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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。映画「マトリックス・シリーズ」をはじめ、「陰と陽」、「光と闇の統合」、「内面と外面」、「選択」をテーマとした作品はたくさんあります。映画「スターウォーズ・シリーズ」もそのひとつとして、知られていますよね。先日、セッションの際に気がついたことがあります。ライフワークは、よく親子2代で完成されると言われています。自分の親ができなかったことを、その子供が完成させるというものです。映画「スターウォーズ・シリーズ」のエピソード1から3では、アナキン・スカイウォーカーという一人の善良な男が、大切なものを失くしたくないという思いがどんどん強化され、やがてそれは強い執着へと変り、ダークサイドへと堕ちて、最後は暗黒の騎士となってしまいます。そして、エピソード4から6では、その息子ルークがまた、ダークサイドへと誘惑されていきます。ですが、エピソード6でルークは、ダークサイドへの誘惑を、強固な意志で断ち切ります。皇帝の「父の意思を継ぎ、ダークサイドに入れ」と言う誘惑に対し、ルークは、「僕はダークサイドには、入らない」、「僕はジェダイの騎士だ、父もそうだった」と語って、持っていた武器も放棄します。このルークの生き方の尊厳と、父アナキンへの愛が、アナキンをダークサイドから引き戻します。大切なものを失いたくないという願いが執着になり、やがて自分を見失い、「自分は悪くない」、「自分は正しい」と自我の正当化へと走り、ダークサイドに身を落としてしまったアナキン。自我の正当化のために、数限りない罪をおかし、正当化すればするほど自分を苦しめてきたアナキン。そんなアナキンを、ルークは父を尊敬し、自分は父の意思を継いで、ジェダイとして生きる姿をみせ、アナキンは、長年の(自らの)呪縛から開放され、許されます。20数年間の間、闇をさまよい、苦しんできたアナキンは、この時、許され、自身の意思で皇帝を倒します。ルークとアナキンの対決は、実はルークの内面の葛藤を表しています。そしてルークが父を許すくだりは、ルークが自身の中の「闇の否定」と「自己の正当化」いう執着を手放し、それらを許し、統合するというプロセスでした。ひじょうにおもしろいのは、ルークとアナキンのやり取りの最中、彼らのいる要塞の外では、帝国軍と反乱軍の決戦が行われていました。ルークがやっていたことは、自分の中の闇を許し、統合していくという、ある意味ごく個人的なプロセスですよね。けれど、ルークが自分の中の闇を許し統合すると、時を同じくして、外の戦いも終焉を迎えます。そして長く続いた帝国による闇の時代が終焉を迎えます。わたしたちのまわりに起こる現実は、わたしたちの内面が創りだしたものと言われていますよね。そして、外で起こる、感情を揺さぶられる様々な出来事は、わたしたちの内面の葛藤と言えます。映画「スターウォーズ・エピソード6」で、ルークは父との対決を通して、実は自分の内面の闇を許し、統合するという選択を実行します。すると同時に、外での争いも収束していきました。これは、わたしたちの人生にも同じことがいえます。わたしたちの多くはこれまで、自分以外の何かを手に入れたり、自分の外の環境や、誰かを変えることで、不安から解放され、幸せになれると生きてきました。けれど、これまでも多くの賢者が伝えてきてくれたように、実は逆で、自身の自我への執着を手放し、自身が平安になっていくほどに、外の世界はそれにみあった世界へと変化していきます。視点を、意識を、180度ひっくり返すこと。自分を責めるのではなく、「まるっきりさかさにものごとをとらえていたのかも」と、ただそこに立ちはじめてみることで、なにかが変りはじめるのかもしれませんね。よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへPS マスターの個人セッション 5月前半スケジュールアップしました http://www.bar-aars.com/session.html本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 30, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。「うしろが、もうつかえてますよ」 これ、十数年前、わたしの当時のビジネスの上司が、彼のメンターから言われた言葉です。 わたしの上司は、自分のビジネスで経済的な自由を得て、悠々自適な生活を送っていました。 同世代のお勤めに出ている人の収入に比すると、彼の収入は、とても多い金額でした。 で、彼もその収入に満足していて、自分のやりたいことをやり、自由に流行や趣味を楽しんでいました。 ところが、彼のメンターは、「そこで満足していることで、後ろの人たち先に進めなくて、つかえてしまっているんですよ」と彼に伝えたんですね。 わたしはその場に同席していましたが、メンターは笑顔で伝えたものの、その言葉を言われて、彼は「え?」って感じの顔をしていたのをよく覚えています。 でも、わたしは、人生や世の中の仕組みのことが、ほとんど分かっていなかった当時でも、彼のメンターが言ったことが、なんとなくですが、わかる気がしました。 彼のメンターが言いたかったことは、勿論、「そんなとこで満足してないで、社会のリーダーらしく、ちゃんとしなさい」みたいな、お説教っぽいことを言いたかったわけではありません。 メンターが伝えたかったことは、「もう充分に器を拡大する準備のある人が、立ち止まって満足していると、あなたの周りの人たちの豊かさを受け取る流れを滞らせてしまいますよ」ということだと感じていました。 豊かさは、世の中に流れる血液のようなものだといわれています。 気持ちよく受け取り、気持ちよく流す。 そして、そのパイプも増えたり、広がっていくことで、より多くの豊かさが、循環するようになります。 人によっては、自分は、今より大きな豊かさを受け取るには、まだ値しないと自分を責めている人もいるかもしれません。 けれど、その人が、より受け取り、流すようになることで、世の中に豊かさが流れるようになっていきます。 キレイな血液を体に流してあげるように、豊かさもまた、キレイに流して、自他共に豊かさを体験していきたいですね。 よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへ 本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 28, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。 マスターのセミナーに来られた方は、体験されたことがあると思いますが、セミナー中一対一でQ&Aからはじまってセッションする際、「なんで相手のいろんなことがわかるんだろう?」ってちょっと不思議に感じる場面があります。 相手の感じている喜びとか不安とか、なにが糸口になるのかとかが、するすると出てくる、ちょっと不思議な感じです。 でも実はこれ、本当は誰にでもできることです。 よく雑誌やテレビでいろんな能力をお持ちの方が登場すると、わたしたちは、その人が特別な人のようにみえます。 でも、本当は誰もが可能なことなんです。 どのアプローチや、どんな感じ方がもっともその人らしいかという、個性はありますが、誰もが自分に許可を出したら、可能なものです。 わたしがいつも気をつけているのは、自分がポジやネガに傾いたりしないこと。 自分の中心から、シーソーの真ん中から、その人と関われているかどうかということです。 なぜなら、使いようによっては、自分を特別な存在みたいに、みせることもできるし、人を怖がらせたり、言うことを聞かせたりすることもできちゃうからです。 でも、そんなことしたって、相手の人はもちろんのこと、自分自身も幸せじゃありませんよね。 もっとも大事で、本質的なことなのですが、セッションで誰かに癒しが起きる時、同時に自分にも癒しが起きているんです。 セミナーに集まってくる人たちは、ちょっと不思議な感じもしますが、実は形は違えど、みな同じテーマを持ってきています。 セッションで誰かに癒しが起こるとき、自分も、そこにいる人たちにも、癒しが起きているんですね。 ですから、その人と愛で関われば、自分自身にも愛を届けているし、その人をコントロールしようとしているとしたら、自分自身をコントロールしようとしていることになるんです。 この世界の仕組みは、本当にシンプルですね。 自分がポジにも、ネガにもかたよらない、中心でいるコツは、中心に行こうとか、中心にいようとかすることでは、実はありません。 ただ、目の前の人に、愛で関わっていること、愛に基づいて関わっていること。 