セミリアイア「晩年」日記

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2019.08.24
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カテゴリ: 評論
近代国家であるネイションは、その成立自体の最大の背景がグローバルな世界の出現だった。

最初は、植民地や属国をアジア、アフリカで奪い合うために、軍備拡張を国策とする帝国主義が台頭したが、戦争のコストは引きあわないことが分かってきた。もちろんナチスに代表される人間の行い得る残虐な行いを世界中が見せつけられ、その深い反省を共有した、とも言える。

そして冷戦構造の終了による総資本主義化の世界の中で、戦争に代わって、経済競争がネイションの争いの新たな舞台となった。経済を担うのは自由主義社会で認められた自由な経済活動を行う企業である。かくしてグローバル企業が誕生する。

グローバル企業は現地法人を作り、大量に労働者を雇用し、現地国に法人税を払う。ネイションとしては、国内企業が全部外に出ていってしまっては税収が入らず、歳入が大きく減少するので、国内企業の法人税を引き下げていく。

法人税の引き下げ分は、社会保障の切り下げや相続税、そして消費税の増税によって補われる。

結果として、グローバリズムの勝者になろうとすればするほど、社会保障は低福祉の方向に動かざるを得ず、消費税は20%くらいまでは上げざるを得ない。そうなれば当然国内の格差は拡大していく。

つまり、ナショナリズムはグローバリズムに参入することによって、自国内の不幸な人々を増やしていく。

これが、小熊の言う「共犯関係」である。

このような大状況を踏まえれば、個人として、格差拡大の影響がかろうじて自分には及んでこないようなめぐりあわせになっていたとしても、グローバリズムにも、ナショナリズムにもアンチを言わざるを得ない、というのが私の考えだ。





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最終更新日  2019.08.24 05:10:27


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