全6件 (6件中 1-6件目)
1
昨日テアトロに「ルサルカ」観に行きました。今回チケットを買いに行ったのが遅かったため、もしかして無いかも・・・と思っていました(焦)。というのは前回「トスカ」の時は完売の日があったりで、思い通りの席が買えなかったのです。(でも2回観に行きました!!)心配してチケット売り場に行きましたが、ありました。いつも買うのはもちろん一番安い、GALLERIA(一番上の方の席)。そして昨日テアトロに行き、4階までエレベーターで上がらなきゃな~と歩いていたら、劇場係員の男性がチケット見て「ど~ぞ、こちらへ」と言いPLATEA(オーケストラ前の一番高い席100ユーロ)へ案内された!!!私は「私上だけど・・・????」って聞いた。すると係員「今日お客が少ないからど~ぞ」って!!ラッキーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!17ユーロで買って100ユーロの席!!!好きなところ座っていいって言われた・・・(幸)そんなにお客様少ないのかしら???と思いながら、そんなこんなで開演を待ちました。開演が近づくにつれ少しずつお客様が増えました。 が、 少な~~~~~~~~~~~~~~い!!!しかも、外国人観光客っぽい人(日本人も多かった)が多く、イタリア人はいつもより明らかに少ない!!!!!イタリア人(ローマに限るのかな?)ってホントわかり易いというか、言い方悪いけど、他の国の言語の物、作品を観ない、ちょっと単純な人種・・・・。どーもイタリア人って字幕見れないらしい・・・(苦笑)だからか、外国映画もほとんど吹き替え・・・(汗)確かに、日常生活見てて、同時に2つの事をできない人種だと思う・・・(苦笑)ルサルカはチェコ語。だからでしょう・・・こんなに少ないお客様・・・。前回「ヴォツェック」観に行った時はもっと酷かった・・・。劇場中のお客様全員数えられるんじゃないかと思う位だった・・・。その時は先生から声をかけていただき、無料で100ユーロの席に。きっと叩き売りだったのでしょう・・・(泣)それもドイツ語・・・。あとは、きっとイタリア人にとって、もっとストーリーが劇的だったり、愉快だったりしないと興味ないのかも・・・。だから、イタリア物、「トスカ」「トラヴィアータ」「ボエーム」となると、劇場いっぱいのお客様なのかな!?好き嫌いがはっきりしていていいとも思うし、自国愛丸出しなところもま~いいかとも思う・・・。日本人観光客の人で、オペラに興味は特に無いけど、ただ記念に劇場に入り、本場でオペラを見たいというだけで、来た方にとっては最高にラッキーだったことだと思います。さてさて、オペラが始まりました!!ルサルカを歌ったソプラノ。妖精。最初なんだか声も飛んでこないし、高音にいくと声がどっかに散っちゃう感じで、あれれ???って思いました。有名なアリア(私の大好きな曲)。「・・・・・・・・・????????」日本でもっと素晴らしいの聞いたことある・・・・。ちょっと残念でした・・・(泣)しかし終始妖精らしい綺麗な動きでした!!テノール。ルサルカが恋に落ちる王子!!だが・・・。とても恋に落ちそうな容姿では・・・・(汗) 田舎のおじさん。。。って言ったほうがいいでしょう・・・・(失礼)年齢が問題なのではなく、動きが悲惨。。。声も歌も・・・。 ん~~~~~~~~~~~~~(残念)言うは易しですから、こうして批判を書くのは簡単。でもどれほど難しい事か解るので、批判的な事を外に書くのは、私的にあまり好きな事ではありません。なので私個人のイチ感想として読んで下さいね(苦笑)チェコ語はやっぱり、発音難しそうですね・・・。ドイツ語みたいに子音が沢山(難)イタリア語のように母音で流せるような言語はやっぱり歌い手にとって助かるし、聴き手も「声」を堪能できます!!イタリアでベル・カントオペラが生まれ、成長してきた理由が再確認できました!!イタリア人、声さえ良けりゃ「Bravo~~!!!!」という聴衆が沢山です・・・。ローマだけかな・・・。スカラ座に行った時は、歌い手は当然ローマよりレベル高いですけど、やっぱり聴衆のレベルも高かった気がした・・・。こうして生のオペラを17ユーロで観れるなんてホント幸せ!!あ、ミラノは朝から並べばもっと安いか・・・。日本で来日引越し公演のオペラなんか観に行こうと思ったら、○万円ですもの(驚)生で観る事はホントに勉強になります!!!なので昨日と違うキャストの今日もルサルカ行こうかな・・・・。