ただ、それだけです。 誰かが幸せになることが、そのまま自分の幸せになる。 とても幸せな仕事をさせていただいているなって思うんです。 よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへ 本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 27, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。わたしは、バーのマスターだったこともあって、多くの人生の流れを大きく変えた人たちに出会う幸運に恵まれました。 自分が本当にやりたいこと気づいて、生きがいとワクワクの中で生きる人たちに出会ってきて、ある共通することに気づきます。 それは、お金が極限まで少なくなるとか、リストラにあっちゃったとか、やることなすことうまくいかなくなるとか、起こることは人それぞれなんだけど、めっちゃ不安やプレッシャーがやってきた時に、あることが共通しているんです。 それはなにかというと、不安やプレッシャーが限界をまで来て、自分のキャパをオーバーしちゃった時に、「もうこんなの絶対イヤ! もうこんなつらいの、やめてやる!」って、開き直っちゃう体験です。 開き直った時、実はそこで執着していたものを知らず知らずのうちに、手放しています。 本気で手放したら、「あれ?なにをあんなに苦しんでたんだ??」って状態が訪れます。 自分がしがみついてたものが、自分にとって大事じゃなかったことがみえはじめてくるからです。 強烈な不安やプレッシャーは、誰にとってもイヤなものです。 でも、多くの人は、それを避けようとして、避けようとして、同じ苦しみを繰り返しがちです。 痛みの湯が、熱くなりすぎないように、いろんな刺激で(水を足して)自分に気づかないようにしてきたからです。 でも、いつかは目をそらしていても、ある時、うわっ!これ、ちょっとムリっ!って状態がやってくることがあります。 その時が、本当のチャンスです。 アメリカの有名な講演家、ジョン・ドノヴァンさんは、無職でアル中でひきこもり生活をしていたある日、突然耐え切れなくなって、「神様!助けてください!もうこんな生活、一瞬も耐えられません!」「どうか助けてください!でなければ、いますぐ死なせてください」と天井に向かって叫んだそうです。 ドノヴァンさんは、その日から人生が変ったそうです。 今ではアメリカでもっとも成功した講演家の一人として、知られています。 道を引き返すか、もうこんなのゴメンだ!って手放すか、それが大きく人生の流れを分かちます。 嫌な感覚は味わいたいものではありませんが、こんどそんな時が訪れた時は、「待てよ、これ、めっちゃチャンスなのかも」って、知っているだけで、ずっと冷静に選択が可能になるでしょう。 よかったら、覚えておいてください。 よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへ PS マスターの個人セッション 5月前半スケジュールアップしました http://www.bar-aars.com/session.html 本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 26, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。今朝、お布団の中で目覚めて、まどろんでいた時、長年待ち焦がれていた目覚めの感覚をかいま見る時がやってきました。ふと朝目覚めて、まどろんでいる最中、遠くにご近所の人たちがしゃべっているのが、聴こえてきてきます。その声が遠くに聴こえながら、ふと自分が今まで自分と思っていたものが、自分の自我だったんだということに気づきました。「なんだ、自分はこれまで、この身体が、この自我が自分だと思ってきてたんだ」、「自分はホントは誰でもない、名前もない、なんの感覚もなければ、恐れも不安もない、ただの命なんじゃん」と。そして、「自分が生きていると思っていたけど、命がこの自分を生きてるんじゃん」って気づきました。「ずいぶん、無理させてきたなぁ」とふと感じて、「大事に扱ってあげなきゃな」って感じました。長年、目覚めることって、なんかすごい劇的なことだと思ってたけど、(垣間見ただけなのかもだけど)それは特別なことでもなんでもなくて、「ああ、なんだそうだったのかぁ」って、静かなものでした。けれどそれは、これまで自分が信じてきておそれていたことは、実は影も形も存在しない幻想だということがみえ、ないと思っていたものは、すべてここにありました。しばらく目覚めていると、せっかくのこの気づきを、忘れたくない、失いたくないという感覚があがってきましたが、これは(失いたくない、持っていないという)執着なのだなと、即座に気づきます。そして手放すと、また静かな誰でもない、ホントの自分に戻ります。あれから、しばし(この世界での)時間は経過していますが、なにかずっとホントの自分(命の自分)につながっている感じです。今はこの不思議な感覚を楽しんでいます。よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへPS マスターの個人セッション 5月前半スケジュールアップしました http://www.bar-aars.com/session.html本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 24, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。わたしの友人で、人を自然と笑わせて、まわりのひとたちをほのぼのさせたり、なごやかにさせることにかけて天才な人がいます。わざと面白いことを言おうとしているわけではないんだけど、会話の途中の独特の間が、なんともおかしくて、ふきだしてしまうんです。また、比喩やたとえが、独特の感性ですごくおもしろいんです。当の本人は気づいていないんだけど、あの比喩やたとえは、ひじょうに頭の回転が速いことのあらわれです。ですが、自分は面白いことを言ったりしたりしている自覚がほとんどない。ですから、その友人のひとことで一番吹きだしちゃうのが、みんなが笑い出した時に言う「なんで笑うの??」ってひとことなんですね。もうわたしも、わたしの友人たちも、お腹かかえて笑っちゃって、腹筋痛くてしょうがない(笑)。「たとえが悪い」と本人には怒られそうですが、ゴレンジャーに出てくるキレンジャーは、笑わそうと思ってないのに、普通にしてたら、まわりが笑っちゃう。(ちょっと古すぎ???)天才の領域って、それなんですよね。その人の友人が、その人にあげたポストカードが、それを最高に表現しています。友人がもらったポストカードに書かれたメッセージは、「あなたは、そこにいるだけで、まわりを癒す存在です」だったそうです。で、ポストカードの写真が最高で、金魚蜂を眺める猫の顔を向かい側から写した写真。猫の顔が、金魚蜂で拡大されて、ぶにゅ~ってひろがってみえて、めちゃ可笑しい。でも、猫にしてみたら、笑わそうなんて思ってなくて、金魚を狙っているだけなんですよね。(そのメッセージに即座に気づくとこが、頭の回転速いなーって思います)そう、自分にとって特別じゃないことが、人にとっては、すごい才能だったりする。あとはただ、「あ、自分のこれで、他の人が喜んでくれるんだ」って、気がついて、それを表現していくことをOKしてやっていくだけ。よかったら、自分にとってはなんでもないことだと思ってたけど、他の人には、マネができないこと、まわりの人にきいてみてください。きっと、素敵なヒントがみつかるかもしれませんし、もしかしたら、自分の天才性に、気づいてしまうかもしれませんよ。よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへPS マスターの個人セッション 5月前半スケジュールアップしました http://www.bar-aars.com/session.html本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 24, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。昨日のブログでは、ランチ会の席で、友人を笑いながら、からかってばかりいた女性が、ある瞬間から、「すばらしい!」、「さすが!」と本気で賞賛に切り替わったということについて、お伝えしました。今日はそのつづきです。友人ははじめ、ちょっと照れたり、自信なささげに話していて、その間は、隣の友人の女性に、笑われながらからかわれていたのに、ある瞬間から、それが突然賞賛に変ってしまいました。それは、友人が深い内容の話をはじめてからのことでした。