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色々と状況が変わりました。まず、来週の入院がなくなりました。10日~ になりました。のと、後に、手術か、放射線で、原発の肺の治療を行うことになりました。幸いにも、悪性リンパ腫が治まってくれていて進行していない、他の癌腫に発展していない、転移していないこともあってそうなるようです。ただ、放射線の場合だと、身体への負担も危惧されることから、その前に、遺伝子検査を行い、遺伝子を特定してから、となりそうです。もし、遺伝子変異の型が分からなかった場合、そうなるだろうとのことでした。その可能性もゼロじゃない、ということを聞きました。もしそうなったら、どうなるんだろう。遺伝子の型が特定されずに。そんなことってあるんだろうか。あ、それで、二日前に、治験と抗ガン剤13回めを投与してきました。来週は、定期健診と全身の検査、再来週は、入院で遺伝子検査、そして、その翌週には、全身の種類の違う検査と抗ガン剤14回目を投与します。忙しい。あー。それとそれとー。きのう、はじめて、抗ガン剤投与の翌日に出かけました♪わーい。いつも安静にしてなきゃいけないくらい、くたばってるんですが今回の抗癌剤では、かなりピンピンしてます。抗癌剤、批判する人多いですけど、打ってみてから批判してみやがれ。といつも思います。抗癌剤打たなくて治った人も、手術しなくて治った人もいて、それはそれでいいと思いますが、個人個人状況は違うんですから、強制は良くないと思います。その人は、打たなくてよかったかもしれませんが僕の場合だと、打たないと助かってません。少なくとも、痛みからは。痛み止めをどんなに飲んでも、抗がん剤を打ったあとと、薬を飲んだあとでは段違いで違います。これがもし、抗がん剤を打たない生活に切り替えろと言われたら、地獄のような日々が続くことかと思います。それと、若年者と老人では、ガンの進行スピードが違います。老人であるほど、遅く若くあるほど早いんです。早くて、対処療法が少なく、それでいて、社会的保障もない社会がまだ若年者のガンに追い付いていないんです。その現状も見据えて発言してくださるのなら、こちらもうなずけるものはあるのですが、進行がんは恐ろしいです。老人のあなたが苦しむスキがなかったと仰るその1ヶ月の間に臓器の至る所に若人は、転移する可能性を秘めてる身体の違いは、心の違い、人の違いは到底計り知れないものです。老人の方の思いもツラさもわかりません。他の人のことだって、同じような症状でも、本当にその人が感じてる痛みやツラさはわかりません。分かるような症状、似たようなものがあっても本当のツラさは本人でないとわからないんです。それを頭から否定されるような文章を書かれるのは、それも、癌になっていない人が、はたから、叩きつけるように抗がん剤は悪いと言うのは、受け付けられません。見ていて腹立たしいです。ふう。癌になっていいめんもあるけど、悪い面も多い。人から受ける差別や勘違いや、勝手な思い込みとか。すごく多い。一つ一つ指摘して反論してるけど、ちょっとそれも疲れてきました。w
2014.02.28
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3月は忙しくなりそう。来週、抗ガン剤の13回目を打ち、その翌週、背中から肺にかけての生体検査をしてソレにともなって、検査をいくつかして総合的に見て、結果が出なかったら、放射線を直接、原発である肺に照射することに。それまでに、肺が縮小していたら、最悪、手術を行うということが決まりました。んー。まあ。ボチボチ生きます♪
2014.02.20