2008年02月28日
コメント(0)
今日家を出て、バスに乗りました 少し混んでいたし、すぐ降りるから立っていました。 すると、おばちゃんが、 「座る??」 私「結構です。ありがとう。」 私は、優しいおばちゃんだな~と心温まる思いでいました。 そして少し経ったらおばちゃんが私に 「妊娠中?」 私「No~~~~~~~~~~~~~!!!」 さっきの親切は、私が妊婦だと思ったからだったのか・・・ (汗)気分よかったのが、一気に打ち砕かれました・・・ (泣)確かに服がそう見える服だったんだよね・・・・。 イタリア人妊婦とお年寄りに優しく、子供達もすぐに席を譲ります。そ~ゆ~所は日本より素晴らしい !!!!イタリアに来て絶対太るまいと頑張り、その結果太っていない私 。でもイタリアに来て2回妊婦と言われた私・・・。 いくらなんでもそりゃないでしょ~~~~~~~~(泣)
2008年02月27日
コメント(0)
Buongiorno!!刻々と日本帰国が迫っております・・・。日本に帰ることは嬉しいのですが、ようやく思う様に歌う事ができるようになってきた今は、もっとレッスンを受けたい気持ちが強いです・・・。自分自身でも変わってきた事が実感できる今日この頃・・・。先生も、せっかく良くなってきた今帰国するのはもったいない。とおっしゃってくださり・・・。帰りたいけど、帰りたくな~~~~~~~~~~~い!!!!!!!!もっとうまくなりたい!!!!!しかし、帰国しなければいけません・・・。できる事ならば、もう少し勉強したいという気持ちが強いので非常に、非常に、ひじょ~~~~に勝手に、「一時帰国」と思っています。色々と問題もあるので実現できるかは・・・・。未定ですが・・・。帰国し、ロビーコンサートが決まりましたのでご案内申し上げます。<3月20日(木)祝>場所:大垣フォーラムホテル、ロビーラウンジ「クレイン」 PM20:30~21:30「イタリアから~歌のたより」ピアノ:木戸恵理さん入場無料(チラシをアップします)<4月25日(金)>山重組、初公演!!!場所:名古屋・本山「レ・ビジュー・シャンタムール」 PM19:30~予定ピアノ:重左恵里さん入場4000円(軽食・飲み物付き)チラシができましたらアップします!!!それでは会場で皆様にお会いできる事を楽しみにしております!!!!フォトアルバム、久々に更新しましたので見て下さい!!
2008年02月22日
コメント(0)
イタリア生活をしていてホントに考えられん事がよくおこる・・・ ?? ???? ????? ?????????? 本日感じた「?????」 朝レッスンに行く為家を出る。 ありえん(1) 電車の中で携帯でしゃべってる人がいた。(日本も多いが) 違うのは、声がめちゃめちゃデカイ !!!車両中にしっかり聞こえる声のデカさ ・・・。さらに、切ってはかけ切ってはかけ、永遠と喋っていた・・・。 さすがにうるさいし、ムカついたのでちょっと覗き睨んじゃった・・・そして終ったと思ったら、メールを削除する音の連発 ・・・。ありえません・・・。ありえん(2) Barでカプチーノとパンを頼もうと並んでた・・・。ら、 はい、お約束の横入り・・・ 。イタリア人順番守れない人沢山・・・ ありえん。 ありえん(3) バス停でバスをまっていたら、おばちゃんが話しかけてきた バスまってる話から、どこに住んでるの~自分の引越し暦~それから家族の話・・・。そして「アメ食べる??」へ・・・ ローマの方って日本で言うと大阪人っぽい人が多いと思う。とにかくよくしゃべりかけられるとてもひとなつっこい人種 (笑)以前にもアメもらった事があった(笑) これは、ありえんGood な事かな (楽)ありえん(4) レッスンにていつも通り発声から始まり、細かく非常に丁寧にレッスンしてもらえる!!先生が「それ!!!」って言う発声がうまく出来ると、Hi-C(え~~~っと高いドの音です) が恐ろしく楽に出る !!!Hi-Cを歌っている事すら解らない状態・・・。