セミリアイア「晩年」日記

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2020.02.01
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カテゴリ: 倫理学講義
(1)ヒューマニズム=人道主義

 「ヒューマニズム」という外来語に、いいイメージを持つか、どうか。それは哲学や倫理学を多少勉強したか、どうかで大きく異なる。
 一般には「ヒューマニズム」とは、「人道に基づく振る舞いの基盤になる人間尊重の精神」というふうに受け取られており、それは当然倫理的な行いの基盤でもある。ボランティアの精神も、ヒューマニズムによるものだ、と言って、誰か異論を唱える人がいるだろうか。
 そしてこの精神がキリスト教の「隣人愛」の精神に端を発するものだ、という了解も、一般的である。「隣人」とは文字通りの意味ではなく、世界中で貧困や病気に苦しむ人のことで、その人たちに愛の手を差し伸べるのが「隣人愛」の実践である。つまり、「隣人愛」はその性質をグローバルに拡張していく。
 北朝鮮のような、グローバル社会のはみ出し国家に対しても「人道的支援」は行う方がいい、と思う人は今はそういないだろうが、以前は多数派だった。アフリカの最貧国に学校を建て、給食によって栄養状態を緩和する、そのための一定額のサポートを呼びかけるCMがよく流れるが、自分がその支援をするかどうかはともかく、それが悪いという人は今もいないだろう。
 つまり「人道主義」と訳される「ヒューマニズム」は、人間の善性を信頼し、その発揮によって世界を善き方向に導く思想、というように一般には理解されている。

(2)ヒューマニズム=人間中心主義

 もちろん、その理解が間違っているわけではないが、「ヒューマン」は元来「人間」であり、「ヒューマニズム」という語が現れた時、「人間」に対置されていたのは「神」であった。
 「神」とはもちろんキリスト教の「神」であり、イエスの思想の中心は「隣人愛」であった。「隣人愛」は「神」の「人間」に対する完全な「愛」から見れば、甚だ不完全で未熟な愛とされている。人類を救済するのも、その歴史を導くのも「神」であり、中世ヨーロッパは、まさに「神中心主義」だったのだ。

 「神中心主義」から「人間中心主義」に。これが、ヨーロッパ近代思想史のエポックである。





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最終更新日  2020.02.01 05:00:08


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