セミリアイア「晩年」日記

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2021.07.15
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カテゴリ: 時評


その前は、「人類がコロナに打ち克った証として」。前首相は「3・11からの復興」。招致の時は「オ・モ・テ・ナ・シを世界に発信する」。

ところがコロナには打ち克ったとはとても言えないし、「復興」は核のゴミを補助金でつって、手を挙げた自治体は猛烈な住民の反対運動で頓挫している状態。「オモテナシ」したくても、外国人観客もいない。

それで打ち出したのが「困難だからこそ、挑戦する」というまるでスポ根漫画みたいな安直な「意義」である。「困難」なのは、アスリートではない。彼らはすでに幾多の困難に挑み、打ち勝って、この舞台に上がったのだ。彼らにとって「困難に打ち勝つ」ことは彼らの「生き方」そのものなのだ。

また、コロナで困難なのは「医療従事者」であり、「飲食業者」であり、いわゆるエッセンシャルワーカーと言われる人たちである。この人たちに「困難だからこそ、その困難を生きることに意義がある」などと面と向かって言えるのか。

しかも、彼らの困難は、つまるところ「ワクチン接種の遅れ」という失政が招いたことにほかならない。彼らが職業の目的を追求する過程でもたらされる困難ではない。いわば「天災+人災」なのである。

そんな中でその困難をさらに増幅しかねないイベントを「困難だからこそやることに意義がある」などとほざく能天気な首相に、彼らは力なく笑うほかないだろう。





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最終更新日  2021.07.15 05:18:16
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