少なくて。全く話さないわけではないんですけどね。(^^;)不思議な感じです。何をあんなに話しているんだろうかというくらい、それぞれに会話しています。4,5人うちにいることがあるのですが、揉めないのも不思議です。(^^;)通常は誰かコントロールする人がいるので、いらだったり、もめたりするのですが誰もコントロールしないんですね。よく物事がすすんでいくものだと不思議です。(^^;)
2007/01/16
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自分にとって続けていることはこの楽天日記を毎日埋めていくこと。後から書いていることも多いのですが。(^^;)かつて一日だけ書き込めなかった日があります。それは日にちがすぎてしまったので、かけなくて。それだけが自分にとっていたいなあと。でもまあ、自分にとって許される範疇にしています。ここ最近が空白が多くなっています。それは書くことがないからではなくて、書きたいことはたくさんあるけれど、自分だけではなくて他の人と密接につながっていてかけないことが増えているからかもしれません。新しい生活の中での自分のペースを見つけていきたいと思います。
2007/01/15
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平野秀典さんの全国感動ツアー講演会参加してきました。(^^)/スタッフの方から誘われての参加でした。正直感動を全面に出していることでどうなんだろうと今まで知っていたのですが興味をもてなかったんです。感動ってつくるものではなくて、受けてのがわの感受性だろうと。だから意図的なものってどうなのかなと懐疑的だったんです。平野秀典さん、ごめんなさい。(^^;)素晴らしかったですよ。私時計を1時間見間違えて、2時半ごろに入ったのですが。(^^;)もう何度も途中で泣いてしまいました。講演ではなくて公演です。そしてこちらのセミナーを主催されている篭池さんがとっても素晴らしい方なのです。いたるさんのお帰りなさいLIVEこちらに前回参加させていただいて、楽しくお話も聞けましたし、篭池さんの周りに対する配慮あたたかみをとても感じることができて。私も小さな会を主催しているのでよくわかるのですが、おもてなしのこころがあるかどうか。それが参加する人の心地よさに影響されます。本当に気持ちの美しい方なんです。常に全体をみて動かれている。参加者にも講師にも優しい心配りをされている。スタッフの方と友達なので最後まで私も残っていたら、花輪の花をもらっていってと声をかけてくださって。なおかつ平野さんとスタッフの方とで写真をという輪に私も気安く誘ってくださって。篭池さんにまた会いたいと思わせるような感じです。だから参加者も似たようなエネルギーを持っている方が集まっている。そのため場の雰囲気がやわらかいものになるんでしょうね。この日も講師の平野さんらしかぬ公演だったようですが、逆に平野さんの心根の純粋さを感じることができて素晴らしかったです。感動を作るといいとする前に感動することを自分に許すことも大事ですね。何よりされていることと、いわれていることの差がないのも素敵。名古屋でも1月20日にあるようですが、ぜひ参加してみてください。(^^)/
2007/01/14
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名古屋で毎月開催されているフジワラ塾をメンタルセラピーのセラピールーム&リビングにておうちカフェとして開催します。おうちカフェ♪第2回東京DEフジワラ塾(^^)/日時 1月14日(日) 午後0時スタート終了は4時半くらい(^^;)定員:7名(最大10名くらい)参加費:ランチから参加の方4000円 ランチ以降からの参加3000円 場所:都営地下鉄大江戸線 新宿5丁目(清水橋)の駅から徒歩10分のところ 参加する方のみご案内いたします。内容:フジワラ氏のビジネス的な話やスキル向上などいろいろ。参加者の質問に答えながら 行われます。自営業者においてもビジネスリーダーにおいても必要なスキルや心持ち、 また精神的なスタンスなどこれからの時代を先読みしたおはなしとなります。 リラックスした状態で話が聞けるので、まったりと学習できます。 睡眠学習も可(^^;) また参加者の楽しい話や興味あることなどのシェアなどのお時間もとります。 我が家でのおうちカフェに興味のある方もぜひいらしてくださいませね。問い合わせ:こちら申し込み:申し込みフォームお部屋の広さがあるので、必ず予約をお願いします。(^^)/今のところ、空が数名あります。今回は夜にみんなで山本寛斎さんの太陽の船の観劇に皆で行くので、早目の終了です。こちらも是非皆さんお出かけください。まだ空があるみたい。もうお祭見たいらしいの。山本寛斎さんの講演を聞いたのですが、すごいエネルギー。ぜひぜひ出かけてみてください。今日もありますよ。通常フジワラ塾いつもは夕方過ぎてもあるときが・・・。(^^;)私の大好きな場所です。本当は午前中にこられると朝日が素晴らしいのが一番のお気に入り。でもこれは天気のいいときだけですね。(^^;)明日も天気がいいといいなあ。南側からも光がはいりますけどね。ぜひいらしてくださいませね。(^^)/