「先生に今もうHi-Cだよ」って言われて 「えええーーーーーーーーーーー」ビックリの私!! 今日は特に楽だったっていうか、無意識のうちに到達していた !!!Hi-Es(驚異的な高音です) とか死ぬ気で出していたのに「死ぬ気」は必要なかった。さすがにEsは怖い。でも先生は「怖がるな~」ってさ 今年1年特に高音の練習は強いてやっていない。むしろ中間音ばっかり。高音は中間音が落ち着けば出るとよく耳にする。 それがまさしくこれだったのか 先生も「E~~~~~~~~cco(ほ~~ら来た~!!)」 って2人でハッピー!!! 1年がかりでやっとですけど・・・。 ありえ~ん、先生マジックです ホントに声を指導するプロ !!!ありえん(5)帰りのバス(ローマ郊外の田舎)。運転手(おじさん)はもう顔なじみ バス乗りながらよくしゃべった仲(笑) 私「3月に日本帰るから思い出に写真撮っていい??」 注:決して恋に落ちるようなステキ~とかいう人では無いです・・・失礼・・・(苦笑)運転手「僕??もちろん。ちょっと待ってね」 私「もちろん!今運転中だから・・・(危ないやろ!!)」 私は信号で止まった時にでも、って思ってたら、いきなり道の途中でバス止めて 運転手「どこ向けばいい??」 私「今???」(おいおい!!!) 運転手:キスするポーズ ・・・。あの~~~~そんなの望んでませんけど・・・(苦笑) 他にお客さん乗ってなかったからいいけど、しかし道の途中は無いだろ~~~~ 。その後いつもの様に鼻歌歌いながら運転そしてすれ違う知り合いに手を挙げてあいさつ 陽気でいいんですけど・・・ありえん。 ありえん(6) 家の方(ローマ)でバスの乗り換え。始発場所なので、バスに乗って何人か出発を待っていた。すると、何分後かに運転手らしき人が 「このバスはガス切れなので、皆さんあっちのバスに乗り換えて下さい」 「・・・・・・・・・・・」 何でガス切れのバスを扉開けて停まってるんですか~~~~~ 思わず、私は心の中で 「なんでやねん!!」 って吉本風につっこんだ でも、そしたら凄いこの事態が愉快に思えた いつもはこういうありえない事に真剣に腹を立てて性格悪子になってたけど・・・ そ~~~か、「思い方一つでこんなに気が楽なんだ~~」って学んだ! これから何かあったら「なんでやねん」これだ!!! そーいえば、前、乗ってた地下鉄が途中で放送が入り、 「この電車は故障しました。降りて下さい」と・・・。 整備不良の車両走らせるなーーーー!!!怖すぎます・・・ そうそう、それでバス、その後出発し、フツ~に走っていった ある停留所、乗客が降り、再び発車。 あのーーーーーーーーーー扉閉まってませんけど・・・ 乗客数人「扉閉まってないよ~~~(焦る様子も無く)」 運転手「ゴメンゴメ~ン」 地下鉄にしても、バスにしてもしっかり止まる前に扉開くし、ホームや停留所でまだ人が乗ろうとしてるのに微妙に動いたりするのが日常茶飯事 これはホントありえん 。ありえん(7) 先日ハガキを日本宛に出しに郵便局に行った。イタリアの郵便事情など信用していないので、ポストに入れず、直接窓口に出した。 そしてちゃんと聞いた。「日本に送りたいんですけど、これで大丈夫ですか???」 窓口のおばさん(かなり感じ悪い)チラっとハガキ見て 「切手全部貼った?じゃあいい!チャオ!(うっとーしそうに)」 わかりますよ、ただハガキ出すだけでわざわざ窓口並ばれるの仕事が増えるからイヤな事も!!! じゃ~~~~~~~~~~ちゃんと信用できる仕事をして下さい!! そのハガキ、昨日全部家に戻ってきた・・・ わざわざ窓口で確認して、日本宛も書いてあるし、口頭でも言ったのに!今日また郵便局に行くハメに・・・。 今日聞いたら、あて先と差出人書く場所が逆だって・・・ オーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!!! こないだのおばさんオッケーって言ったし、私もこれでいいか聞いたのに!!!!!!