セミリアイア「晩年」日記

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2022.04.13
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カテゴリ: 仕事


テキストはプリントしてある。テーマは医療問題のトピックを学ぶこと。特に患者主体の医療という考え方である。

日本で「患者様」という言い方が定着し始めたのは、おそらく2000年に入ってからだろうと思う。それは「患者主体の医療」のいびつな現れ方だと自分は思っている。それなら「生徒主体の学校」を目指すなら「生徒様」である。

「患者様」という自分にはどうしても違和感を拭えない呼び名は、呼称を変えれば、すべてが変わるという「言霊信仰」の残滓さえ感じられるのだ。

まあ、それはそれとして、患者主体の医療が70年代アメリカの公民権運動に端を発するということを初めて知った。「弱者」の権利を重視した運動は黒人、女性、子ども、そして病者に向かったのである。

医療や教育の世界では「医師ー患者関係」「教師ー生徒」関係において、圧倒的に差がある。その差の第一は「知識」である。医師は患者の病気について、どこの国でも最難関の医学部で長い年月をかけて学び、研修医の期間を経て、一人前の医師になる。医学の世界は日進月歩だから、絶えず学び続けることが職業的義務となる。ところが、患者は自身の病気について何も知らない。それは九九について何も知らない小学生が、教師に教わるのと同じだ。

だから「お医者様」の言うことを、患者はただただ聞いて、その指示に従うしかない。これが「パターナリズム」(保護者主義)という医療の在り方だった。

医者は、無愛想に患者に病名や治療方法を、それがあたかもご託宣のように告げ、患者は平伏して従う、という構図である。現在も、そういう風潮はないわけでもない。

そこで効力を発揮するのは患者の医師への「付け届け」である。

母が肝臓癌を患ったとき、その当時日本で有数の専門医が国立がんセンターにいて、かかりつけ医が紹介してくれた。手術は成功し、その後も数ヶ月に一度、東京に行った。そのたびに50万ほど持って行っていたと後から分かった。叔母も下関から同じ時に上京し、100万ほどその医師に「付け届け」をしてくれた。その結果、母親は予約なしでいつでも診てもらえる、最恵患者となった。まあ、そのおかげで母の寿命は4年延びたのだが、パターナリズム医療の典型だったと思う。もちろん看護師だった母は普通の人よりも医療知識はあっただろうが、「お医者様」を持ち上げておくことが、いかに大事かも知っていたのだろう。

しかし、そんなことができる人間は限られている。自分たちにはとてもできない。「パターナリズム」は傲慢な医師を大量に生みだし、やがて激しい批判にさらされていく。知識も技術もないのに、ただ威張りくさっている医師は自然淘汰されていく。

まあ、授業の「マクラ」はそんなところだろうか。そこから「患者主体の医療」がどう実現されてきたかを説明していくことになる。

そもそもこれが「国語」教師の役割ではないことは承知しているのだが、じゃあ誰が教えるかというと誰もいない。






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最終更新日  2022.04.13 05:57:15
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