セミリアイア「晩年」日記

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2020.06.13
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カテゴリ: 時評
昨日の大学入学共通テストをめぐる問題で、もう一つ書いておきたいことがあった。

それは、休校が長くなった状況で、オンライン等の対応ができた高校(都会の私立進学校)とそうでない高校(地方の公立校)との間で、学習格差が広がっていて、不公平だという例の論調である。

これは、機会さえ平等に与えられれば、結果も平等になるはずだという、完全に間違った先入観である。

まず、高校は、入学時点で入試があり、教育困難校と言われるレベルから地方の進学校、首都圏を中心とした中高一貫校まで、歴然とした格差の中にある。仮に進学校で授業が半年止まり、底辺校でその半年きちんと授業をしたとしても、まったく学力格差は埋まらない。進学校の生徒は予備校やオンラインサプリや自学自習で学力を上げ続けるし、一方授業をきちんとやっても底辺校の生徒は、教科書を家に持って帰るなどという基本的な学習習慣すらなく、従って予習も復習も行わないのが普通だからだ。しかも授業レベルはおしなべて低いので、学力はつかない。

こういう現実を無視して、不公平を声高に主張するのはどうかと思う。いや、地方の公立進学校と首都圏の私立校の話だというなら、今は、例えばスタディサプリなどの優れたオンデマンド教材がある。一か月の使用料はわずか1000円である。今は無料になったが、一昔前の公立高授業料よりはるかに安い。スマホがあれば受信はいくらでもできる。無料WIFIがあるところなら通信料は無料だ。

それよりも何よりも、何にしろ受験勉強の中心は自学自習であり、適切な参考書さえあれば、受験勉強などいくらでもできる。進学校でも公立校はどうにもならない授業をする教師も多いのだから、自分で勉強するのは常識である。あの授業は内職、と決めてかからないと受験には間に合わない。そのどうにもならない授業がストップするのだから、地方から東大などを目指す能力ある現役生にとっては、この長期休暇はむしろ絶好の機会だったはずだ。

そもそも大学という呼称に相応しい大学に入学するためには、自学自習の力がなければ、できない相談なのである。

学習格差を主張する一連の議論は、国民一人ひとりに平等に10万円を給付せよというさもしい平等主義とよく似ている。コロナで苦しむ人が一方で確実にいるのに、みんなが苦しい思いをしているのだから、10万寄こせというさもしさである。実際に「苦しむ」のと、「苦しい思いをする」のは天と地ほど違うということが分かっていない。それを裏返せば、教育機会が不平等だから受験も不平等になる、という議論になる。少なくともあるレベル以上の大学に受かるのは、能力と努力と意志力と運が必要で、学習機会の平等などは二の次だということを認めなければならない。





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最終更新日  2020.06.13 04:33:01
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