セミリアイア「晩年」日記

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2020.01.10
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カテゴリ: 随想
まさか、自分が一つの仕事を、人より2年長い定年まで勤め、さらに再雇用となり、65歳の年度まで勤め、また来年度も非常勤として勤め続けるとは、思いもしなかった。

そもそも、その仕事が目標だったわけでも、夢だったわけでもない。そこらへんに転がっていたから、就職したのである。そのあたりは、別稿で書きかけている。

前に書いた通り、次年度からは非常勤講師という教員カーストの最下位の職分になる。校長、学園理事を退任して4年目だから、まあこれは「職業的余生」のようなものだ。

意外なことに、「教えること」が面白いとは、勤めてすぐに感じ始めた。特に受験生に教えることは好きだし、得意分野だと思っている。それをずっとやってきた。「非常勤」の立場では、それだけが仕事になる。部活動や校務分掌など教員の雑務など一切ない。生徒募集業務もマネジメントもない。一時間、一時間の授業をしっかりこなすことだけが職務だ。

後は、例年のように志望理由書、小論文、二次の個別試験などの個人指導を、時間のある放課後や昼休みに。これは完全なボランティアで、頼まれたら引き受けることにはしている。本来専任教員の仕事だが、生徒も自分の将来がかかるのだから、誰にでも頼むわけではない。信頼にはやはり応えるべきだ。ただし、来年度からは、指定校推薦で、最初から合格が約束されている生徒の小論文などは引き受けないことにした。倍率の結構ある公募制推薦や、国公立の二次試験など、こちらも真剣に教えなければ不合格になるようなところだけをカバーする。今年度の2年生の現代文をやっているので、来年度はそうするからね、と今から告知?している。

そういうわけで、週に10時間程度、3日間。おそらく古典を含めて担当することになるだろう。夜8時までの受験講習も一つは担当する。できれば、3年がいいのだが、2年になりそうだ。3年は担任が国語の主任になる予定なので、担任で教科講習を担当しないと、生徒が信用しなくなる。大学の15年ほど後輩になり、優秀で労を惜しまないタイプだ。

そういう配慮もマネジメント職的なもので、もう無縁なのだが、分かっていて配慮しないわけにもいかない。現校長にはすでに話を通している。ただ、3年の現代文だけは担当しないわけにいかないだろう。なにしろ、校長時代の最後の1年間を除き、新任1年目からすべてやってきた授業である。

もちろん「古典」も時代によってその評価は変化するのだが、「現代文」は「現代」についての「文章」だから、時代が変われば素材も変わる。同じ出版社の教科書でも10年前とは違う文章が載っている。特に「評論」、「随想」の部分は変化が激しい。「小説」は、さほど変わらない。一方「古典」は「十年一日」で、ほとんど変化はない。だから、教える方としては、「古典」は楽だが、同じことの繰り返しはつまらない。しかし、久しぶりなので、これはこれで結構面白いかもしれない。

そういうわけで、「仕事」はやりたいことだけを選んでやれて、しかもわずかだが収入もある。計算上は時給3000円ほどだが、それで十分だ。夏冬春の長期休暇も、講習をこなせばすべてフルに休めるのだから、恵まれた仕事の環境である。





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最終更新日  2020.01.10 05:03:46


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