ある夏の日の事、家に帰るとテーブルの上に小さなダンボールが有った。中を覗くと、小さな生まれたての三毛猫がいた。片目は目脂で埋まりかろうじて息をしている状態だった。
私は、家人を激しく叱った。私は大の猫キライである。まして今にも死にそうな子猫である。直ぐに悲しい思いをするのに、何故わざわざ拾ってきたのか。案の定水も飲めない状態で有った。一晩持つまい、そう思ったが我が家に縁が有ったのだろうと考え、とにかくペットショップに走りほ乳瓶とミルクを買ってきた。今思えば直ぐに病院に走れば良いのだが、私は有る意味死ぬものと決めていたのかもしれない。
ほ乳瓶でミルクをやると死にかけの子猫は必死に成って食らいついた。ほう、こんな猫でも生きる意欲が有るのだ。私は感心して20年ぶり授乳をした。
死ぬかと思いきや彼女は日に日に元気になった。1週間ほどで歩けるまでなった。そうすると生まれて間もない猫を飼った方なら解ると思うが、ユラユラと部屋を歩き回る姿を見てまさか捨てるわけにもいかず、仕方なく我が家の住人とする事にした。
拾った地名に因み「スズ」と命名した。

右目は、生まれつき目尻に小さな穴が開いていてそこから涙が漏れて、いつも目脂を付けていた。
只、猫も偉いもので生まれつきパグと暮らし自分のお姉ちゃんをユキと考えていたのか、自信もパグと考えていたのか、一度も「ニャーッ」鳴くことは無かった。
しゃべりかけてくるときも「ワォーッ、ワオーッ」とおよそ猫とは思わない泣き方をした。
私が仕事から帰ると誰よりも速く玄関に迎えに来て、正面から私の胸に飛びつきそしていつも私の肩に乗っていた。

こうなると猫はカワイイ、全ての猫はこうなんだと思うと、意味もなく猫を嫌った自分が恥ずかしい。暇が有ると私の膝に乗りクルクル回る、そして上目遣いに「ワォーッ、ワォーッ」と意味も無く喋る。テレビを見るときも私の肩の上か、膝の上にいた。全ての猫がこうなんだと言う間違った思いはやがて我が家に猫が8匹なる不幸を生むが(なんとか3匹もらわれて、パグと猫5匹)
5匹になって、次女なのに、何をしてもゆっくりの子であった。ゴハンも他の猫が争うように食べていてもそれを横目で見ていた。オヤツも特に興味を示さずみんなのまねをして食べる見たいな所が有った。只彼女はマヨーネズが好きだった。それもほんの少し小皿に乗せてやると、ゆっくりと舐めていた。僅かの量でも残す子だったが。
初めて海に散歩に連れて行ったとき生まれて初めて見る海に驚きながらも、カメのようにのっそり砂を掘って用を足したのを見て、猫の賢さを知った。
やがて彼女が誰かと喧嘩をしてその傷に気づいたのは彼女が私に飛びつこうとして、うまく飛べなかったときだった。慌てて家の近くの病院に連れていったが、その医者は薬と消毒だけで大丈夫と言った。あの時ちゃんと山の町のブラックジャックの所へ連れていっていたらと、考えても仕方ないのだが。
その晩から彼女の体調は悪くなった。2日後には、ものを食べず、3日後は、目が見えなく成った。
慌ててブラックジャックの所へ連れて行ったが今日、明日が山場と言われた。悪口になるかもしれないが、獣医さんもやたら薬をくれる所はどうかと思う。
私も性善説を信じる人間だが、商売と治療は人間のモラルの問題と言ってしまえば其れまでだが、やはり冷静に考えれば大きな施設、人間を雇う事は其れなりに金はかかるのだろう。良い施設が良い治療とは決して言えないのだ。真面目に治療している先生には申し訳無いが。
目が見えず、耳も聞こえなく成ったスズは、1時間おきに激しい痙攣を繰り返した。そして痙攣が終わると見えない目で私たちを捜し「ガンバッタでーッ」と言った。
気の小さな私はいっそ ブラックジャックに頼んで彼女を楽にする事も考えた。しかし1時間おきの痙攣にも負けずその都度「ワォーッ」と小さな声を上げる彼女の姿にもしかしてと言う思いで、ただただ、身体を頭を撫で続けた。
山場と言われて2日目、彼女はお星様になった。彼女の身体が冷たく成るのを、ご苦労様と言いながら夫婦で撫でた。
たかが猫で有る。私の人生に色々な出逢いが有って別れが有った。思い出は心の中にあるし、猫が死んだそんな事を気にして生きていけるほど人間は甘く無いのだ。
しかし、たかが猫で有っても忘れてやらない事はきっと供養に成ると信じてはいるのだ。
あれから、1年が経った。




PR
コメント新着
カレンダー