2007/01/13
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セラピー説明会情報東京と名古屋で月に1回づつ開催しています。1月27日 (土曜日) 第27回プチビジネス講演付きセラピー説明会 IN 名古屋「時代に必要とされる専門性の深め方」 藤原毅芳氏(フジワラタケヨシ事務所 所長)「自分を受け入れる方法」 伊藤りょうこ18時00分(受付開始)18時半から20時45分まで 会場:名古屋国際センター5階 第2会議室参加費:1000円懇親会も予定しています。 講師は藤原毅芳さんにきていただきます。出席者の方にあわせますので、講演の内容が多少かわります。クライアント様のアフターフォローでもありますが、一般の方にも役にたつ内容です。お気軽にご参加くださいませ。 お申し込みhttp://www.angelite.jp/scripts/inquiry/contact↓第26回セラピー説明会 IN 名古屋感想文http://www.angelite.jp/521月15日 (月曜日) 第2回プチビジネス講演付きセラピー説明会 IN 東京「時代に必要とされる専門性の深め方」 藤原毅芳氏(フジワラタケヨシ事務所 所長)「自分を受け入れる方法」 伊藤りょうこ18時00分(受付開始)18時半から20時45分まで 会場:備屋珈琲店(地図は下にあります)渋谷区恵比寿4-4-11 TEL 03-5488-1651http://www.binya-ebisu.tokyo.walkerplus.com/map_coupon_map.html参加費:2000円(ソフトドリンク付き)懇親会も予定しています。 講師は藤原毅芳さんにきていただきます。出席者の方にあわせますので、講演の内容が多少かわります。クライアント様のアフターフォローでもありますが、一般の方にも役にたつ内容です。お気軽にご参加くださいませ。 お申し込みhttp://www.angelite.jp/scripts/inquiry/contact
2007/01/12
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こーせーさんがセラピーの体験を書いてくれました。(^^)/こーせーさんの体験記正直今回も全然何がでてくるのかわかりませんでした。(^^;)あとで思えば、あれがヒントだったんだなとは思いましたけど。自分の行動の無意識領域の裏づけがわかるというのは新たな自分を知るということでもあります。また深く自分を理解するということでもあるので、いろんな意味で他人を深く理解ができます。自分にできないことは他人にもできない。自分を大事にすることで、他人を大事にすることができる。セラピーを受けることで、自己開示が大きく進みます。そうすることでセラピストと自分の内面を共有してもいいという自分に対する肯定と愛情を自分と周りに告げることで自分の勇気を感じることができます。本当に自分に向き合うことは、かなり勇気のいることです。そこに待っている自分はいつも自分が見つめたくないほどに純粋な傷つきやすい魂の自分だからなのかもしれません。時に自分の悪い、汚い部分があるのではと心配されるのですがまずそれはありません。それよりも善良な柔らかいみずみずしい魂に触れる事を恐れるようです。そんな自分を感じることで、日頃がんばって防御している自分に気がつくことがいやなのかもしれません。また自分が変化してしまうことを恐れているのかもしれません。でもそれだけの勇気を持った人だけが手に入れる、とらわれからの自由があります。いつもセラピーをうけてくださるクライアントさんの勇気に私は励まされています。私もさらに自分に向き合って成長したいなと感じています。
2007/01/12
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やるといいなと思うことをセミナーとかで勉強してきます。でもすぐにできないと自分を責めてしまいます。とりあえずトライしてみることで気がつくことがありました。でもやはり続かないんですね。それは続く仕組みができていないから。無理をしないようにしようと思っています。たとえいいことであっても続かないのであれば負担だから。続けれられるように工夫していこうと思います。自分なりに咀嚼していこうと思っています。
2007/01/11
