セミリアイア「晩年」日記

セミリアイア「晩年」日記

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

q蔵

q蔵

カレンダー

お気に入りブログ

まだ登録されていません

コメント新着

コメントに書き込みはありません。

フリーページ

2021.02.06
XML
カテゴリ: 評論
​​コロナの騒ぎが起こって、1年と少し。連日、今日の感染者数が報道され、クラスターが起これば、病院名、施設名などは原則公表となる。これも、よく分からないのだが、飲食店などは公表されず、クラスターが完全に把握できている場合、病院名等も公表されない。報道の翌日は、ワイドショーに「専門家」が登場し、数字が高い場合は、このまま進むと「医療崩壊が起こる、いや、もう起こっている」と脅迫めいたコメントをまき散らし、数字が、今のように下がってきている場合でも、「いや、重症者数は増えている」とか「ここで気を緩めると、また第4波でもっと大変なことになる」と言う。

​​かくして、日本中がコロナ、コロナの大合唱という異例の1年間が過ぎた。今は、ワクチン接種が予定通り進むはずがない、変異ウィルスにワクチンは効かない、オリンピックまでに収束などあり得ない、などの言説が横行している。

​​
​​ ​​一体、これは何のだろうかと考えながら、この1年を過ごしてきた。もちろん、GoToでお得な旅行も楽しんだし、コロナで仕事を失うという悲惨なことにもなっていない。そういう被害を被らない無責任な立場だから、いい加減なことを言うと思われても困るのだが、この騒ぎは異常であると考えざるを得ない理由はいくつもある。

​​まず、コロナウィルスはインフルエンザウィルスを完全に抑え込んでいて、インフルの感染率は、平年の1000分の1だという。年間1万人の死者も限りなくゼロに近い。大目に見ても、日本のコロナ死者数は、こも1年間でその70%であり、なぜインフルの時に、今日の感染者数などを挙げて大騒ぎしなかったのかが疑問だ。

​​次に、ほかの理由で死ぬ人はいくらでもいて、肺炎では年間10万人。ガンや脳卒中ではもっと多いだろう。なぜ、コロナでの死者数だけが連日「これまで最多」「火曜日としては最多」などと、「最多」というそれこそ「殺し文句」をつけて声高に言われるのだろう。

​​危機を煽り、「大変だ、大変だ」という言説が受け入れられる社会の土壌は不健全である。自分は、ナチスの言説がなぜ当時最も「民主的な」憲法を持っていたドイツであれほど広まったのかということを連想してしまう。社会に暮らす普通の人々に、自分でも言語化できない大きな不満が滞留しているとき、デマは大きく拡散していくというのは社会心理学のもはや古典的定説だが、それがある程度今回の場合もあてはまるのではないだろうかと思われる。

​​その不満の具体的内容を、次回、指摘することとしたい。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2021.02.12 06:06:02


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: