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けいじばんZZ


初めておいでいただいた方に。


2004年02月03日
XML
実際にあったというベルリン時代のできごと。

小説家のフランツ・カフカが恋人と一緒に散歩していると、公園でちいさな女の子が泣いていた。
どうしたの?と聞くと、「人形が無くなっちっゃた」と言う。

それでカフカはどうしたかーー。
その子のために、人形からの手紙を書いてやることにした。
ほんものの手紙のふりをして。

『わたしはいつも同じ家族のなかで暮らしていると退屈なので、旅行に出ました。でも、あなたのことは好きだから、手紙は毎日書きます』みたいなことを。


蓮の咲く池のほとり

それで実際にカフカは、その子のためにそれからも一生懸命に毎日毎日、ニセの手紙を書いた。
『きょうはこんなことをして、こんなひとと知り合って、こうなって』と、3週間くらい、ずぅ~~っと書いていって。


最後に、人形はとある青年と知り合って、結婚しちゃう。

『だからもうあなたにお会いすることはできませんが、あなたのことは一生忘れません』っていうのが最後の手紙になってる。
それで女の子も、すとんと納得することができた。

そんなまめなことって、普通のひとにはできないよね。
相手は、ぜんぜん見ず知らずの女の子なわけだし。

なぜ、そんな面倒なことがカフカにできるかというと、夢の、架空の世界の細密さに対する異常なこだわりが彼の中にあった、ということかなーーあの観念的な、カフカの小説世界と同じに。

「海辺のカフカ」関連で読んでた何冊かの本の中で、こんなエピソードを見つけちゃいました・・・・



★角を曲がるたび、いたるところに現れる無人の風景。崩壊するままのタ・プローム遺跡の昼下がり。

『フランツ・カフカ』
(1883~1924)

この年譜は『Kosima's Homepage』内 ドイツ文学の小部屋



1883年

7月3日 当時はオーストリア・ハンガリー二重帝国の都市であったプラハに、ユダヤ系商人ヘルマン・カフカとその妻ユーリエの間の長子として生まれる。

(1889年に妹エリ、1890年に妹ヴァリ、1892年に妹オットラが生まれる。この中でも末の妹オットラが特にフランツの「お気に入り」であった。)

1889年(6才)

ドイツ系の小学校、フライシュ・マルクトの小学校に入学。



1893年(10才)

アルトシュテッター・ギムナージウム入学、ここで少なからず社会主義の影響を受けたといわれている。(ヴァーゲンバッハによる)

1901年(18才)

プラハ・ドイツ大学入学、初め化学を、次いで法学を「全く野心なく」学び始める。この専攻選択は将来の職業選択を有利にするためだけのものであり、そのため本人の苦痛も大きかった。

1902年(19才)

生涯の友人となるマックス・ブロートと知り合う。

1904年(21才)

『ある戦いの記録』

1906年(23才)

法学士の学位取得。4月から9月まで法律事務所で「見習生」として勤務。

この法律事務所の弁護士、リヒャルト・レーヴィは従来、彼の叔父であるとされていたが、実際は全く親戚ではなかったことが判明している。(アンソニー・ノーシーによる)

10月から地方裁判所、次いで刑事裁判所において「司法修習」。 

『田舎の婚礼準備』




1907年(24才)

10月、一般保険会社(アシクラツィオーニ・ジェネラーリ社=イタリア系の保険会社)に「臨時雇」として入社、勤務規定の厳しさに絶望し、ひそかに転職の機会をうかがう。

ヘートヴィヒ・ヴァイラーとの恋愛(?)のもつれ。

ブロートとの頻繁な娼館通い。

1908年(25才)

ボヘミア王国労働者災害保険局に「臨時職員」として採用される。

チェコ系の強いこの局で、カフカは「2人しかいないユダヤ人の1人」であった。彼の高校時の同級生の父親が当時の局理事長であったことが、この就職を可能にした。

1909年(26才)

主にブロートの尽力により、雑誌『ヒューペリオン』に始めて作品が載る。

プラハの無政府主義者たちへの関心の芽生え。(ヴァーゲンバッハによる)

1911年(28才)

プラハ客演中のユダヤ人俗語(イディッシュ語)旅回り劇団一座に熱中。

一座の男優、イツハーク・レヴィとの交友。

1912年(29才)

8月、その後およそ5年以上にわたる膨大な文通ともめごとを引き起こす、ベルリン出身のフェリーツェ・バウアーとの出会い。文通の開始。

『観察』、『判決』、『変身』の成立、『失踪者(アメリカ)』執筆開始。

1913年(30才)

フェリーツェに婚約申込み、応諾。その一方、ガルダ湖畔リーヴァのサナトリウムで「スイス娘」G・W嬢との恋愛沙汰。

フェリーツェの友人グレーテ・ブロッホとの文通開始。





1914年(31才)