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最近いろいろとプロジェクトを進めようということで我が家で合宿がありました。(^^;)まあ、のんびりと遊びの延長ですから、いつ形になるのかはわからないのですが楽しみ。他にもいろいろと人の想像の世界につきあっています。最近妄想という言葉がはやっているようなのですが、いわゆる妄想に近いかも。でも妄想の力って馬鹿にできないなと思っています。そして最近発見したのが、自分に妄想力がないとしたら、他人の妄想力を借りればいいということ。(^^;)それぞれにお互いに妄想を与え合って広げるのもありです。実はそんな感じでこれまでつくってきているものがいくつかあるんですね。ただこれはお互いに相手の事を思いやっていたり、共感をしてないとつくりあげられないようです。私は実はかなり妄想力あるのではないかなと感じています。ある人に言われたのですが、「ひとつのことを思い続ける力がすごい」って。(^^;)え?と思ったのですが、延々とひとつのことを考え続けているようなんですね。自分では当たり前のつもりでいたのですが。まあ、私の趣味なんですけど、それを延々と人に話しているし考えている。おかげでその趣味を深まってきました。(^^)/自分の趣味に対して延々と時間や気持ち、労力を割くことがとても大事だなと。そうすることで見えてくることがあるんですね。あ、趣味といっても人物研究なんです。実は。(^^;)あまり人におおぴらにいえないようなありきたりな趣味ではないんですけどなんでもいいから、自分が嬉しい、元気になる趣味をとことんやることでかなりのエネルギーを充電できることになります。なのでぜひ皆さんも自分が喜べる趣味や楽しみを極めてみてください。案外自分にはそんなものがないと思うかもしれませんが、楽しい、嬉しいと思うこと。ご機嫌になる事にどんどんとフォーカスしてみて人に話してみるといいかもしれません。最近も本人が気がついていない大好きな事を聞きだすことができて、それをどんどんと外に出してみては?と話をしたところです。そうすることで、人が何を喜ぶかもわかるから。自分が楽しいことが何よりも大事です。そうして人が喜ぶことに加工できればいいのかなと思います。いろいろと人のプロデュースを根本からしていけたらと思っています。
2007/01/10
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『優しすぎて、皆が甘えるんだ。やらなくていいことまでやっている。』と最近人に言われたことがあります。(^^;)うーん。それはいった人が自分に言っているのかもしれません。他人に観る欠点やいやなところって自分と同じだったりするので。私に人が甘えて自分に対して愛情が来ないことを不満に思っているのかもしれませんが。(^^;)不思議な事を言われたなあと思っています。
2007/01/09
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なぜか最近いろんな方の人生の転機を聞かせてもらっている。まあ私にとっても人生の転機を迎えているからかもしれない。(^^;)転機を迎えるにあたっていろんな不安なことがある。新しい人間関係や距離感が変わったりするから。人は常に変化してしまうものだけれど、変化することはこれまでの生命維持していた成功体験を無にしてしまうことだから、不安を伴うものらしい。私にとっても同じような感覚がありました。ただこれまでの生活において自分が精神的に死んでしまうと感じたからこそ踏み出したのかもしれません。なまじつらくないと、そのままの場所にたたずんでしまうこともよくあります。自分の感性を開いていないと気がつけないことかもしれません。今の自分の状況が人によってはよくないと感じられるだろうなと思っています。でも自分にとっては最高に幸せな状況なんですね。どの視点からみるのかで変わってくるようです。そして人の気持ちも変わっていく事を実感しています。だからこそ、自分の望むように変わるように少しの努力が必要かもしれません。たくさんの思い出を魂に刻み付けることがこの世に生まれたきた意義である。そんなことをある本で読んだことがあります。確かに私においては、いろんな経験をすることが楽しくて。一見、苦しくつらいようなことも、今は楽しんでいます。おかげさまで自分が大切にしていることから、そのまま大事にしてもらえていると感じるエネルギーをもらえるようになりました。ひたすらに自分が与えたエネルギーがそのままかむしろ利息をつけて戻ってきています。ありがたいことですね。(^^)/受け取る事をたくさんしたいですね。そして与えることも。ただ相手のタイミングや受け取れるのかをみないとバランスが悪いのだなとも感じるようになりました。ただ与えればいいものではなくて。植物にあげる水の量のように。畑のキャパがありますから。その人がどんな環境にあるのかをよく観察しないと肥料でも水でも与えたいだけ与えていいものではないのかもしれません。愛ある対象はよく観察できるものですから。わかっていても、与えないでいるということも愛なんだなと感じることがあります。