表面的にだけ起きたことをみていたなら、きっと、いい話をしだしたので、その話の内容に感心して、賞賛しだしたのだろうととらえたことでしょう。でも、その場にいた友人たちは、瞬間的に、からかいが賞賛に変ったことに気づいて、「すごい!」って感動しながら、そこになにが働いてたのか、なにが働いて、変化がおこったのかに注目したんですね。成功することでも、人間関係をシフトするのでも、変化を創りだすのは、なにを話すかや、なにをするか以上に、大きく働くものがあります。そしてそれは、その場(そこにいる人たちの状態)に働くものです。友人は最初、照れたり、笑いながら自身のないような話(態度)をしていました。この状態は、笑顔なのでポジティブなんだけど、自信のなさを表現する(誰かに頼りたい)依存系のポジションです。これをポジティブ依存といいます。人間関係には、実はシーソーのような法則が働くようになっています。依存系の状態の人がいると、自動的にそれとシーソーでつりあうために、自立系の人が引き寄せられます。また、ひとつの場所で、誰かが依存系のポジションに着くと、バランスをとるため、その場の誰かがほとんど無意識のうちに、(自動的に)自立系のポジションにつきます。これは、無意識のうちにおこなわれてしまいますので、本人たちは気づくことはほとんでありませんが、ほとんど必ずバランスをとろうとして、この力学が働きます。さきの友人は依存系ポジティブのポジションでしたので、それとバランスをとるために、友人の女性は、自動的に自立系ネガティブ(つっつくタイプ)のポジションについていたわけです。人間関係の力学って本当に面白くて、重箱の隅をつつく人がいたら、必ずバランスをとるドジな人がそばにあらわれます。また、ポジティブではげまし系の人がいると、必ずその対象となる、自信なさげな後ろ向きな人があらわれます。これはどちらがよくて、どちらが悪いわけでもなく、それぞれがそれぞれのバランスをとるために、その場にはたらく力学なんですね。さて、さきのランチ会の話に戻ります。さっきまで、からかわれていた友人は、ある瞬間から、突然賞賛されるようになりました。表面的はことだけをみていたら、いい話をしだしたので、話に感心して賞賛されだしたようにみえます。もちろん、話の内容も素晴らしかったのですが、でも、劇的な変化を創りだしたのには、そこに力学が働いたことがみえてきます。友人は最初、照れて、恥ずかしそうにしていました。けれど、ある瞬間、恥ずかしいとか、照れるとかの限界を越えて、照れや恥ずかしさを、手放してしまったのです。(よくみられたいという執着を手放したといえます)その瞬間、友人はネガにもポジにもかたよらない、シーソーの中心近くのポジションに着いたんです。物静かな、大人的なポジションです。その瞬間、その場のほかの人たちも、シーソーのバランスをとる必要がなくなり、シーソーの真ん中、つまり力学の中心に近いポジションに落ち着いたんですね。実は幸せな人生の成功者たちというのは、お金をたくさん持っているから幸せになったとか、自分がうちこめるなにかをみつけたから、幸せになったわけではないんですね。彼らは、いろんな執着を手放していくうちに、力学の中心近くで生きられるようになってきたんです。力学の中心近くは、静かで、とても満たされた場所です。そして、この力学の中心近くは、人生のいろんな豊かさを、気負いなく引き寄せたり、実現することがとても容易な場なんですね。悟りをひらいた僧や、目覚めたといわれる人たちや、聖者と呼ばれる人たちは、このど真ん中にいる人たちです。悟りをひらいた人とか、聖者とかきくと、たいへんな修行をしないと出来ないことのようですが、でも実は誰でも可能なことです。だってわたしの友人も、中心近くに瞬間的にすんなりそこにいけたわけですから。人間関係には、無意識で生きていると、自動的に力学が働くようになっています。マザー・テレサが、反戦の集会に呼ばれた時に、「平和の集会なら出席する」と答え、断ったのも、彼女がこの力学をよく理解していたことがうかがい知れます。「こうやったら、成功する」系の本を読んだ人の中で、成功する人が少ないのも、実はここに理由があるんですね。 ↑このお話は、明日発行のマスターの無料シークレットメッセージでお伝えしますね。 シークレットメッセージのリンクはこちら人間関係の力学は、本当に深く興味深いです。もしよかったら、あなたのまわりの人をみて、その人が今この状態ってことは、自分はどのポジションに立ってるのかな?ってみてみてください。とても意外で面白い発見ができるかもしれませんよ。よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへ本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 23, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。先日、友人たちとランチ会をしたのですが、そこでとても興味深いことが起こりました。それは、意識していなければ、もしかしたら気づかなかったことかもしれないくらい、ささいな変化でした。ランチ会には5人の友人たちが集まりました。友人のひとりは、古くからの友人なのですが、その友人が連れてきた女性は、古くからの友人と親しく、彼をからかってばかりいました。ランチ会の席でも、古くからの友人がしゃべるたび、その女性は、笑いながらからかっていたのですが、ある瞬間から、「からかい」が「賞賛」にかわったんです。ついさっきまで、○○ちゃんは、○○だからな~とか、なんで○○なん(笑)?なんて、大笑いしながらからかっていたのに、ある瞬間から、「素晴らしい」、「さすが!」と、本気で賞賛していたんです。なにが起こったのでしょう?古い友人は最初ははじめ、照れたり、自分の自信のない話をしていたのですが、気づきの深い話をしだしたら途端に、女性が賞賛をはじめたのです。おそらく、表面的にしかその場をみていなかったら、(とくに意識していなかったら)いい話をしだしたので、いい話をする彼を賞賛したのだろうとしか映らなかったでしょう。けれど、そこにいた友人たちは、その変化が伝えてくれたメッセージの大きさに気づきました。「すごい!一瞬で変った!なにが起きたんだろう!?」ってすぐに友人たちは、変化に素晴らしさと、(表面的なことだけででなく)そこになにが働いたのかということに、注目しだしたんです。劇的な変化を創りだしたのは、話の内容ではありませんでした。いえ、実際、話の内容も素晴らしく、話の内容が、賞賛を創りだしたのは間違いありません。けれど、瞬簡にからかいを賞賛に変えたのは、話の内容ではありません。話の内容が創りだしたのは、賞賛への切り替わりへのほんの数パーセントでしょう。なにがからかいから賞賛へ、瞬間的に変化させたのでしょう?それは、友人がネガでも、ポジでもない、「中心」に移動したことによるものでした。それってどいうことでしょう?この続きは明日。よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへ本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 22, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。わたしはかつて、バーのマスターをしていたことで、お金持ちといわれる人と、そうじゃない人の両方に、たくさん出会う機会がありました。ある成功者が当時話した印象的な言葉が、「お金持ちとそうじゃない人の違いは、ひとつだけ」。「考え方が違う、ただそれだけなんだよね」ってものでした。お金という豊かさを受け取り、どんどん豊かになっていく人と、豊かになりたいと願いながら、変らないか、逆にどんどん苦しくなっていく人がいますよね。なにが違うかというと、よく成功哲学や心理学で耳にするように、お金に関する習慣が違います。そして、先のお客さまの話してくれたように、お金の習慣の違いは、お金に対する考え方の違いと言えます。わたしは以前、お金を稼いでも稼いでも、手元に残らず、あったらあっただけ使っちゃう人でした。そして、残金が少なくなってくると、なんとも言えない不安感や、イヤぁな感覚を感じていたものです。ある日、気がついたひじょうに興味深いことは、残金が減ってくると、このイヤな感覚がはじまるのですが、けれどこの感覚、実際の金額には関係ないことがみえてきたんです。なんのことを言っているかというと、持っていたお金が、500万円が250万円になろうと、100万円が30万円になろうと、10万円が6万円になろうと、8千円を切ろうと、その感覚は、持っている金額に関係なく、目減りする額がある程度までくると、やってくるということに気づいたんです。で、「あれ?なんかおかしい」ってことに気づいたんですね。