セミリアイア「晩年」日記

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2019.10.24
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カテゴリ: 評論
「最少不幸社会」と「最大多数の最大幸福」を目指す社会とは、一見似ているようだが、実は正反対なのだ。

「最少不幸」の理想は、不幸がゼロということだ。

「最少不幸」の典型的例は、突飛なようだが「無痛分娩」ではないかと思う。出産は、新たな命の誕生であり、親にとっては、自分の命を越えて生きる我が子の誕生なのだから、これほど喜ばしいことはない。しかし、それは文字通りの「産みの苦しみ」を伴う。それをゼロにしようとするのが、「無痛分娩」だ。

そのどこが悪い、と聞かれれば、答えに窮してしまうのだが、少なくともそれが自然なことではないのは、自明である。

出産に限らず、生きていくこと自体に、ある種の「痛み」は伴う。「最少不幸社会」は、それをゼロ化しようとする。人間は、生物である以上、個体差があり、体の大きなのもいれば、小さいのもいる。近代になって人間的の質とされた理性の能力も個体差がある。

体の小さな子どもは、体の大きな大人に、恐怖を感じる。しかし、それが、親であれば、自分を大切にし守ってくれるのだから、恐怖ではなく親愛を感じるだろう。しかし、子ども同士の社会の中では、さまざまな面で個体差があり、それが原因である種の苦痛を感じることもある。それをゼロ化しようとするのが「最少不幸社会」という理念だ。

もう10年以上前に、ある教師が全員の成績を5にして、物議を醸した。その教師は評価をすることで、子どもたちを「傷つけたくなかった」そうだ。現在、小中学校では「観点別評価」が行なわれ、一人一人を「丁寧」に評価するという建前の下、他者との比較評価を実質上放棄している。基本的にやっていることは、全員に5をつけた教師と変わらない。運動会では、タイムの近い集団で徒競走を行ない、極端な差が出てビリの子どもが「苦痛」を感じることない「配慮」が行なわれている。

話は変わるが、最近「相対的貧困」ということが、あたかも重大な問題であるかのように、論じられている。年収の平均値の半分以下の世帯の子どもは「相対的貧困」状態にある。その子どもは「普通の」家庭の子どもが、してもらえることが、してもらえない。例えば、入学すれば学習机とランドセルは、ピカピカのを購入してもらえない。月に一回のささやかな家族での外食にも連れて行ってもらえない。修学旅行で新しい鞄を買ってもらえない。この問題を何とかしなければならない。・・・この論調も、「最少不幸社会」の匂いがする。

信じられないかもしれないが、高齢者の餓死や凍死は増え続けている。原因はやはり「貧困」だが、それは「相対的」ではなく「絶対的」貧困だ。どう考えても、人間社会の中で、そのことの方が、ランドセルを買ってもらえないことよりも、はるかに困った問題ではないか。もちろん「最少不幸社会」はそのことを無視したりはしないだろう。しかし、NHKは「相対的貧困」をシリーズの番組で取り上げたが、このことはほぼ無視している。つまり、スポットのニュースでは取り上げるが、解決すべき社会問題としては取り上げていない。



いじめの問題を考える時、この理念と照らし合わせると、不可解なことが了解できるのだ。なぜ、いじめは本人がそれと感じたらいじめになるのか。それは「苦痛を感じない社会」を目指すという文脈で現れる異常な判断である。そこでは「苦痛」は「悪」であり、できるだけ素早く、しかも予防的に排除されるべきなのだ。

しかし、そもそも人間関係は、いつも思いやりと優しさにあふれているものではない。必ず勝者がいれば敗者がいる。そして敗者はいつも励ましの言葉をかけてもらえるわけではない。「放っておかれる」ことが、敗者の境遇の基本なのだ。そして、その境遇こそが逆境であり、逆境こそが人間を成長させる。

そういう人間関係の中で、「苦痛をゼロ化」する方法は一つだけあって、それはもはや人間関係に依存せず、一人で生きることである。成熟した大人はそれができる能力のある人だ。もちろん、言葉を交わす相手はいるし、同好の仲間もいるし、一緒に暮らす人がいる場合もある。それでも「一人で生きる」ことは可能なのだ。

「人は一人では生きていけない」という言葉を、「他者依存してもいいのだ」という意味に使うのは、完全なすり替えである。いや、他者に依存しつつ、しかも誰からも傷つけないようにしてもらいたい、というのは完全な二律背反なのだ。

以下続く





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最終更新日  2019.10.25 07:00:38


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