2007/01/08
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最近家事が新鮮です。夫が家庭料理が嫌いだったので、ほとんどつくりませんでした。でも今は毎日のように作っています。また新しい仕事のプロジェクトの準備があって、人が毎日のようにきてくれているため、食事を出しています。たまたまなのでしょうが、口に合うらしくて褒めてくださって。とってもやる気がでてしまいます。8年くらいまともにやっていなかったのですが、その間あちこちでおいしいものをたべたせいか、料理の腕があがっているような。(^^;)味を再現しようとしているうちにオリジナルができていたりします。また思いがけないとりあわせとかも。外で食事することが多かったので、ヒントにしていますね。でも何よりも、やはり味の記憶をもっているかどうか。それがないと、類推してつくることができません。また盛り合わせ、見た目が大事なようです。実は食べ物で人の性格がわかる私なのです。食べ物の好き嫌いが多い人は人の好き嫌いが多い。そんな言葉をきいたことがないでしょうか。それを聞いたときになるほどと思い、人の食事の好みと性格判断をしています。人によっては見た目が大事なんでしょうね。(^^;)スバイスが好きな人は、特徴的なオリジナルをもった香りがたかい個性的な人が好きなようです。そして生の野菜と火を通して野菜をとりあわせたサラダがすきなのは意外性のある人が好きなのかもしれません。ギャップがある人。これが最近の私の料理の好みです。そして、何よりも面白いのは、なるべく残り物をアレンジして再利用するところ。たぶん、一見のおいしさだけでなくほかとアレンジすることがまた別のおいしさを感じられるから。人のとりあわせで見えてくるその人の良さを感じるのがすきなのかも。なんてかんじで判断できそうです。あと油ぽいのが好きな人はエネルギッシュな人が好きなのでしょう。淡白な料理が好きな人はあっさりとした性格の人がすきみたいです。食べ物の好みは年齢とともにかわります。性格も基本は変わらなくても人の好き嫌いはかわることがあります。それもかみ合っているようです。自分の好きな料理、嫌いな料理。そしてそのわけを考えてみてください。まあ、直接に聞けないときには想像してみるといいかもしれません。案外とあたっているのですよ。うん。(^^;)
2007/01/07
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いろんな人と出会い話をする中で、傷つくことや失敗する事を恐れていることがわかってきました。(^^;)ま、私も同じところはあるのでわかります。でも恋愛や結婚、離婚に関してはどうもないみたい。(^^;)いえ、ないわけではないんです。私だって傷つきたくないし、失敗はしたくない。でも立ち直りが早いみたいですね。いえ、本当の事をいうと沢山の人を好きになる能力があるのかもしれません。でも好きになっても通じないときがあるのですよ。相手があることなので。自分なりの努力はしているのですが、通じないときもある。相手のタイミングもあるし。だとしたら、思い切りアプローチして討ち死にしたら、あきらめる。どうしてもあきらめきれないなら、あきらめずに延々と思い続ける。そして相手に好かれるようにいろんなアプローチを続けるだけ。それだけのことなんです。相手から嫌いといわれたくらいで、または嫌われているそぶりくらいで諦められるのなら、諦めたほうがいいんです。だって、それだけの縁なんですもの。でもそうでないのなら、続きます。延々とアプローチしていたら、相手も諦めて受け入れてくれます。それがどこまでかはそれも自分次第。それって恋愛だけでなく仕事や他の人間関係にも通じるのかも。(^^;)そして諦められる人間関係や仕事なら、やめればいいんです。どうしても諦められなくて、やめられない。続けることが自分にとってここちいい、気持ちいいなら続けることに意味があります。他人の評価なんてどうでもいいことなんです。すでにその行為を続けていることで見返りを得ているから。だから、無理なく続けられることを延々と楽しんでいけばいいのでしょう。そしてそれが人の役にたつのなら、他人にもアプローチできるものになるだけのこと。その道筋のつくり方を今見えてきたなあと思っています。自分が何をしてわからないという人は、自分が延々と続けていることに着目してみるといいことでしょう。くだらないと一見思うことでもいいんです。私にとっては人を好きになることなんです。男女ともに。好きになると、とことん研究します。趣味の域まで。たくさん対象はいるのですが、距離感があるので遠慮している人もいます。相手次第ですけど。そしてその人がより輝く姿をみるために、いろんなアプローチをしています。もちろんその対象者のひとりが自分でもあります。私は子供のときに科学者かお嫁さんになりたかったんですね。