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中世の騎士にとって 「名誉」 とは、単なる勇気や武芸といったものよりはるかに大きな意味を持っていた。 騎士道の概念は、 人として誠実であることの原動力、 圧制から弱者を守る義務、 そして寛容、 哀れみ、 自由闊達な精神、 とりわけ女性に対する宮廷風作法 (coutoisie=courtesy=礼儀)などの騎士の持つ美徳が、 忠誠、 勇気といったより伝統的な美徳と結びついていた。 中世の騎士――その向上心、経験、 伝説――は我々におなじみである。 それは、 彼らの価値の多くが、 西欧文化において 「紳士」 というエトス (ethos=気風、精神) に結合していったから、ともいえる。 だがまたそれは、 共通目的を持ち、 或る規則を認めることで結びつくエリート集団を形成しその一員とみなされたい、 という人間生まれつきの欲求の結果として別の社会で同じような集団が生まれたからでも或る。 これに驚くほど合致するものがある。 中世日本の 「武士」 である・・・・・伝々。 「騎士道」 と 「武士道」 には確かに非常に類似点があります。 然しながら、 「女性に対する作法」 に関しては少しく彼我の違いがあるようですね。 この 「女性に対する宮廷風作法」 が、 西欧において 「レディーファースト」 として今日に引き継がれています。 我が日本には何故それがないのかということの理由がここにあるようです・・・・・。 ――西洋騎士道大全(アンドレア・ホプキンズ著)――
2011年01月31日
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騎士とは、 先ず第一に、 戦うために身体を鍛えた男であり、暴力的な世界に存在していた・・・・・。 どのように鍛えるかというと ・・・・・ 騎士はおおよそ22~3kg程の蔵利帷子(くさりかたびら)を身にまとい! ・・・・・ これは数時間身につけているだけでもくたびれるものだそうです!・・・・・更に重い剣や槍をラクラクと振り回し、 痛烈な一撃を敵に加えることが出来なければならなかった・・・・・といいますから並大抵のことではありませんね! このように男が鍛えられて逞しくなれば、 男女の差は歴然となるわけですから、 女も色々男女が不平等などとは思わないでしょうね・・・・・。 先日、 「郷ひろみ」 の特集番組を見ましたが、 彼が壮絶なまでに自分を鍛錬している姿には打たれるものがありました・・・・・医師の話では、55歳の彼の肉体年齢はなんと20代後半だとか・・・・・スゴイ! 参考文献――“西洋騎士道大全(アンドレア・ホプキンズ著)――
2011年01月27日
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手元にある固有の振動数、周波数のおんさを振動させると不思議なことに遠くの方で、 手元の特定の振動数、 周波数のおんさと同一のおんさのみが、 突然、 振動すなわち共鳴を始め音が鳴り出す。 ラジオはチューニングをして周波数を変えていくと、 突然、 周波数の合った放送局の放送が音を出す。 波長が合わない限り何も聞こえない。 全ての 「もの」 は一見静止しているように見えるが、 全ての 「もの」 が固有の特定の振動数で震えており、 固有の波長を持った、 あたかも波のような存在である。 エネルギーの振動なのだ。 思い、考え、 感情、 そしてそれらの凝縮された言葉も、 眼に見えているところの 「もの」 と同じくそれぞれの固有の振動が 「もの」 に作用し共鳴を始める。 以上、 杉村晶孝著 “やる気になったあなたが成功する為に本当に必要なこと” より・・・・・・・タイトルからは想像も付かないような素晴らしい世界でした。 超能力の力を借りずに自力で ・・・・・ 本物の試練に真っ向から立ち向かい、 克服し得た人のみが到達出来る世界 ・・・・・ 「さばき」 は全て引渡し、 まかせてしまう ・・・・・。
2011年01月23日
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ずっと長い間、 宗教は私にとって不可解なものでした ・・・・・ 今でも ・・・・・。 ずっと以前になりますが、 ある人に 「キリスト教をどう思う?」 と訊かれたことがあります。 それに対して私 : 「便利なものだと思う」 。 相手 : ・・・・・。 それ以来私はその人に絶交されてしまいました ・・・・・。 ( 私 : 「だってーン 。 ・・・・・ だったら訊かなきゃいいのに ・・・・・。」 ) 今の私の感想としては、 学問の一つとして究めればとても面白いのでは ・・・・・ と思いますが ・・・・・ 今はあまり多くを語らないことにします ・・・・・ まだあまり多くを究めてはいませんから・・・・・。