6月フェリーツェとの非公式な婚約。7月、ベルリンにて「ホテル内の法廷」と日記に記される婚約解消の話し合い。その際、彼がグレーテ・ブロッホに宛てた手紙が少なからず不利に働く。

『審判』執筆開始。

第一次世界大戦勃発。彼は兵役を免除される。

1916年(33才)

7月、フェリーツェとマリーエンバートで10日間を共に過ごす。再び非公式の婚約。

『田舎医者』などの短編。

1917年(34才)

8月に最初の喀血。肺結核と診断される。これによりフェリーツェとの婚約は最終的に破棄される。

9月、ツューラウにいる妹オットラのもとへ。




1918年(35才)

プラハの北、シュレーゼンで療養。ユーリエ・ヴォホリゼクと知り合う。 

第一次世界大戦の終了。

1919年(36才)

夏、ユーリエと婚約するも、主にフランツの父ヘルマンの反対により解消される。

『父への手紙』

チェコ人女性ジャーナリスト、ミレナ・イェセンスカ夫人が彼の作品のチェコ語訳の許可を求める。

1920年(37才)

メラーンでの療養、ミレナとの文通の開始。翌年にかけて恋愛関係への移行、終焉。

1922年(39才)

『城』執筆開始。7月からオットラのいるプラナーへ。労働者災害保険局を正式退職。

『断食芸人』

(この年に彼はブロートに「私の死後に、私の原稿を焼却してほしい」と依頼したといわれている)

1923年(40才)

7月、バルト海沿岸のミューリッツへ。そこのユダヤ民族ホームの臨海学校で、ドーラ・ディアマント(デュマントとも表記される)と知り合う。

9月、ベルリン、シュテーグリッツでドーラと同棲生活を始めるが、第一次大戦後のドイツの天文学的インフレーションの影響を受け、栄養不良となり病状も著しく悪化する。

『巣穴』

1924年(40才)

3月、プラハに戻る。4月、ドーラらと共にウィーン郊外のサナトリウムへ。次いでウィーン郊外キーアリングのサナトリウムへ。

6月3日、死去。

『歌姫ヨゼフィーネ、あるいは二十日鼠族』

6月11日、プラハ、シュトラスニッツのユダヤ人墓地に埋葬される。

(参照・クラウス・ヴァーゲンバッハ『若き日のカフカ』、『決定版カフカ全集』第7巻付録、アンソニー・ノーシー『カフカ家の人々』)


★アンコール・トムの南門。蛇神ナーガを使って、神々と綱引きする巨大な阿修羅たちの石像。


わお!

昨夜パジャマ姿のゆめに、おこられた!
ついでに、もっとコワイ配偶者にもねちねちと叱られた。
ぐうぜん、演劇部の顧問の先生がネットやってて、日曜日のはるるの日記を読んでしまったらしい・・。

いままで、ふたりがつきあってること、先生は知らなかったようでーー。汗

でも、少しあとでゆめが寄ってきて小声で「おこってないよっ!」とささやいてくれた。

なんでも当人たちは、もうとっくに先生にはバレていると思ってたらしくて・・・実害は無いらしい。
先生にちょっとだけ、ひやかされただけで。

あーーー。
でも、ネットは本当に誰がどこで見てるかワカラナイ☆
気をつけよ。

みんなもね。笑


★山形県米沢市のふるーい酒蔵の帳場で、暗号解読中の気がヘンになりそうな天使うさぎ。






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最終更新日  2005年04月27日 14時48分45秒
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Re:家出した人形★カフカのお手紙(2/3)  
みけの  さん
はじめまして。
なんだか「カフカ」のエピソードではなくて、村上春樹の作り話みたいな話だと思いました。ただし結末をもうちょっと暗めにしたらですけど。
または、カフカはあやしいおじさんだったとか。
それは冗談ですけど、どこからの引用なのでしょうか? (2004年02月03日 13時17分25秒)

Re:家出した人形★カフカの手紙(2/3)  
カフカのエピソード、おもしろかったです。 (2004年02月03日 18時36分42秒)

Re:家出した人形★カフカの手紙(2/3)  
しゅう2343 さん
 ほかの人はどうだか知りませんが、いい話だと思いました。 (2004年02月03日 18時48分57秒)

Re:家出した人形★カフカの手紙(2/3)  
とっても 暖かいお話ですね^^
きっと とっても純真な女の子 だったんでしょうね~  (2004年02月03日 19時52分25秒)

Re:Re:家出した人形★カフカのお手紙(2/3)  
はるる20  さん
みけのさん
>それは冗談ですけど、どこからの引用なのでしょうか?
-----
雑誌のインタビュー記事の一部です。
海辺のカフカの評論に関しては、それこそ星の数ほどありますね。
(2004年02月04日 07時29分30秒)