これ、すごく今の自分を表しているなと思います。人を心から好きになることと、フィールドワークをしているのです。人の振る舞いを科学的スタンスで観察しています。科学的スタンスというのは、繰り返される現象の法則性をみつけることなんです。だから人の気持ちの動き方や投影の仕方など自分の経験から観察をしています。幸い私は大学にいかなかったので、系統だった勉強をしていません。だから自分で延々と既存の概念のないところでモノを考えるようにしています。まあ、本を読んだりはしますが、当たり前や常識ということばでわかった気持ちにならないようにしています。で、結局なにがいいたいかというと、自分で法則性をみつけるとしたらたくさんのデーターを自分でとるしかないということです。それが経験値を増やすということ。だからたくさんの人とお付き合いする中でより自分に合った人に出会うのです。例えば、大事な高い洋服を選ぶときに、試着せずに買いませんよね。たくさん試すはずなんです。自分の人生に対して大きい影響を与えるものを決めるときには基本的にたくさんの中から選んだほうがより自分に合うものを選べることができるんですね。だから、恋愛も回数が多くなるほどに素敵な人に出会えるのです。そして結婚も回数が多くなるほどにいい人と出会えるはず。(^^;)また恋愛とか結婚は深く相手とかかわることになる人間関係です。通常の人間関係よりも自分と向き合うきっかけにもなるのです。だから私は擬似恋愛とか大好き(^^)/自分が鍛えられますよ。ぜひ恐れないでトライしてみてください。
2007/01/06
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実は東京に来てからめまぐるしいほどにプライベートでいろいろあります。あまりにいろいろありすぎて、ブログにのせられないほど。(^^;)また更新が遅れているのもそちらに時間を割いているためでもあります。まあ、自分の人生における大きなことなので致し方ないなとは思ってます。でもいろんな人間模様というか、人の感情や時間の経過や共有によって、見えなかったことが見えてくる面白さを感じています。いずれ自分の新しいコンテンツになるものができるためにも必要なプロセスでもあります。セラピーの仕事を通じて、ビジネスとプライベートがかなり関係しあっています。それだからこそ、自分の内なる声の聞き方を覚えていただくといいのかもしれません。深く人と付き合うことでしか見えないものがあります。失敗を恐れて近寄らない人間関係よりも、失敗の数ほどうまく行くと考えて人間関係をすこしづつ深めていけるといいなとおもっています。人から懲りないねといわれていますけど、絶対的に深く付き合えると面白いです。いやなこともあるけれど、それよりももっと得られるものがあるから。そんな中のひとつの人間関係でだんだんと早いスピードで仲良くなれているものがあります。これまでと全く違う関係性に変わっていくのが面白いです。そこには圧倒的な信頼や思いやりを愛情深く与えられるかなのかもしれません。今自分の中での課題が人に愛情をかけていくということ。ただひたすらに与えるのではなくて、お互いのエネルギーのバランスがいいようにする。与え合うように。ほぼ同じ質量だけエネルギーが交換されると循環しやすいのではないかなと仮説を立てています。私が仕事以外の部分で人に与えれらるのは自分の経験だなあと思っています。特に恋愛や結婚についてはちょいベテランかもと最近気がついて。人に話すとかなり興味をもってもらえて。有難い話です。また皆さん賀幸せになれるようなコツも伝えて生きたいなとおもっています。恋愛相談や結婚、離婚に関しては自分の経験から話はできるなとおもっています。(^^;)クライアントさんからも幸せになるための相談や報告があれこれとあります。いい状態であれば、何の問題もありませんし。ただ確認はしています。(^^;)そして時にあまりよくないような報告のときもあります。でも、そうであっても人と向き合って、自分に向き合ったのであれば、早い決断もありだと思っています。誰もが幸せになれるけれど、自分が幸せになるということを自分で決めているかどうかになります。人との付き合いで、誰とつきあうかで自分の環境が決まります。正直周りに不満があるとしたら、自分に不満があるのです。自分に対しての投影ということがよくあるので。でも、自分が変わったら、そこにいられなくなることもあります。そのときは逃げだと思う必要はありません。変わった自分と変わらない周りの環境の時には自分が退いてあげることが大切かもしれません。それは逃げではなくて。自分を大事にしていったときにいたたまれない場所なら変わってみるのもひとつです。そして変わった場所で自分が活き活きとできるのなら、新しい場所の水があうのかもしれません。自分がやれるだけのことをやって、誠意を尽くしても環境が変わらないとしたら、卒業かもしれません。きっと自分でも、また自分の事をよく見てくれている人がいれば、その選択を応援してくれることでしょう。それが逃げでない確認の仕方かもしれません。もし逃げたとしたら、その後の処理が大変面倒になることでしょう。逃げないで誠意をもってあたりたいものです。
