仕方ないので 豊洲(例の築地移転でもめてるとこ)の昭和医大クリニックまで お出かけ
豊洲というところは 平成になってから発展した街で 昔は石川島播磨の街だった。
もう 当時の面影はなくて 新興住宅地となり ゆりかもめにも乗れる。
マンションがツクツクと建ち オフィスピルも一杯建っている。
子供の数もかなり多くて 活気がある街だ。
今でこそ お台場なんて言われているけど 昔 高速の降り口は「13号地」だよ。
野原ばっかりで なにもなかったし 東雲(しののめ)なんか デパートの配送センターが
あるだけで まさに野原だけ。
叔父がいつも言う 「江東区はいいいよな 埋め立てすれば いくらでも広がるからなぁ」
6年くらい前に 東京湾のゴミ処理場の見学に行ったが まだ羽田沖は埋め立て中だった。
もう 羽田の新滑走路のところは 完成して 羽田はハブ空港に生まれかわった。
関空と違い 長年にわたって開発してきた 滑走路なんだよね。
たしか 清水建設が手がけてた記憶がある。
湾岸道路や うみほたるがある木更津まで行く道路だって 30年以上前からの構想で作られたものだ。
今 都心は「マッカーサー道路」が完成しつつある。
これだって 戦前の道路構成が やっとできたものだ。
この区域に入った人たちは 新築はできないし 改築程度で我慢してきた。
ホント こういう調整区域に入ると 大変だよね。
今時の人に マッカーサー道路って言っても わからないかな。
都心なので いろいろ大変な調整があっただろう。
環七 環八 みなすごい時間をかけて 作られた道路だ。
地方に行って 都内に帰ってくると つくづく思う。
「家康さん ありがとう」 みんなあの頃から 開発してきた結果なんだから。
ちなみに我が家のあるところは 江戸時代には海でした。
当時で有名な埋め立て地は やはり「越中島」でしょうか。
ここには 昔の商船大 今の海洋大学があります。
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