Re:家出した人形★カフカの手紙!(2/3)  
sakuchin  さん
きゃははは♪
ほんとにどこで誰が見てるかわかりませんね(笑)
私も時々自分の写真を載せてますけど、
通勤途中なんかに私を見かけた人が心の中で
『あっ・・・sakuchin・・・』なーんて思ってたりして・・・
ふふふふ (2004年02月04日 08時34分29秒)

Re:家出した人形★カフカの手紙!(2/3)  
nachugirl  さん
初めて書き込みさせていただきます。

掲載されている写真に惹かれ、
そしてこの日記に吸い寄せられ、
とても興味深いお話を知ることが出来ました。

カフカエピソード、
なんでなのか
私とっても興味を持ちました。

私もそんな出来事が子どもの頃起きていたら
私は何を思い
そして大人になったとき
どんな思い出として記憶していたんだろう・・・・
って
そんなこと思いました。

私のHPにも是非いらしてくださいね^^
では・・・・。

(2004年02月04日 09時43分26秒)

Re:家出した人形★カフカの手紙(2/3)  
alex99  さん
ご訪問ありがとうございました。
すごいサイトですね。

私もプラハにはビジネスですが滞在していたことがあます。
カフカの家、ありましたね。
ユダヤ人墓地にも二度ほど行きました。

東南アジアもお好きなようですね。
私も商売柄かなりの国に行きました。
東南アジアはヴィエトナムとインドネシアに駐在していました。
懐かしい。

これからよろしく。 (2004年02月04日 23時05分56秒)

Re:家出した人形★カフカの手紙(2/3)  
buku5  さん
CLAVELさんの 所で カフカ の文字を 見つけて 飛んできました。   (懐かしくて)
高校時代 太宰治さんから カフカの 変身へ 入り込みました。  繊細な文章に 感激して 世界に 入り込んだように 思います。
日記よみながら 勝手に 昔、昔の 高校時代に浸らしてもらいました(勝手に 自分の世界 していました)
(2004年02月06日 09時44分57秒)

Re:家出した人形★カフカの手紙(2/3)  
CLAVEL  さん
興味深いお話ですね。カフカはベタに変身しか読んで
いないんですが、とても勉強になりました。
脳みそにシワをありがとうございます♪

実存主義は高校の倫理の授業で習いましたよ~。
たぶん98%の生徒は聞いてもいなかったと思いますが..。
欧州方面に行くと宗教と哲学はサラッとでも知っておかないと
恥をかきますよね..(^_^;
でも大腸菌やコロイドなんて生物・化学系の言葉は知らないので
ドッチもドッチ!? (2004年02月06日 13時51分49秒)

Re:家出した人形★カフカの手紙(2/3)   
K. W さん
はじめまして。調べ物をしていて偶然ここたどり着きました。
当方、はるるさんが引用されているカフカの年譜を書いた者です。(だれがどこで見てるか分からない…です)
自分の文章と、東南アジアの風景がコラボレートされているのを見て、なんだかとても不思議な感覚におそわれました。
『家出した人形』のエピソードですが、カフカの最期を看取った恋人、ドーラ・ディアマントが残したエッセイがオリジナルです。
ドーラが書いた(あるいは、インタビューの形で『語った』)、カフカについてのエピソードというのは、かなり大げさな脚色がなされている可能性が高く、信憑性は低い、というのが専門家の間では一般的です。
死後、カフカの評価が高まってから書かれた、カフカについての思い出(ドーラ以上に有名なのが、グスタフ・ヤノーホの『カフカとの対話』です)というのは、美しい思い出のためというより、語り手がそのときに置かれていた状況が彼らに『書かせた』ものだと言えるかもしれません。
このエピソードを書いたとき、ドーラがどんな生活をしていたのか、『カフカとの対話』を書いたとき、ヤノーホはどんな経済状態にあったのか?
美しいエピソードに水を差すようで心苦しいのですが、しかし、そう見てみるとカフカを巡る人々のほうが、カフカその人以上にドラマチックに思えてきたりします。
困難な目にあったとき、たとえ格好のわるい方法でも、それを乗り越えるため、生きるために戦っている人たちの姿には、いつも心を動かされます。
末筆ながら、娘さんの受験、カフカ終焉の地に近いウィーンから応援させていただきます。
長々と失礼いたしました。 (2004年12月01日 05時01分12秒)

Re[1]:家出した人形★カフカの手紙(2/3)(02/03)  
はるる!  さん
K. Wさん
>はじめまして。調べ物をしていて偶然ここたどり着きました。
>当方、はるるさんが引用されているカフカの年譜を書いた者です。(だれがどこで見てるか分からない…です)
>自分の文章と、東南アジアの風景がコラボレートされているのを見て、なんだかとても不思議な感覚におそわれました。
ーーーーーーー
お恥かしいです。汗
ふつうのとちがって、読み応えのあるすばらしい年譜でした。

>末筆ながら、娘さんの受験、カフカ終焉の地に近いウィーンから応援させていただきます。
-----
あたたかいおことば、ありがとう♪
(2004年12月01日 07時15分10秒)

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