2007/01/05
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子供って3歳までに親に一生分の親孝行をしているらしいです。その可愛らしさで。(^^)/私も子供にそれを感じるだけでなくて、人に喜んでもらうようにしたことで喜んでもらったら、それで満足しています。もう充分。思う存分だした私の気持ちを受け止めてもらったら、それで充分。なんかしてあげたと思うとお返しを期待しちゃうけど、してあげたことを受け止めてくれていることに感謝したいですね。子供に対してなら、私の子供に生まれてくれてありがとう。そんな感じかな。そうやって感じていると、ありがたくて、ありがたくて。幸せ。本当に私の周りにいてくださるすべての方に感謝です。愛されているなあとシミジミ感じられて。またこの気持ちで1年を過ごしたいと思います。(^^)/
2007/01/04
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実はいろんなことがあって、常に誰や彼やと我が家にきてくれています。本当に有難いなあと思ってます。そして何よりも我が家の自慢が朝日。(^^)/以前も東側に窓があったのですが、輝きが違うんですね。何でかなあと思うほどに。ある人がいうのには明治神宮を通って陽が登っているからではないのかとのこと。それと風水的に今住んでいる地域がいい流れのある場所だからではないかと。ありがたいですね。あと南側にも窓があるのでかなり天気がいいと明るくて。とても気持ちがいいんです。以前娘が一日どこにもでかけずに家に結局いたことがあるほどです。お泊りできてもらえると嬉しいんです。(^^)/いろんな人が数人で合宿状態だと面白いです。なんか家族みたいになってきて。よく考えたら、緊張せずに気を使わずに一緒にいられるなって。不思議な気がします。まあ、企画を考えている仲間みたいなものですから、当たり前なのかな。ほとんど揉めないんですね。不思議なことに。最近思うのがあんなにも怒りンぼうの私が怒らない。(^^;)ほとんど怒るようなことがなくて。たぶん、私の中の怒りがないから、人からも怒りをもらわないのでしょうね。夫が怒りの塊の人だったのが、私がそうでなくなって受け止めてもらえないので、私を遠ざけたのかもしれません。そうはいっても、時折八つ当たりを受けることはあります。(^^;)でも以前の事に比べたら全然大したことなくて。もう天国ですね。いつも自己最高幸福記録を更新しています。昨日よりも今日幸せ。毎日おいしい自分でつくる料理も食べられるし。友達が遊びによくきてくれるし。最高ですね。
2007/01/03
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あけましておめでとうございます(^^)/今年の年末年始と私の密かな趣味に時間をかけていました。すぐに形のなるものではないので、ちょっと説明できないんですけど。(^^;)いやあ、本当に自分にとって嬉しいこと、楽しい事をしていると充実しますね。そして趣味の対象も応えてくれている。そんな感じを受けています。まあ、自分の思い過ごしかもしれないんですけどね。私のメンターが話してくれることにつながるかもしれません。「集中するよりも没頭するという感じが力が抜けていて、パフォーマンスがあがるよ」ただひたすらに感じている。ありのままの情報をそのまま受けいれている。そうすることで、なにかすごく学べている感じがします。あ、でも傍から見たら、遊んでいるとしか見えないでしょうけど。でも豊かさやゆとりを感じていることが大事かもしれません。今までにないくらい趣味に没頭できています。そのおかげでアイディアが広がって、仕事に生かせそうなことがたくさんあります。(^^)/
2007/01/02
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あけましておめでとうございます。実は去年の年始に抱負を考えて日記に書きました。あらためてみたら、抜けていた言葉がありました。(^^;)去年の抱負でも「ここちよく、きもちよく」は意識されていて、達成されたなあと感じています。(^^;)年始から年末までここにきて終始一貫していたかもしれません。今年は抱負でなくてキャッチフレーズにしてみました。「楽しい、嬉しい」「ウキウキ、わくわく」(^^;)ま、そのまんまですね。でも案外と感じきっていないかもと。丁寧に感じてみようと思っています。そして無意識にここにひっぱられそうなので、楽しみです。(^^)/
2007/01/01
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