それまでのパターンは、たくさん稼いで目減りして、不安になって、不安から逃るために稼いで、また目減りして不安になってってのを繰り返していました。そのパターンは、あまり稼げないでいたときも、たくさん稼げるようになった時も、変らなかったことに気づいたんですね。で、幼い頃のある思い出を思い出したとき、一本の線につながって、「あー!そういうことだったのか!」って気づいたんです。わたしが小学校3年生くらいの頃のお祭りの日のこと、両親はそれぞれに、わたしにお小遣いをくれました。両親がくれたお小遣いを合わせると、800円くらいになりました。当時のわたしにとっての800円は、はじめて手にするたくさんのお金。わたしは、一気にお金持ちになった気分で、ものすごく嬉しかったんですね。で、お祭りに友人たちと出かけんたんですが、お金をたくさん持っていて、とても気分がよかったので、友人たちにどんどんいろんなものをおごったんです。ところが、ある瞬間気がついたら、800円あったお金が、いつの間にか300円くらいになっていることに気づいて、愕然としてしまいました。「あんなにたくさんあったのに....」ってすごいショックで、で、あまりにショックだったので、申し訳なさを感じつつも、両親にショックだということを話したんですね。そしたら、両親はあまりにふさぎこんでいるわたしを見て、怒ることなく、もう100円をくれたのを覚えています。で、お金が減っては、不安になるパターンと、この思い出を思い出を思い出したときに、ひとつの線につながったんですよ。「あ、こういうことだったんだ!」って。わたしは子供のころの、そのショックな出来事の時に、お金は使えば減って、不安になるものと学習して、それがあたりまえになっていたことに気づいたんですね。そして、両親から次のお金を受け取るときに、申し訳なさを感じながら受け取っていました。つまり、お金は使って減ると不安になり、お金を受け取るときは申し訳なさを感じるっていうのが、わたしのそれまでのお金に対する考え方であり、お金への関わり方のパターンそのものになっていたってことに、気づいたんです。通常、それまでの心理学での考え方だったら、お金を使うと不安になるんだったら、お金を使わないように、使わないようにするパターンにはまっていきそうですが、それは、他の人をみてこわくなった時のパターン。自分自身が体験したことは、そのまま自分で同じ感覚を感じるように、プログラムして、このパターンを繰り返します。「あ、自分のお金のパターンの根っこって、これだったんじゃん!」このことに気づいた瞬間、「そりゃあ、これを知らず知らず、繰り返してたはずだわぁ」って気づいて、なんだかとても嬉しくなりました。「ああ、もうこのパターン、続けなくてよくなったんだ」って。そして、過去の(子供のころの)自分としての自動的な反応ではなく、今の大人の自分の選択として、まったくあたらしく、お金との関係を創りだすことが可能になったんです。この気づきに大きく影響を与えてくれたのは、友人と話していた際に話題に出た、「不安や痛みを感じることって、神様のサインなんだよね」ってもの。お金が目減りして不安になるたびに、神様(本質的な自分)が、「目を覚まして~」って、目覚ましを鳴らしてくれていたんだって気づいたことによってでした。わたしたちのお金とのかかわりは、わたしたちがお金に対して持っている考え方によって、つくりだされてきました。そして、これまでのパターンをまったく新しいパターンに、変えるのは、神様が鳴らす目覚ましのベルに、耳を傾ける素直さなのだと感じています。あなたには、どんなサインが届けられているでしょう?よかったら、耳をすましてみてください。大きく人生が変る機会になることでしょう。よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへPS マスターの個人セッション 4月後半スケジュールアップしました http://www.bar-aars.com/session.html本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 21, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。いろんな本や成功者の講演などを耳にて、「お金は感謝して払うといい」ということは、多くの人が知っています。そして、お金を払う際、喜んで、感謝して払うと、更に友達をたくさん連れて帰ってくると言われています。で、多くの人が、これをやってみるのですが、実際、豊かさがどんどん流れ込んでくる人と、現実は、ほとんどなにも変らない人がいるのは、なぜなのでしょう?わたしはある日、「おお、そういうことだったのか!」と気がついたことがあります。それは、実際に、豊かさがどんどん流れ込んでくる人は、実際に感謝を「感じている」人。現実がほとんど変らない状態の人は、(お金を得るために)「感謝をしないといけないと『思っている』」人だということでした。言い方を変えると、豊かさがどんどん流れ込んでくる人は、実際に感謝をしているけれど、そうじゃない人は、お金を得たいために、感謝をしてみている状態といえます。豊かさを受け取る人は、ただ感謝をしたくて感謝しますが、受け取れない状態の人は、お金を得たいという「目的」を持っています。ゆえに、お金を得るため、感謝をしなくてはいけないという図式になり、無意識の領域では、「奉仕や与える」ではなく、「取り引き」になっています。そして、この目的は、「お金を得たい」という執着、「お金を失いたくない」という執着、つまり、無意識の中の(不足や喪失の)恐れから来ています。分かりやすく言うと、表面上は感謝しているようでも、こころの奥のほうでは、感謝はできてないちぐはぐな状態といえます。そんな時は、表面では、感謝しているのに、よく自分を観察してみると、なにか胸や体のどこかに、もやもや感や違和感を感じているのに、気づくかもしれません。わたしが「あ!そういうことだったのか!」って気づいたのは、ある本を読み終わった時のことでした。その本自体は、お金に関する知恵が書かれた本ではなかったのですが、いろんな知恵に気づかせてくれる本で、買ってよかったなぁ~と思った本だったんですね。で、その本の著者が、その本を書いてくれてたおかげで、わたしがその本を買うことができたことに気づいたんですね。すると、わたしの中で自然と、著者に対して、「素敵な本をありがとう」、「自分が支払ったお金で、著者が生活できて、活動できるじゃん」って思ったんですね。その瞬間、「感謝してお金をはらってんじゃん、これ」って、気づいたんですね。感謝は、(実は全てそうなのですが)なんのみかえりもなく、ただ、それを行う時に、自分のもとに帰ってくると言われています。映画「スターウォーズ 帝国の逆襲」の中で、師匠のヨーダが、弟子のルークに、「やってみるのではない、(ただ)やるのだ」と言う名セリフが出てきますが、まさにこれも同じです。(このセリフ、実はものすごく奥が深いのです)感謝してお金を払うのもまた、見返りを求めて払うのではなく、ただ感謝して、それを行うことです。そして感謝してお金を払うことは、実は少しも難しくなく、あなたが感謝したい人に、(モノであっても、その向こう側にそれを提供した人が必ずします)「ありがとう」ってお金を支払えばいいのでしょう。幸せなお金持ちは、自分が喜べるものにお金を払うけれど、お金に不自由な人は、自分にとって、どうでもいいものにお金を払うといわれていますが、まさにここにその答えがありますね。どうぞ、あなた(の魂)が喜べるものに、お金を払ってあげてください。よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへPS マスターの個人セッション 4月後半スケジュールアップしました http://www.bar-aars.com/session.html本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 20, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。人には必ず、その人特有の必勝パターンというのがあります。必勝パターンってなんのことかというと、滞ってたいろんな流れが、それをやることによって、流れが急によくなるもの。もしくは、流れを変えちゃえるものとも言えます。つまり、調子がイマイチの状態から調子のいい状態に切り替える方法ってヤツです。この必勝パターンというのは、それぞれ人によって異なりますので、自分で見つける必要があるのですが、でも、みつけるのはそんなに難しいものではありません。わたしの友人のひとりは、英語に関わることをやっているとき、調子がよくなることを発見して、流れを変えたいときや、流れを加速したい時は、英語の本を読んだりなど、英語に触れるようにしているそうです。