セミリアイア「晩年」日記

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2020.12.17
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カテゴリ: 時評
文科省が法改正の上、現行の40学級を小学校ではすべて35人学級にするという。

現場の声の反映というが、自分の経験では、どんな仕事でも雇われる方は少しでも楽な方に、楽な方にもっていこうとする。成績をつけたり、テストを採点したりするなら、それは教員にとって40人より35人がラクだ。

「子どもたちに目が行き届く」。少人数学級を主張する人は必ずこう言うが、「目が行き届くこと」はそんなにいいことではない。

自分は50人学級で育ってきたが、小3まで完全な劣等生だった。なにしろ先生の言うことを、まったく聞かない子どもだったから、成績はオールC(最低評価)で、「特殊学級に移れ」とまで言われていた。

4年生になって、学校でどう振る舞えば殴られなくてすむかが分かり、それから成績はほぼオールAになった。担任の教師は、自分の力だと思ったようだが、冗談じゃない。教師のバカさ加減に自分を合わせる術を身につけただけである。

それでも3年まで何とかやってこれたのは、教師の「目が行き届なかった」からである。自分のような生徒はほかにも結構いて、そちらはそちらで大変だったようだ。50人というクラスの人数の中に、身を隠す場所はいくらでもあった。

家庭もそうだが、「過干渉」「過保護」が常態となっている。せめて学校くらい、干渉から逃れて、自由にしていたいのに、それを「目が届く」ように少人数にするという。

別項で論ずる予定だが、街もあちこちに監視カメラがいつのまにか増え、「目が届く」ようになってきた。こちらの方は「目」だけで、「口」は滅多なことでは出さないからまだいいが、家や学校では隠れる場所もなく、いつでも「見られ」、「口を出される」。今の教員は「見て見ぬふり」などできない。

こんなふうにして育ってきた人間が、大人になってから、周りの目を気にせず、自分の意志で主体的に自由を行使することなどできるわけがない。






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最終更新日  2020.12.17 07:29:19
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