顕正会員は日蓮正宗に帰伏するべし

顕正会員は日蓮正宗に帰伏するべし

2009年03月10日
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カテゴリ: 顕正会の血脈否定
(2)そもそも血脈とは何か?

現在の顕正会では血脈について学ぶ機会が無く、顕正会員は血脈がどのようなものなのかが理解できなくなっています。
それでは、そもそも血脈とは一体どのようなものなのでしょうか?

血脈には「唯授一人の血脈」と「信心の血脈」の二つの立て分けがあります。
「唯授一人の血脈」とは、一切衆生救済の大法を未来万年まで正しく伝えるために、ただ一人の大導師を定め、師弟相対して師の大法を弟子へ相承することです。

日蓮大聖人から日興上人へと相承された本門戒壇の大御本尊をはじめとする一切の法義・化儀・広宣流布の大誓願・本門寺の戒壇建立の御遺命は、日興上人から日目上人、日目上人から日道上人へと、唯授一人の血脈相承によって代々の御法主上人に受け継がれ、今日まで絶えることなく伝えられているのであります。

そして「信心の血脈」とは、大聖人以来の唯授一人の血脈を相承される御法主上人に信順し信心修行するところに流れる血脈のことをいい、御本尊の仏の命が私達の中に流れ込んでくることを、血液の流れに譬えたものなのです。

血液が心臓から全身へと流れていくように、仏の命が、仏を信ずる弟子にも流れ通うことを血脈というのです。
この譬えでは、心臓にあたるのが人法一箇(人法体一)の御本尊であり、大動脈にあたるのが大聖人から日興上人・日目上人等の御歴代上人に伝わる唯授一人の血脈です。


この譬えに則って考えてみると、血液は必ず心臓から大動脈へと流れ、そして毛細血管へと流れていくのです。
それと同じように、信心の血脈も「大動脈」である御法主上人に師弟相対しなければ、「毛細血管」である僧俗大衆に流れないのです。
この信心の筋目を違えないところに、はじめて信心の血脈が流れ、私達凡夫が成仏できるのです。

また一方で、血液が大動脈を経由せずに、心臓からいきなり毛細血管に直接流れるということは絶対にありません。
したがって、顕正会員のように、「大動脈」である御法主上人に師弟相対することなく「心臓」である御本尊を信じても、「毛細血管」にあたる顕正会員に信心の血脈が御本尊から直接流れるということは絶対に無いのです。

さらに、現在の顕正会は日達上人から日顕上人への血脈相承を否定していますが、これは大動脈(唯授一人の血脈)が断裂したと言っているようなものです。
「日顕上人は血脈相承を受けられていないが、唯授一人の血脈そのものは断絶していない。」と浅井会長は主張していますが、それでは信心の血脈の「大動脈」である唯授一人の血脈は現在どこに存在するというのでしょうか?
「大動脈」(唯授一人の血脈)が断裂したのなら、「毛細血管」である僧俗大衆に信心の血脈は流れず、一切衆生の成仏は無くなるのです。

日蓮大聖人は『生死一大事血脈抄』において、
「信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり。」
と仰せられ、「信心の血脈がなければ信心をしても功徳はない」とご教示下されました。


さて、富士大石寺には昔から、信仰のあり方を細かく規定した「山法山規」という規則があります。
この山法山規のもとは、第二祖日興上人の『日興遺誡置文』と第9世日有上人の『化儀抄』にあるのです。
日有上人は『化儀抄』の第二十七条で、信心の血脈について次のように御指南されています。

「一、信と云い血脈と云い法水と云う事は同じ事なり。信が動ぜざれば、其の筋目違うべからざるなり。違わずんば、血脈法水は違うべからず。夫れとは、世間には親の心を違えず、出世には師匠の心中を違えざるが血脈法水の直しきなり。高祖已来の信心を違えざる時は、我等が色心・妙法蓮華経の色心なり。この信心が違う時は、我等が色心凡夫なり。凡夫なるが故に即身成仏の血脈なるべからず。一人一日中・八億四千の念あり、念念中の所作皆是れ三途の業因と文。」
(『化儀抄のやさしい解説』76ページ)



では、「信心の筋目を間違わなければ、血脈法水が流れて通ってくる」とは、どういうことなのかといえば、
「夫れとは、世間には親の心を違えず、出世には師匠の心中を違えざるが血脈法水の直しきなり。高祖已来の信心を違えざる時は、我等が色心・妙法蓮華経の色心なり。」
との御文がそれを説明しています。

すなわち、世間では子供が親の心・教えに背かなければ、その家の家訓が伝わっていくように、仏法(出世間)では、弟子が師匠の心・教えに背かず師弟相対していくところに、血脈法水が真っ直ぐに流れていくことになるのです。
そして、日蓮大聖人(高祖)・日興上人・日目上人以来の伝統的な信心を違えなければ、私達の心身は妙法蓮華経の当体となると日有上人は仰せられています。

しかし、
「この信心が違う時は、我等が色心凡夫なり。凡夫なるが故に即身成仏の血脈なるべからず。」
と示されているように、この日蓮大聖人以来の伝統的な信心に背く時は、私達の心身は単なる凡夫の命であり、即身成仏の血脈はそこには流れないのです。

この『化儀抄』の第二十七条を拝読すれば、信心の血脈が流れていないと成仏は叶わないということがよく理解できるはずです。





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最終更新日  2009年03月20日 11時59分14秒
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