歌手の宇多田ヒカルさんも自伝の中で、自分の必勝パターンについて触れています。宇多田ヒカルさんが、調子がくるっちゃった時、友人から「あなたは、ニューヨークに行った後、調子いいじゃない」と言われて、ニューヨークに行くようにしたと語っていました。わたしの必勝パターンは、体にいい食事をとりだした時。「このお味噌とても体にいいんだよ~」とか、「これ、すごく体にやさしいんだよ」っていうものを、体に取り入れだした時、流れが急によくなります。また、わたしの場合は、部屋をキレイに片付けたり、思い切って、模様替えしたときも、流れが変ります。ただ、ひとつ知っておくといいのは、必勝パターンが、わたしたちを幸せにしてくれるんだと、必勝パターンに執着はしないこと。もしかしたら、人によってはなんのことだろう?って、思われるかもしれませんが、これは知っているだけで充分かと思います。ある日、「ああ、なるほど、『ただ、流れを変えたいとき』に、必勝パターンをやればいいんだな」、「こいつが助けてくれると、思うとしんどいんだな」って、人生全般に関わる大きなきづきにつながるでしょう。これはある日、ふと腑に落ちるものですから、今、ピンと来ない状態だったとしても、そのままにしておいて大丈夫です。信頼しておいておいてくださいね。人には誰にも、その人固有の必勝パターンというのがあります。今までは意識してこなかったけど、あなたの人生の流れがよくなる時、いつもやっていることはなんでしょう?よかったら、ぜひみてみてください。よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへPS マスターの個人セッション 4月後半スケジュールアップしました http://www.bar-aars.com/session.html本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 17, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。先週末、東京でのセミナーを終えてきました。半年間やってきたシリーズセミナーでしたが、わたしも、参加者の皆さんも、たくさんの新しい友人ができて、とても楽しい半年間でした。参加者の方の、プライベートな内容も関わってくるので、セミナーであった詳しい内容は書けないのですが、セミナーの最後のセッションは、びっくりするようなミラクルでした。深い深いワークに、自然と流れていったのですが、気がついたら、「こんな深いワーク立ち会ったことない!」ってくらい深いワークになっていました。セミナーの最後のセッションは、参加者の一人の方が、他の参加者の方にセッションのリードをサポートしていただいたのですが、(正確には、わたしの方が裏方サポートでした)気がついたら、超深いワークの領域に。いろんな方のセミナーでのセッションをみてきましたし、この深さは、今までみたことないって領域でした。超深い領域に入っちゃって、みんなついてこれるのかな???とも思っちゃったのですが、気がつくと、全員が深くつながっていて、それぞれが癒しと許しを自分でうけとって、深い感謝につながっていました。その場にいながら、「すげぇー 今なにが起こってるの!?」って、正直すごい驚きと、感動でした。この時思ったのは、自分の力じゃない、なにか大きなものに導かれたり、サポートされているんだなってことでした。最近読んだ本(別にスピリチャルな本じゃないだけど)や、出会う人やサインには、このメッセージがしょっちゅうありましたので、やっぱりそうなんだなぁって感慨深いものがありました。東京で一緒に時間を過ごしてくれたみなさん、本当にありがとうございます。みなさんと一緒に奇跡の場にご一緒できたこと、生涯忘れることはないでしょう。本当にありがとう。4月に入って、どんどん流れが加速していると、まわりの友人たちも強く感じていましたが、どんどん、気づきと展開が広がっていって、以前とは比較にならないスピードです。いよいよ、流れが加速しているようですね。さて、いよいよセミナーは広島を残すのみです。最後のセミナー、どんな素敵なことが起こるかな。よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへ本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 16, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。東京でのセミナーを終え、昨日遅くに京都に帰ってきました。京都と東京では、桜の咲くタイミングが違って、京都を発つときには満開だったのに、東京で駅に降りたら、桜は散っていました。4月に入って、流れがまったく変ったと感じていましたが、東京の桜を見て、流れの速さを感じて、象徴的だなぁとあらためて感じました。4月に入って、流れがまったく変ったお話は、メルマガでも描かせていただきましたが、今回東京の友人たちと話してみると、たくさんの人たちがそれをリアルに感じていることがわかりました。流れに乗って、幸せと豊かさを実現していくのも、その逆を実現するのも、ものすごくはやくなったんだなという印象です。さて、わたしは、かつてバーのマスターだったことも手伝って、多くの人生を幸せに豊かに拓いていく人たちと、そうじゃない人たちと出会う機会に恵まれました。そして、ここしばらく目撃したり、立ち会ったりしているのが、人が人生を波に乗せるかどうかの瞬間です。かつて、わたしのメンターは、自分が本当にワクワクして、豊かに生きたいならば、「必要なのは、ぶっちゃけ勇気だけだ」と話してくれました。当時のわたしは、「ふ~ん」って感じで、正直あまりピンときていなかったのですが、今は「本当にその通りだな」と感じています。ある友人は、好きなことで生計を立てようと思い立ちましたが、どんどん家計は苦しくなっていったそうです。で、怖くなってきちゃって、なんでもいいからお金の不安を払拭しようと、仕事を探しまくったとのこと。でも、どこも雇ってくれない。で、いよいよ貯金が1万円を切ってしまったとき、「もういいや!もう自分が喜べること以外一切しない!」って、「不安への執着」を手放してしまったそうです。 ↑(これ、すごく深くて重要です~)そしたら、その後、ガラリと人生が変りだしたそうです。わたしは、去年いろんなところからサインを受け取って、「あ、音楽やるんだぁ」って気づきました。わたしは、音楽に関して、なんの知識も経験もありませんでした。でも、すごくワクワクしだしちゃいました。ところが、実際バンドのメンバーとなる最初の一人に話しをする時は、ものすごーく怖くなっちゃったのを、今でもよく覚えています。けれど、怖くても、「エイっ!」って感じで話して、音楽のことをはじめたら、仕事を含めた、人生のほかのことも、それまでとまったく違う、スムーズで速い流れになっていました。バンドのメンバーのもう一人の友人も同じで、彼も他の人と音楽を一緒にやるという経験がなかったので、何度か怖くなって躊躇しましたが、でも、音楽をやるって決めた日から、それまでとまったく違う、幸せで豊かな人生に切り替わってしまいました。人生が波に乗るとき、それまでとまったく違う、素晴らしい波に乗るとき、なにがあるのか?人生が波の乗るかどうかという時、お試しのように、怖い感情を感じます。「ここから先は行ったことがない」、「いったことがないから不安」って、漠然とした感覚で感じます。人生が波に乗るかどうかは、「怖いから引き返すか」、「ひき返したら、絶対後悔する」って気づいて前進するかという選択にかかっています。そう、人生はまさに選択の連続なのですが、人生をガラリと変える選択は、「あまりワクワクしないけど、慣れた世界で生きるか」、「ドキドキもするけど、ワクワクする領域に、勇気を持って飛び込むか」。この選択の瞬間がやってきたとき、人生を大きく分けるようです。いつのまにか、自分がこの選択をしていて、今度は今、まわりの人たちがこの選択をしはじめています。選択は自由で、そしてひとりひとりの手に委ねられています。どうぞ、自分の魂が喜ぶ選択をされてください。よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへ本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 15, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。 ずっと昔、メンターに「お金の心配をしなくていい生活を できるようになりたい」とアドバイスを求めたことがあります。 経済的に豊かになって、お金の不安から開放されたい、つまり、お金持ちになりたいので、アドバイスをくださいって、感じだったわけです。 