書く場所間違えたのは私のミスでも自信がなかったし信用してないからわざわざ聞いたのに、 意味ないじゃ~~~~~~~~~~~ん!!! しかも、前も同じ書き方で送ってちゃんと日本届いてるし・・・ ちゃんと統一してくださいホント・・・。ありえん・・・。 もしかして今まで出したハガキ着いてない人いるかも・・・。ありえん(8) うちのアパートの上の階の人。 しょっちゅうケンカをなさるしかも半端じゃない!!! 声のデカさ!!!めちゃめちゃデカイ !!!大声!!!最初の頃はあまりに凄くて怖くなった・・・(泣) しまいには物が落ちる音まで・・・ (怖っ)でもある日、となりの老夫婦に呼ばれ一緒にカフェ飲んでそのケンカについて、怖いんだけど・・・ってしゃべったら、 「大丈夫よ。」いい人だからって・・・苦笑ぎみでしたが・・・。ホッとした・・・。が、頻繁に言い合っておられる・・・ ホントに声デカすぎ・・・。ありえません この1年、「ありえん帳」でもつけてたらおもしろい記録が残ったかもな~~~
2008年02月06日
コメント(4)
この数日PC時間が長い私。。。いかんいかん。。。でも必要な事やってるんだから仕方ないか・・・。めずらしく日記も連日・・・。そして今日も日記を書くのでした・・・。大学時代に親戚からある言葉をもらった・・・。 今でもその言葉大切にもっている。 ありがとうの数だけ 人は育ち ありがとうの種類だけ 人は美しくなる 人はありがとうの数だけ 賢くなり ごめんなさいの数だけ 優しくなり さようならの数だけ 愛を知る これ、単純にも思えるけど、沢山の意味が込められていると思う 最後の「さようならの数だけ 愛を知る」 このフレーズ、皆はどう思う???????? 初めて読んだ時は、単純な「別れ」と「愛」を想像し、何で~???? そ~だけどさ~~~~~~~。 と、おこちゃまな私は思ったのです でも、今は、この「さようなら」と「愛」を意味するものが違うんだ!!!! と、今は思い、このフレーズを考える様になってきた・・・。 皆様はどう思います??? あったりまえじゃ~ん、ちゃんあつ馬鹿だね~と思われるかもしれませんが・・・。皆に聞きたいのです・・・。 時折この言葉を読むのだけど、最後のこのフレーズから離れられなくなるのです・・・。 大学時代に初めて読んだ時から、年月を経る度に考えがより深まるというか・・・。 あ~~~~~~~~~~~言葉ってホント凄い!!! こんな私だもんで、詞(歌詞)を理解するのに時間がかかるのか???? こんなんじゃ到底、ドイツ歌曲は理解できんな・・・。 今は明快・ダイレクトなイタリアにおるでいいけども・・・ 。いやいやイタリアでもわからん歌詞に遭遇する事も多々あり、先生によく、「Perche???(何故)」と聞く私・・・ でも先生は先生の意見として述べて下さったり・・・。 でも、じゃあ、歌詞がわかったところで歌で表現するっていったいどういう事なん??? いったい「表現」て何??? アホな私は調べました・・・ 表現・・・心的状態・過程または性格・志向・意味など総じて精神的・主体的なものを外面的・感性的形象として表すこと。また、この客観的・感性的形象そのもの、すなわち表情・身振り・動作・言語・手跡・作品など。(広辞苑) ん~~~~~。 ちなみに感性・・・ (1)外界からの刺激に応じて感覚・知覚を生ずる感覚器官の感受性。(2)感覚によってよび起こされ、それに支配される体験内容、従って、感覚に伴う感情や衝動・欲望をも含む。 (3)理性・意思によって制御されるべき感覚的欲望。 (4)思惟の素材となる感覚的認識。 ということは、こうでなければならないという表現は無い。 というか同じ表現なんて世の中に存在しない。 あたりまえすぎるけども・・・。 う~~~~ん、声という媒体を使い私達は楽譜、詞を表現する・・・。 楽譜は作曲家が書いたものだから変わるわけが無い。 これが楽器の人はそれぞれの楽器を使い楽譜にあるものを自分の表現をする・・・。 つまり、その人の生き様、人間性が音となり出るっちゅー事ですよね。 すんごい基本中の基本みたいな事かもしれんけど、自分の楽器と「戦いだす」とそこがどっかに行ってしまいがち・・・。 もちろん楽器と大いに格闘し仲良くやっていかねばいけない。けれどそれだけに留まってしまわぬ事なんだよな・・・。 