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昨日、先週12回目の抗ガン剤だったのでそのための、定期健診で病院に行ってました。そこでの話です。強面の集団が居たんです。多分きっとお偉いさんのお見舞いか何かでグラさんかけた異様な雰囲気の集団が。そこへ、無邪気な子供が走り回って案の定、そのグラサン連中に体当たりだー!」と言って化け物退治してやるー!」とかって言ってるんだよね。周囲は、その光景にヒヤヒヤしながら見つめてたワケ。それまで受付のお姉さんに、ぁ?」とかって威嚇してたオッサン集団がその子供の無邪気さに触れた瞬間、ドミノ倒しにあったみたいに端からバッタバッタと子供の愛らしさに倒れていくんです。急に赤ちゃん言葉になったりね(苦笑)その異色のコラボに、逆に周囲は、ザワザワし始めてきて(笑)いい加減ヤバイんじゃないかってときにその子供とは関係ない、その場に居た老夫婦が、「○○ちゃんいらっしゃい♪」って急にその子をあやし始めたんです。で、その場を離れていた親が後から着て、老夫婦に「ありがとうございます。助かりました!」と言っていたんです。今の世の中、子供をあやすだけでも、ヒステリーになって、何するんですかうちの子に!」っていう人よく見かける中で。なんか、久しぶりに昔から見てきたような、当たり前の光景を見れて心がほっこりしました。でもね、、なんていうか、いま、親が子供を叱らないじゃないですか。その親もそうだったんだけど、子供が待合室で椅子の上に靴のまま上がってジャンプして走り回っててもニコニコしながら、元気なんですうちの子。って眺めてるだけっていうのは。。。ちょっと問題かなぁっと思いました。なんにも言わないんですよ、びっくりするくらい。逆に、異常なまでに叱りまくってる親もいますけど。なんか中間がないなーって、病院きてて見る親子関係みてると思いました。/それと、アサシングリードっていうゲームしてる方ならわかると思うんだけど。背後から敵に接近して背中から肺にかけて、刃を繰り出す、技があるんですが、それを今度、病院でされることになりました(笑)暗殺はされませんが。wそういう検査方法で、遺伝子検査を今まで3回してきてるんですがどれも陰性で、その検査方法が最後の手段ということで、背中から肺にかけて医療器具の刃を差し込んで細胞を採取するという検査を3月に入院して行うことになりました。肺に刺すのでリスクは高いんですが、遺伝子の型が分かれば越したことはないので、ガンバってみます。遺伝子の方が分かれば、遺伝子に対する薬があってそれを使用できたり抗癌剤もその型に効くものを選べるんです。今までは、全般に効くものをチョイスしてこられたみたいで、今度からは、遺伝子の方に効くものをチョイスしないと毎回、実験のような事をしないといけなくなるので、身体への負担も大きくなるんです。あー。例えば、Aに効くとされてる薬があるんだけど、ABCDのどれかわからない人に、Aの薬を打ったとしても、実は、BCDのどれかだったとしたら、Aの薬を打っても、効力出ないですよね。無論、Aの薬打ってる段階で、BCDの人には効果がないわけだから、その間、ガンはより進行して、死に近づく。となると、やっぱり遺伝子の型を見極める必要性が出てくるわけで。でもね、ちょっと怖いのは、もし、今までの肺ガンの遺伝子、現在、世界で5種類(枝分かれで数十種類)確認されてるんですが、新種だった場合wその場合が困ります。困り果てます。生体検査で3回細胞を持ち帰ってきてるのにそのどれにもその5種類が該当しない、陰性であったわけで。次の生体検査(背後から刃)で確実に細胞は取れると思うんだけど、その結果に期待値、高まる!面白いなァ。自分の体のことながら。治験の担当の人に、治験の検査方法自体、面白いですね。って言ったら、困惑されてた。wいや、だって、、、舐め腐ってますよ、患者を。命のやりとりをしている、闘病している人達をサンプルとしてしか見ていないその現状でのやりとりとか、検査方法とか。モルモットならまだしも、人間でそれを実際にしていってるその滑稽さが面白い。患者家族側から見たら、つらいものがあるんだろうけど研究者にとっては、そんなのデータの為の材料に過ぎないわけだからしょうがない。と割り切る他ないんだけども。逆に治験のデータとる側に立ってみると楽しそうだな。とは思う。実際に、作った薬剤のデータが採取できるわけだからね、人体実験としての。ただ、プラセボ(偽薬)と本物の薬を振り分ける要素とかランダムでしてるのか、とかそこの選別過程とか、情報欲しいですね。(くれてやることはないだろうけど。wサイコロで決めてるとか、職員の賭けマージャンの末、決められてるだとかそういう内容なら御法度ですがwどうやって選出されてるんだろう。規定と条件に当てはまった人物の中からプラセボと本物の薬とで、何で違いを見るのだろう。そこに職員はどこまで関与しているのだろう。元々の薬剤の情報すら開示されていないんだから、これから、5年10年先の話なんだろうけど、わかった時は、墓前で伝えて下さい。そうしないと成仏できない気がする。推定余命、残り2ヶ月半。薬剤でどれだけ延命できるか、推定余命を超えた時からが本当の勝負だと思うので頑張ります。w気軽にまったり。せめて、FF15まではしたいなあ。←