そしたら、メンターは、お金持ちになりたいんだね?ときいてきました。 で、わたしは、ハイって、ちょっと遠慮気味でしたが(笑)、答えたわけです。 そしたらメンターは、あることをわたしに言ったのですが、それは、当時のわたしには、「はっ?」っとしか思えない言葉でした。 メンターが言った一言それは、「ああ、お金持ちになればいいじゃない」というもの。 当時のわたしは、はとが豆鉄砲食らった状態で、「はい?」ってなっちゃいました。 で、わたしは、「いや、だから、そうなるにはどうしたら、いいのか、ききたいんだよ」って言ったんですね。 そしたら、「お金持ちになりたいんでしょう?」、「じゃあ、なればいいんだよ」と、答える。 わたしの方にしてみれば、「なりかたがわかんないから、きいてるんじゃん」って思ってましたヨ、ハイ。 で、メンターがもう一度言ったのは、「お金持ちになりたいんでしょ?」、「じゃあ、なればいいんだよ」、「どうしてならないの?」って聞いてきたわけ。 勿論これ、意地悪で言ってるわけではないのは、当時のわたしにもわかっていました。 けれど、言わんとしていることの本質は、当時のわたしには、差し図ることは出来ませんでした。 今なら、彼が言わんとしていたことがなんだったのか、よく分かりますが、当時は正直わけわかめでした(笑)。 これは勿論、「つべこべ言わずに、がんばってお金稼げばいいじゃない」って、安直なものでもありません。 「お金持ちになればいいじゃない」、「どうしてならないの?」というのは、実はとてもとても深いメッセージでした。 この言葉の本質ってなんだと思われます? わたしは、何年もかかりましたが、ある日、ああ!そういうことじゃん!って自分で発見することが出来ました。 そしてこれは、自分で気づくことが、その時になって、とてもいいことなんだろうなって感じますので、あえて、わたしが発見した答えは、今は書かずにおきますね。 ただ、重要なポイントをお伝えしておくとしたら、「答えはそこにない」であるとか、「そもそも答えはない」っていうところです。 もしまだ、自分が理想としている豊かさを実現していないとしたら、なぜ豊かになっていないんだろう?って、よかったら、自分自身に質問してみてください。 そして、メンターがわたしにプレゼントしてくれた言葉、「お金持ちになればいいじゃない」、「どうしてならないの?」って、自身にきいてみてください。 もしかしたら、思いもよらなかった思い込みやパラドックスに気づかれるかもしれませんよ。 よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへ 本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。 いってらっしゃいませ
April 13, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。わたしたちって、成功していくにしても、なにをするにしても、知らないことは恥ずかしくて、知ってないといけないって、よく思うものですよね。でも、知らないことって、実はすごいことなんだなって、最近になって、すごく感じるようになってきました。去年、いろんなところから届くサインを読み解いていくうち、「ああ、音楽やりたいんだ」って気づいたわけですが、マスターはほとんどなんの音楽経験もありません。で、やろうって言い出して、一緒にやる友人に相談して、はじめたわけですが、自分はな~んにもわかんないってところで、プレッシャーみたいなの、感じていたわけです。他のほとんどのメンバーは、音楽で食ってきたか、長いこと経験してきた人たちだったから、それはなおさらでした。ところが、面白いことに気づきはじめたんです。メンバーは、出来る人を探して声をかけるんじゃなく、引き寄せようるのがいいと思っていたんですね。そしたら、正直なんの苦もなく、いつの間にか集まっていました。また、いろんな起こっている現実をみていくと、知らないがゆえに、うまくいっていくことがあるんだということが、わかってきたんです。なにに気づいたかというと、ひとつは、知らないがゆえに、知っていると想像するような問題を、思い描けないということ。つまり、知らないことは、ビジュアライズできないっていうことに気がついたんです。ビジュアライズできないことは、現実化しようにも、思い描けないから現実か出来ない。これが、ひとつ。もうひとつは、知っていたら問題点に目を向けがちになるかもしれないけど、知らないから、うまくいっている点に意識が向くということ。なんていうのかな、春になって、小さな花の芽が出ていることに気づいて、「あ、こんなとこに、芽が出はじめてる~」って気づいて嬉しくなる。そんな感覚です。そして、知らないから、知っている人に、いろんなことを教えてもらおうと思う。(気がついてなくて、きけてないこともいっぱいあるかもしれないけど)わたしたちって、なにかをやるときに、ちゃんと知ってないといけないとか、知らないとはずかしいって感情に、よく翻弄されてきたけれど、知らないことって、実はすごいことでもあるみたいです。知っている人への謙虚さを忘れないことかな。よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへ本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 10, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。以前にも書いたことがありますが、マスターは以前、4輪雑誌の出版社に在籍していました。で、今日は、社会や人の思い込みに関する面白いハナシが、クルマの話題の中でみつけたので、それをお伝えしますね。日本が世界に誇るスーパースポーツカーとして登場した、日産GT-R。国産車ではじめて時速300キロオーバーの性能を誇り、世界一過酷といわれる、ドイツはニュルブルグリンクサーキットで、量産市販車として世界最速のタイムを公式タイムとして記録しました。世界中のモータージャーナリストが注目し、世界の名だたるスーパーカーメーカーに強烈なインパクトを与えたクルマです。さて、このクルマの開発の総責任者は、水野さんという方。GT-Rの開発者として、また、これまでの自動車やそれをとりまく価値観、概念を根底から覆す人として、自動車雑誌以外にも注目され、あちこちで取り上げるようになった人物です。この水野さんが、ある雑誌で、ひじょうに興味深いコメントをしているのを発見しました。「みんなGT-Rが1740キロも重さがあって、重い重いって騒ぐけど、なんで1740キロなのか、誰も聞きに来ないんだよね」というもの。一般的に、(特にレースの世界では)速い車を作ろうと思ったら、馬力を上げていくことと同時に、クルマを軽くしていくことが、常識とされています。たとえば、あのF1マシンなどは、軽自動車並みの重量に、ひじょうに馬力の高いエンジンが積まれているわけです。自転車に荷物をいっぱい積んでいたら、ペダルこぐのがタイヘンだけど、荷物なしだとスイスイ走れちゃうのと同じです。そこでいうと、GT-Rの重量は、1740キロっていう、およそスポーツカーとしては考えられない、高級車並の超重量級の車重があるんです。で、誰もが、もっと軽くしたら、もっと速く走れるようになるだろうに、もったいないなぁ、もっと軽くつくって、もっとすごいのだしてよぉって、思うわけです。けれど、開発者の水野さんは、長年レースをやって、レースにまったく勝てなくなっていた日産を、連勝連勝で、なんどもチャンピオンに導いた張本人です。さらに、水野さんがGT-Rを開発するまでに、ずっと思っていたことが、どうしてレース車で採用している技術が、市販車の対衝突安全性や、操縦安定性などに、まったく生かされていないのか?ということだったそうです。水野さんいわく、レース用車両に乗った後、普通の市販乗用車でとばそうとしたら、クルマの安定性や、操縦性があまりにあいまいで、こわくてスピードを出せないそう。で、そんな、ずっとレースの世界でやってきた水野さんが、軽く作った方が、速くなるなんてこと、当然わかりきっているはずですよね。で、ほとんどの人は、なんでわかってるはずなのに、軽くしなかったんだろう?って思っちゃうわけです。水野さんは、GT-Rが発表された際、1740キロという重量は、開発前から決まっていた数字と話していました。けれど、クルマは軽いほうが速いという常識が、あまりにあたりまえになってしまっている、ほとんどの人には、「じゃあ、水野さんはどうして、1740って重量にしたのかな?」とは思ってみなかったわけです。で、水野さんが雑誌でコメントしていたのが、「なんで1740キロなのか、誰もききにこないんだよね」というものだったわけ。