昨日の事だが、家人の仕事の手伝いに久しぶりに神戸の有る商店街に行った。
ここは、震災の時になんとか元気になろうと言うイベントに参加するべく有る喫茶店のマスターから誘われた。彼はいつも頭にバンダナを巻いて、笑顔を絶やさない男だった。誰からも慕われ、当時イベントに参加する大学生の良き相談相手でも有った。そんなマスターを見なくなって久しいが私も仕事の関係でその商店街にはなかなか行けなかった。
3年前に亡くなっていたと聞いた。
いつもイベントで先頭に立っていた人だった。そしていつも酔っていていつもイベントの中心に居た人だった。
「Kさん、飲んでる?」赤ら顔で笑っている笑顔を思い出す。
そんなおしゃれなマスターが若い頃職人で、アスベストを触る職人さんだったらしい。
そのアスベストが原因で、ある日突然気が付けばどうしょうもない状態であったらしい。
それから、いつも訊ねてくれて居た老夫婦。年老いたポメを連れていたが、奥さんが去年亡くなった。
そしてポメが追いかけるように今年亡くなったらしい。17年間生きてくれた。
お父さん、弱っていた。
生きている限り別れは付き物である。解っているから毎日を愉しもうとこの年で思うようになった。
私は、私の廻りでは誰も居なくなるとは、考えていなかった。恥ずかしいがそれくらいノー天気な人生であった。私の廻りの大切な人はいつも私の廻りに居るもと決めていた。
スズが亡くなるまで。私は私の廻りの大切な人の事をそんなに考えては居なかった。
一昨年、母が死んだと聞かされたとき、私は既に20年前に死んだと聞かされ何も疑わずにいた自分を恥じた。最後は看取れなかったとしても、何故自分の母の死に対して無頓着でいたのだろうか。
時々、自分が嫌になる。
長々と書いたが私は今、恐れているのかもしれない。動物を飼うときこの子達を責任を持って送るのは、仕方がないと思っては居る。しかし、動物を飼うのは、ユキが初めてだったが、この子達が人の、私の幸せの大半を占めるとは思っては居なかった。つい逆算してしまう。きっと先に送るだろうその日を、何故か今日は考えている。気持ちが弱って居るのだろうか。

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