セミリアイア「晩年」日記

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2022.10.02
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カテゴリ: 仕事


試験についての自分の考え方はすでにどこかで書いたかもしれない。もちろん生徒にとっては試験点数は最も気になるが、それ以上に教師にとってそれは重要な「評価」であることを忘れてはいけない。というか、そういうことに無自覚な教師は掃いて捨てるほどいる。「ホント、あのクラスは出来が悪くて」と生徒の点数が低いことを、クラスのせいにする。もっと酷い場合は、クラス担任のせいにするような教師を実際何人も見てきた。

クラス横並びで、複数の教師が担当しているような場合は、隣のクラスの教師と差が出ると、困るから事前に問題演習をするような教師もいた。まあ、教師の自分が言うのはなんだが、教師ほど責任逃れをあらゆる手段で講ずる人間もいないのである。

自分の場合はもう何年も1クラスしかない授業の担当なので、横並びで問題を作ったりすることもない。だから、自分で教えて、問題を作り、採点をする。国語の場合は、記述の部分点をどう与えるかという問題も厄介だ。そもそも、記述問題の正解が書けない能力の教師もいる。指導書の解答例に振り回されるから、場当たり的で、形式的になってしまう。その通りの表現でないと×で、同義表現でも×を平気で付ける。

まあ、そういう教師に教える手間がないから、今は楽だ。

さて、生徒の得点は教師にとっても自己の評価になるという話だが、簡単なことだ。ちゃんと教えれば、ちゃんとした点数を生徒はとるし、教え方が失敗すれば、得点もでない。

さて自分のテストだが、現代文の場合はいつでも平均点目標は60点である。古典を教える場合は70点。覚えれば出来る古典と、思考力を要求する現代文では、目標点が違って当然だ。そこより高い得点だと、簡単すぎる問題だし、極端に低ければ、問題が難しすぎるか、よほど授業が酷いかのどちらかだ。

今回の2年現代文の平均点は58。まずまず想定通りの点数だが、一人一人を子細に見ていくと、問題点はたくさん見つかる。まあ、詳細は省くが、要は自分の授業はこの生徒にとってどうなのか、ということだ。今回、点数を酷く気にして「先生、もうつけた?」と聞いてくる生徒が二人ほどいた。出来は、まあ、よくない。しかし、こういう時は、どう勉強すればいいかを教えてやると、次から得点が跳ね上がる場合が多い。今回も一人そういう生徒がいた。自己抑制が強く、なかなか難しい生徒だが、少し気にして、声かけをしてやるだけで、自分の授業に不安よりは安心を感じるようになり、前に出て板書課題を毎回書くようになった。それだけで、平均点より少し上のところから、クラストップ近くまで得点が伸びた。

まだ、思考よりも暗記に頼っている生徒も多く、これから何とかしないといけない。クラス全体として出来はよくない特進だが、このまま担当すれば、全道上位の力はつけられると思っている。





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最終更新日  2022.10.02 06:46:59
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