セミリアイア「晩年」日記

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2025.01.04
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カテゴリ: 随想


目標を立てようが、日々努力をしようが、自らの生は突然終わることもある。若いときは、それは「理論上の真理」だったが、今は「実感」である。このところずっと左の首、肩が軽く痺れるが、それは脳梗塞の前兆かもしれない。高校の時から、すでに喫煙歴は50数年。このところ本数は半減したが、やがて肺癌になるかもしれない。首の痺れは、脳外科の診断では、頸椎ヘルニアの再発が原因と言うし、自分たちの世代に「受験は要領」などというベストセラーを現役東大生として書き、今は「60代・・・」「70代・・・」「80代・・・」などという蔦屋で15分もあれば立ち読みできてしまう本を出して相変わらず稼いでいる和田秀樹は、「70代になったら、煙草はやめる必要がない。そこまでいって発癌しないのは、そもそも肺癌を発生する遺伝子がない可能性が高い」などと言っている。そういうことで、安心しているわけではないのだが、とりあえず毎年の健康診断では特に異常はない。

そういう自らの状況の中で、実現しないかもしれないが、それに向かって努力する目標を掲げることで、自分はハイデガーの言う「非本来的自己」を生きようとしている。ハイデガーの「本来的自己」とは、「死へと向かう存在であることを理解し、そのようなものとして生きる」自己である。それは「日々刻々、死の意識を持って生きる」ということだろうが、「そんなことはできないね」と思う。できないからこそ、ハイデガーは大学人としてフライブルグ大学の総長という立身出世を遂げたのだろうし、その就任演説で、時局に阿るかのように、ナチス擁護の論陣を張ったのではなかったのか。

ここまで書いて、いい加減に疲れたので、具体的目標は明日書くことにする。





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最終更新日  2025.01.04 06:26:59


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