詳しく書くと長くなるので、ここでは詳しくは書きませんが、1740キロという重さを、適正に各タイヤ(ランフラットタイヤであることも超重要)に加重をかけさせることで、速く走れるクルマをつくったということだったみたいです。これが、あたりまえって、ほとんど誰もが信じて、疑ってみないことに光を当てる人が、人生を豊かに拓いていく人だということを、多くの幸せな成功者と出会い、僕自身も体験を通して、強く感じています。GT-Rというクルマが、量販市販車世界最速になれたのも、それでいて、とてもリーズナブル(他のスーパーカーと比べて)に仕上がったのも、どれも、誰もがあたりまえと疑うこともなかったことに、光を当て、常識をくつがえした結果だったそう。それをきいただけで、マスターはワクワクしてしまうのですが、水野さんは、もうひとつとても興味深い発言をしています。「日本人の匠の技をこのクルマで復活させたかった」と。昔の日本人は、たとえば、いい職人がつくったいい箪笥(たんす)は、代々うけついで、大事に使ったもの。匠の技でクルマをつくり、このクルマで、日本の「ものを大事にするこころ」を、思い出して欲しかったということをコメントしています。日本人ほど、ブランド物に弱い民族はいないなんてことを、言われることが多いと耳にしたことがあるのですが、日本には、本当に世界に誇れる素晴らしいものが、昔からいっぱいある。そしてそれは、作り手の思いが込められていて、その「もの」に生きていて、そして使う人も、それを大事に大事に、次の世代に伝えていく。あ、それ、すごくいいなって思ったマスターでした。よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへ本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 8, 2009
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大好きなことをするほどに好転する人生いらっしゃいませ、マスターの濱田です。昨日は、バンドのメンバーで集まって、打ち合わせ&練習をいたしました。このバンド、去年の年末に、いろんなところからサインが届いて、はじめることになったバンドです。けれど、わたし自身は、まったく音楽に関わっていくなんて、考えたこともありませんでしたし、自分のこととは関係のないことだと思っていました。けれど、あちこちから届いたサインを読み解いていくと、「ああ、音楽をやるんだぁ」ってなっちゃったんですね。魂が望む、本当にやりたいことは、ワクワクと同時に、ドキドキ(コワさ)もあるといいます。わたしにとって、音楽とは、まさにこのジャンルのことだったんですね。ところで。ひじょうに興味深いことに、音楽の活動をはじめてから、ビジネスをはじめ、人生のほかのジャンルのことも、どんどん好転して、うまくいくようになっていっているんですね。そしてそれは、わたしだけじゃなく、やはり音楽とは、無縁だと思っていた友人にもそれが起こっています。それも、以前じゃ考えられないくらい、人生が好転していっているんですね。他のメンバーの人たちも、どんどん人生が変化していっていて、本当に大好きなことをすることって、ホントにすごいことなんだなぁと感じています。そんなメンバーの写真がこちら↓写真提供&ロゴ、ケンチャンみなさんもぜひ、大好きなこと楽しんでください。よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへ本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。ケンチャンブログはこちら
April 8, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。わたし、高校生の頃はめっちゃ細かったんですが、21歳で学生になってからはじめたバイトが飲食のお仕事。で、そこのお店のメニューがだいすきで、毎日つまみ食い(おい)しまくってたら、いつのまにか太っていました。子供のころからずっと細いといわれていたので、自分が太るなんてこと、想像したことなかったのですが、太りはじめると、すごくそれがイヤで、(今から思えば)イヤと思えば思うほど、太っていってしまいました。23か、24さいころかな?テレビでB`zのプロモーションビデオが流れていて、「HOT FASHON」って曲だったんだけど、そこで出てくる稲葉さんが、スマートでめちゃカッコよかったんです。稲葉さん、細いジーンズに赤いシャツで、めちゃカッコよくて、「こんなんなりたい!」って思って、当時の彼女に「イナバくんみたいになるわっ!」って言ったら、笑われたのをよく覚えています。けれど、あれから18年か19年たって、先日のこと。それまではいていたジーンズでは太くなってきたので、いきつけのショップにパンツを買いに出かけました。そしてついに、そこのショップの(標準的なサイズでは)一番ウェストの細いサイズを買うことになりました。この十数年、このふたつ上のサイズが入ることが、夢だったんだけど、いつのまにかそれを通り越して、そこのショップの一番細いサイズが入ってるじゃないですか。んで、そこのショップの棚をみたら、お!って感じの赤いシャツが並んでいたので、思わず購入。稲葉くんみたいな体形になるわって言ったことが、18年たった今、現実になっているのです。ミーハーっぽいけど、めちゃ嬉しい。で、面白いのが、先日、家の中片付けてたら、9年位前の写真が出てきて、その時ちょうど、すごく痩せた時だったんだけど、今みたら、「え!?こんなに丸かったんだぁ」って感じ。18年前、ほとんど冗談としか思えなかった夢が、でも、本人には切実だった夢が、今かなっていて、すごく嬉しいのです。で、はっきりと痩せはじめたのが、去年の夏ぐらいからで、秋ごろには、今より体重が少ないくらいになっていました。面白いのは、今のほうが1~2キロ体重はあるのに、パンツのサイズは、ずっと細いんです。前から知っていたことだけど、体重とサイズは、実はイコールではないことが、あらためてわかったわけです。あんなにやせたいと思いながらも、なかなか思うようにやせなかったのに、今は何の苦もなく、やせているのかをみてみたら、「苦をすること」をやめたんだなってこと。つまり、「なんで思うようにやせないんだ」とか、「がまんする」とかなどの、「自分を責めたり、きらったりすることをやめた」のが、今の現実を創りだしたんだなって感じています。人生がよりよく拓いていく人たちをみてみると、みな自分を大切にしているんだなと、あらためて思います。それも、「できる自分も、できない自分も」、「強いととこも、弱いとこも」も、許してやってるというか、愛してるんだなって。そして、許せるの、許せないの、愛せるの、愛せないのってとこに揺れる自分も、愛おしく感じてるんだなって。写真は友人たちとお花見に行ったときのもの↓マスター、スマートなったでしょ(笑)?本日は当店に、お越しいただき本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。PS 間もなく、新しいシステムの関係で、 ブログを新しいとこにお引越しします。 その際、お知らせしますので、これからもいらして下さいね。よかったら、ポチっとよろしくです↓人気ブログランキングへ
April 7, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。先日メルマガ「カッコイイ女は カワイイ女」に、「4月1日から、それまでとまったく異なる、まったく新しい流れに変ったのを感じていること」を、書かせていただきました。世の中の流れ自体が、今までとまったく違う質に変って、これまでうまくいっていたやり方がうまく機能しなくなると同時に、これまで時間のかかったようなことが、あっさり実現するような流れに変ったんだなと、感じていることを書かせていただきました。これは世の中全体で起こっているんだろうなぁと感じつつも、あくまで自分が感じたことだったので、自分の体験だけ書かせていただいたんですね。そしたら、いつも以上にたくさんの読者の方からメールをいただいて、たくさんの方が、流れが大きく変ったのをはっきりと感じる体験をされていることを、お伝えしてくれました。「おおっ!それはおもしろい!」って体験談をたくさんいただきましたが、特に面白いなと思ったのが、ある読者の方からいただいた体験談。その方は、3月末になんと家中の時計が、いっせいにとまってしまったそうです。さらに携帯も壊れてしまって、時間が確認できるものがなにもなくなってしまったそうです。けれど、時計がなくなった時間は、無音のような、とても静かで不思議な感覚だったそうです。で、新しい時計を買ってきたときに、「新しい時間がはじまる」って感じられたそうで、そこに、わたしのメルマガが届いて、「おー!やっぱそうだったんだぁ」と思われたそう。なんかすごく面白いですよね。