2011年01月20日
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今、「佐藤優氏」 の 「はじめての宗教論」(右巻) を読んでいます。 その中に次のくだりがあります。 エデンの園の中央には 「命の木」 と 「善悪の知識の木」 という二本の木が生えていたが、神はアダムとエバに二本のうち善悪の知識の木からは何も食べてはいけないと禁止していた。 その後そこへ現れた蛇に対して女(エバ)は、神が 「園の中央に生えている木の果実は食べてもいけないし、 触ってもいけない」 と言われたと神の言葉を捻じ曲げて伝えた上、 蛇にそそのかされて果実を食べてしまい、 一緒にいた男(アダム)ににも果実を渡して食べさせました。 そこへ神が現れ 「何故食べたのか」 とアダムに詰問すると、 「あなたが一緒にいるようにしてくださった女が、 木から取って与えたので食べました。」 と、女のせいにして、 しかもその女は神が一緒にいるようにしたと神に責任転嫁するような言い逃れをしました。 そこで神が女に 「何という事をしたのか。」 と言われると、 女は 「蛇が騙したので食べてしまいました。」 と答えた・・・・・ここで神はキレました・・・・・! このやり取りの中に、 何でも人のせいにして自分では一切責任を取ろうとしない人間の性が浮き彫りにされています・・・・・人間としては耳が痛いですね・・・・・。 人は言葉によって他者を貶めたり傷つけたり嘘をついたりする・・・・・。 これが人間の原罪なのだそうです・・・・・。
2011年01月15日
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今年も沢山の嬉しい年賀状をいただきました! 私は年賀状はお付き合いのバロメーターにしています。 これは風水の理にも適っているようです。 企業も顧客管理の一環として大事な要素として取り扱っています。 然しながら、 こちら九州へ移ってきて、 東京では当たり前だったことが必ずしも地方ではそうではないということを知りました。 又、個人でいうならば、普段立派なことを言っている人が必ずしも年賀状の返礼すらもするわけではないということも・・・・・それともこれは単に私の個人的な問題なのでしょうか?
2011年01月11日
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今日はとっても嬉しいことがありました。 『なぜ消防署で住宅ローンがバカ売れするのか』 の著者 「杉村晶孝氏」 からメッセージをいただいたのです。 一昨年の8月に私がブログに読後感を書いたのを読んで下さったそうです。 メッセージを頂いたのは去年の11月25日20時53分・・・・・丁度この日、私は英国へ向け11.30.a.m.、 成田を発っていました。 そうでなくても私のブログは外部からの通信が出来ないようになっており、 よって私は普段コメントのチェックは行っていません。 そこで、 今日ふと目にするまでメッセージを頂いていることを知らずにいたのです。 杉村氏はどのようにしてメッセージを送ってくださったのでしょうか・・・・・? パソコンに疎い私が知らないだけで、 実は簡単なことなのかも知れません・・・・・。 私も杉村氏のブログを訪問させていただきました。 氏の考え方の根底にはニーチェがあるのだと書いていらっしゃいました・・・・・。 ニーチェは私はパラパラとしか読んでいませんが、 「鍛錬によってのみ人間は上等になる。」 という彼の言葉、 ずっと私の考え方の根底にありました。 『集団感染マーケティング』・・・・・杉村氏の新刊・・・・・早速アマゾンに注文しました。
2011年01月06日
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こちら伊万里では真っ白い雪とともに新年の幕開けとなりました。 少し離れたところにある親戚の家を訪れるのに、 自分で運転するのは怖いのでタクシーを呼んだのですが、 何とそちら方面はいくらも距離が離れていないのに殆ど雪がないのです! こちらではこのようにほんの少しの距離の違いで天候がまるで違ってきます。 山の地形のせいらしいですが、 東京のように広大な平野に暮らしていた身にはなんとも不思議な気がします。
2011年01月02日
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