2014.02.13
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慰めの言葉に慣れてない。いつでも話を、それ以上のことも相談に乗ります。という言葉は含みをもたせた発言で視線の斜め上を定めて違うモーションをかけてくる。「妄想でなく、行動ですべて示してあげます。」とその人は言って、再会を願おうとするのだけど。21才辺りからかなよくこういう機会に陥れられることが多くなってきた大人の、匂い漂わせる怪しいお誘い身分の分からない見ず知らずの異性、年上からのアプローチ。何もわからない子供のフリして慌てるさまが可笑しいみたいでまた人は、一人の女(ヒト)は頬を緩ませて訪れるのだけど、どうしたものかな。バレンタインだから?だとしたら、健気。そんなことよりも僕は、"空の手紙"が気になった。斬新だと思う。封だけ送りつけてくるなんて。元から空だったんじゃないのかなって窺わせるような、いろんな含みが齎されていそう。
2014.02.11
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落ち込んでる言葉に対して優しさで包み込んでくれようとしてくれるその人は「何を言っても、私になら、見ず知らずの他人であるから、なんでも言えるでしょ?」と言ってくれるんだけど、そこまで言いたいことがないと言うのが実情。何か確固たる思いがあってそれを維持して表明していきたいだとかそのような意思で言葉を書き連ねているわけじゃないから、今更、「私だけにその殆どをぶつけてよ」と言われても正直困ってしまいます。どうして欲しいのか。「貴方が楽になるならと思って」そうかな。果たしてそれは本当にそうなのかな。その人の一語一句に、ただ僕は困り果てて返す言葉もない仲良くってなんだろう。親しくってなんだろう。それ以上の何かを求められているとしても応えうる答えを僕は持っちゃいませんぜ。
2014.02.09
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言葉が降ってきた。「離れたりしないよ、君がどんな状況にあっても決して私は離れたりしないよ」希望という名の光と導かれるままに心は誘われて僕はその淡い言葉に絶望を抱かずに酔いしれてしまえるのかな僕の口にした言葉に一喜一憂する人がまた一人現れた。その人がどのような意味合いで僕の言葉をいつも捉えているかは知ってる。でもその人の元に届く時、どんな行動や思惑であってもその人にとっては僕の発言すべてが神のお導きとなってしまうようだ。すべてが祈りの果てにある努力と行動による結末であると。いつも希望をくれてありがとうと言われる。僕は絶望に満ちているつもりなのにその中で蠕く行動のそれが、その人にとっての希望になるらしい。希望を与えてるつもりはないのに希望と置き換えてしまう人に捕らえられてしまった。それと希望を与えてくれる人は常に絶望を据え置いていつまでも永遠に離れないと言ってくれた。どちらにも希望は見据えられているのになぜだか僕の心にふらりと灯るものがないのは、僕がしみったれた心で濡れそぼった蝋燭に火を灯そうとし続けてるからだろうか。
2014.02.07
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勘違いをされていそうだ。何もかもが負の方向に働いていそうでそれをどう好転させようかで考えている時間が既にそちらに向いていることに気づいてしまった
2014.02.06
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