4日の土曜日は、半年間続いたセミナーの最終日だったのですが、参加者の方が、エンジェルカードを持ってきていて、なにげにわたしが引いたカードは、「豊穣(ほうじょう)」のカード。エンジェルカードはこれまでも、、「今日のセミナーで意識しとくといいのは、なんですかな?」って感じで、よくひかせていただくのですが、豊穣のカードをひいたのは、はじめて。で、すごく面白いのが、スタッフのけいちゃんも、まったく同じカードを引いて、さらに参加者で面白がって3回カードを引いた方がいるんですが、なんと3回とも、このカードでした。「おお~、セミナーの参加者全員に、きっと豊かさがおとずれだしているんですな」と思わずニヤリ(笑)。実際、セミナーに来られた参加者の皆さんも、この半年で、劇的っていっていいくらい素敵に変られて、そんなみなさんと出会えて、一緒に過ごせることが、すっごい幸せだなぁ~と感じました、ホントに。セミナーの翌日は、参加者の方たちとサントリーのウィスキー蒸留所に見学&試飲に行ったのですが、そこでも、今までとはまったく違う状態。来場者の多い週末は、時間優先で、説明もとばしちゃうことが多いものなのですが、今回はとにかく、ゆっくりと時間をかけてもらえて、これまで体験したこともないほどていねい。ホントにゆったりした、春の時間を、優雅に楽しませていただいた感じでした。ここでも、もう流れがまったく変ったんだなって、はっきりと感じました。そして、これからはまさに、かつては機能した成功方法のひとつの、目標を決めて息を止めてひたすら走るようなやり方でなく、ていねいに生きて、道中そのものを楽しむ。そして気がついたら、願った豊かさを実現している。そんな生き方が、ものすごく生きやすい流れになったのだろうと感じます。楽しみですね。写真は、近所のサイクリングコース沿いにある、桜の名所を通った際のもの↓素敵な季節がやってきました。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 6, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。このコ、マスターんちのワンコです↓門の外を眺めて、外に行きたい状態。出たらダメですよぉ(笑)。今日は、バンドの詩を描いたり、メルマガの発行もあったり、やることいっぱいあるけど、ものすごくお天気いいので、まずは自転車でサイクリングコース行ってこようかしら。(素晴らしい桜並木があるのです)そうそう、お知らせしなんですが、近々、ブログをシステム上の理由でお引越しします。その際はお知らせしますね。でわ、サイクリング行ってきますー。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 3, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。人生が変る時って、徐々に変るもののように思えますが、実は変る時というのは、瞬間的です。徐々に変っていくように思えるものも、実は小さな瞬間瞬間によってなんですね。そして人生を劇的に変えるのは、自分のそれまでの人生のパターンに気づく瞬間です。「あ!自分って、今までこうだったんじゃん」って。人生を劇的に変える瞬間の気づきは、まさに気づきです。「人生をよくするために、こうしよう」とか、「これをやめよう」とか、「きっとここを変えないといけないんだな」っていうのは思いであって、気づきではありません。気づきは、瞬間的に、「あ、これが今までの自分のパターンなんじゃん」って、いい悪いなどの判断なく、中立に、客観的に、自分のもとに訪れます。マスターが、人生を劇的に変える気づきを得るのは、なぜか電車に乗って、ぼーっと外を眺めてる時が多いです(笑)。(なにも考えない、思考の隙間に訪れるんです)マスターが劇的に人生を変えることになった気づきは、これまで何度も訪れてきていますが、大きく人生の流れを変えた気づきには、こんなのがありました。ぼーっと電車の窓から流れる景色を眺めていた時、ふいに、「あ、自分って、面白くないことや、悩んだり、苦しくなることを、わざわざみてたんじゃん」って気づいたんです。なんのことかというと、人生には楽しいことや、喜べることや、幸せなことがいっぱいあるのに、それまで、気づかないうちに、わざわざ悩んだり、苦しくなったりするような面白くないことに、意識が向くクセがあったといことに、その瞬間気づいたんですね。その気づきは、とってもさりげなかったんですが、でも、劇的に意識を、そして人生への姿勢を、それによる現実という結果を変えました。面白くないところに意識を向けてるんだろうなぁというのは、いろんな成功法則や自己啓発書で知っていましたし、思っていたのですが、でも、それは、「幸せなこと、人生をよくすることに意識をむけなくちゃぁ」とか、「マイナスなことに、意識を向けないようにしなくちゃあ」って、「考え」や「思い」だったんですね。そこは、マイナスに意識を向けちゃダメ、意識を向けちゃうようじゃ、自分もダメってジャッジが、気づかないうちに(うすうす気づいてましたが)あったんです。ところが、思考が止まっていた隙間に流れ込んできた、「自分って、そうだったんじゃん」って気づきは、中立に、ジャッジなく、届けられました。そしたら、「ああ、もったいない、やめよう」って、力を込めることない選択ができていたんですね。人生を劇的に変えるのは、思考の隙間に訪れる気づきです。そのためには、自然に触れたり、自分の心や体が喜ぶことをやってあげてください。そしたら、素敵なプレゼントが届けられることに気づくことでしょう。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 2, 2009
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。去年から今年のアタマにかけて、いろんなところから自分のもとに届いていたサインをうけとって、音楽活動をすることになったマスター。昔から、出会ったメンターたちはじめ、いろんな人たちから、「マスターはアーティストだねぇ」とか、「音楽やるときっといいよ」と言われていました。が、当の本人はそんなことを言われていても、「へぇ~」、「でも、できないし」とか、「興味ないし、今回の人生では、きっと違うかな」とか思っていました。だって、音符読めないし、学校の授業でめちゃニガテな授業は、体育と音楽ってくらいでしたから。ところが、去年からいろんなカタチでサインがやってきて、「自分って音楽やりたいんじゃん」って気がついて、バンド活動をやろうと決めたのが、去年の暮れ。で、メンバーは、出来そうな人に声をかけるんじゃなくて、映画「七人の侍」のように引き寄せようと決めました。で、気がついたら、いつの間にかメンバーがそろっていて、練習はじめていて、ライブの日程決まっちまったい(驚)!先日はじめて、メンバー全員そろって、一曲練習したんだけど、ギターの彼も、ドラムの彼も、楽器さわるの、めっちゃ喜んで楽しんでるし、生のドラムやギター、ベースに、「おお!生の音ってすげぇ!」とめちゃ感動!音を合わせてるみんなの姿を、マイクを前に眺めながら、ふと突然に、「あれ!?なんで俺、ここにいるんだっ?」って、気づいてビックリ。場違いだとか、みんなすごいなぁで緊張するとかじゃなくて、「あれ!?気がついたら、いつの間にかメンバーそろって、こんなとこに立ってるじゃん!」、「ちょっとコレ、すげぇー!!」って、めちゃワクワクしてきて。いろんな幸せな人生の成功者たちに出会って、彼らがみな、「気がついたら、いつの間にか、こうなってた!」って言っていて、自分も「人生ってそういうもの」って思ってたんですよ。でも、「うわっ、いつの間にか、気がついたら、こんなとこに立ててるじゃん!」って気づいて、ホントにホントに、彼らの言うとおりだよなって、このときほど、心底感じたのは初めてかも。本当にやりたいこと、大好きなこと、こわいけど、やらずにいれないことにチャレンジするって決めて、行動すると、ホントにミラクルが起こるって、実感しています。で、そんなマスターたちのバンドのバンド名は、「ZERO LIMIT」。今この瞬間を楽しんで、無我にいる時、無であると同時に、無限の存在であるを意味します。そして、バンドの初ライブの日程ですが、最初はシークレットのライブをやって。で、みなさんの前で演奏させていただけるのは9月13日、マスターのバースデイでとなります。みんな、予定今のうちに空けておいてね。さっ、今週中に詩をいっぱい書かなくちゃな、マスターでした。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
April 1, 2009
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