才能って人それぞれにあるはず。でも一般的に思われる才能って、生まれ持ったもの・・・。 でも、広辞苑によると・・・、 才能・・・才知と能力。ある個人の一定の素質。 または訓練によって得られた能力。 こう書いてあった。訓練によっても得られると・・・。 ほほ~~~~~~~~~う。。。。 同じ人間なんていない。同じ演奏なんてありえない・・・。 こうでなければならないという表現なんてありえない・・・。 私自身の表現でいいわけなんだよな。 その私自身の表現をする為に自分自身を常に磨き、良き人生を歩まんといかんって事やなあ。そしてそれを思い通りに表現するためにも、声を磨かんといかんっちゅうわけだ・・・。 勝手に自己解決しとる・・・ しかも岐阜弁になっとる・・・ 。すみません・・・(苦笑)あ、ほんで「さようならの数だけ 愛を知る」 ど~~~思います???これが今日の日記の始まりやった・・・・。
2008年02月03日
コメント(4)
今日お友達のブログで素敵な日記を見つけた。それは、偉大なる歌手コッソットが73歳にしてテレビで歌っていたというもの。彼女(歌い手)はそれを聴いて涙があふれたと・・・。声はもちろん衰えていたけれど、そんな事ではないものがあったと・・・。その日記を読みながらコッソットを想像し、私は心が温かくなりました。私は考えました。日本でその年になって人前、ましてやテレビで歌っている歌手っているだろうかと・・・。日本は全盛期だけをチヤホヤし、老いては全盛期と比較し批判する聴衆、そしてマスコミ。日本人歌手が何故歌わないのか、そういった環境もあるのだろうけど、変なプライドもあるだろうと思う・・・。しかし、こちらの歌手達は違います。老いても歌い続ける歌手が沢山います。聴衆や、マスコミは批判するどころか、敬意を表します。しかし彼女達が歌いつづけられる訳は環境云々そんなことでは無い何かだと思うのです!!!私は自分を振り返ってみました。彼女達の半分も生きていないけれど・・・私は私の人生のおおよそ半分位を歌と共に歩んできました。まだまだ浅~い浅~い歴史ですが・・・。このコッソットさんの日記を読み考えさせられました。じゃあ何故私は歌うのか・・・。声楽家、オペラ歌手として食べていける人って本当に一握りしかいません。だからか、大学卒業してすぐ辞めちゃったり、完全に指導者になったり、演奏家としての道を諦める人がほとんど・・・。特に声楽は他の楽器と違って遅咲き。そして全盛期は短期間で終わってしまう・・・。そして、楽器が自分自身に内臓されている為、いつまでもレッスンに通いコントロールしてもらう必要がある楽器の為、結構費用がかかる。おまけにオペラ公演となると収入どころか、ノルマ、ノルマの世界。そういうシステムについていけなくなるのも解らなくもありません・・・。よく残念な事に、楽器がいらないからお金かからなくていいねとか、身軽でいいね、とか練習時間短くていいね。といった事をいわれます・・・。私達は音符以外にも語学を学ぶ必要がある訳で、練習時間が短いと言うのは勘違いですね・・・。どの楽器も平等だと思います。。。でも私達の楽器、大きな問題点があります。一度壊れたら二度と再生できないんです・・・。だから、どれ程喉に気を遣うことか・・・。もし、声帯が取替えられるものなら・・・と何度思ったことか。風邪をひき、喉の調子が著しく悪いと、このまま声出なくなったらどうしよう。という恐怖にもさらされます・・・。大げさのように聞こえるかもしれないけれど、本当なんです。これがご活躍中の歌い手さんだったら私が思う何十倍も何百倍も思うはず・・・。確かに私は一流の歌い手ではありません。でも、そう思うのです。。。。思う理由は何なのか・・・。歌を辞めた人には「頑張ってるね~まだレッスン通ってるの」、とか、実家の近くのおじちゃんには、「いつまでも歌ばっか歌っとらんと、嫁に行かなあかんぞ~」と言われたり・・・そんな中、もうだめだ~と思う事は幾度かありました。もちろん今でも・・・。でも、歌う事を辞めません・・・。いや辞めれません。何故か・・・。・・・・・・・・・・・・・・・簡単には言えないけれど・・・、もし一流になるため、と言うなら・・・。持って生まれてきた声帯だから、生まれた時点で楽器そのもののレベルは決まっています、私は最高級の楽器を持って生まれた訳ではありません・・・。人並みよりちょっと濁りの無い透明な楽器程度だと思います。だから楽器だけ言えば一流にはなりえません。 <でも、世界にただ一つだけの楽器を持って生まれました!!>これは私にとって亡き父の形見でもあるわけです!!!!!!!!!!!!!! おっとっと。脱線・・・。ある方が、才能はどれも1あれば掛け算だからいくらにでも成りえる。どれか一つでも0だと0。とおっしゃっておられました。こんな私でも1くらいはあると思います。いくらにでも成りえる、でもそれは、もちろん勉強した結果論。だったら私にも掛け算できるかも・・・?だから勉強し、その時その時の等身大の自分で精一杯歌っていく・・・。その結果が掛け算になっていればそれでいい・・・。「一流」という文字を目標にしていない・・・。じゃあ・・・。好きだから、と言うなら・・・。好きにきまっています!!!でも、好き、だけなら趣味でやっているでしょう・・・。好きなときに歌って、好きな曲だけやって・・・。あっ!!何故だかはわからないけれど、中学で父を亡くした私は、高校で歌を始めてから、父と繋がっているような気がするのです。形に残らない音だからか、空間で繋がっている様な気になるような・・・。歌が父と出会わせてくれたのか、父が欠陥だらけの私に歌を与えてくれたのか・・・。これは不思議な感覚です・・・。そして、お客様と私の歌を通して心が通じ合えた瞬間、歌っててよかった~~~と心底幸せになります。何と言っていいやら・・・。意味不明になってきました・・。意味不明ついでに、もう少しさかのぼってみます・・・。17歳で声楽に出会った時に、恐ろしい程はまり毎日毎日歌ばっかり歌って、勉強そっちのけだった・・・。大学時代、彼氏とデートより歌の練習!!っていう時期もありました・・・。その反面、彼氏優先の時期もありました・・・。失恋しても、歌。嬉しい時も、歌。悲しいときも、歌。声にならない時もあったりしたけど、歌わなくなった時は一度もなかったかも・・・。卒業してからは、ウエイトレスやらアルバイトをしてレッスン代稼いで・・・。結構体的には大変でした・・・(苦笑)「売れない芸人生活みたいだよね~」って笑いながら・・・。友達に「無理しないようにね」とよく言われていたけれど、その時は無我夢中だったから、無理をしているとも思っていませんでした・・・。全ては歌の為だからできたのだと思います・・・。ん~~~~~~~~~~~~~カッコイイこと言っちゃって・・・。じゃあ、もし、歌をやめろ!!!な~んて事を言われたら・・・、Noーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!私、死んじゃいます・・・。私自身の存在を消せと言われているような感覚・・・・・・・・。 解った!!! 歌は私の内臓だ!!!!!!!! 心臓だ心臓!!!! Heart(英)Cuore(伊){心臓・心」心臓採られたら、死んでしまう・・・・。私にこの言葉を言ったら殺人に等しいです・・。おおげさに聞こえるかもしれないけれど、そういう感覚・・・。 歌は私の体の一部なんだ!!!!!!!!!!!! 無くてはならない大切なもの!!!!!!!! 解った!!!これなんだよきっと。 私の心なんだ!!!!!! 私は歌と一緒に歩みだしてまだたったの十何年・・・。それでもこう思う・・・。じゃあコッソットさん達はいったいどれだけ??彼女たちが70歳を越えても歌い続ける理由。 人生そのものなんだ!!!!評価されたい為でもなく、プライドなんかの軽率なものなんかじゃない!!!!じゃあ日本人歌手は何故胸を張って歌い続けられないのだろうか??????何故???????・・・・・・・・・・・・・・・・・・こんな風に簡単に何で歌わないのって言う私、若気の至りかもしれないけれど・・・。でも私はこうありたい。与えられた私の楽器を大切にして、コッソットさんみたいに胸を張って70歳になっても歌い続けられるように、これからも歌と歩んでいきたいと・・・。 おしまい・・・。
2008年02月02日
コメント(0)
全6件 (6件中 1-6件目)
1

![]()
