この時期神戸に住む者には、欠かせない事に成るが、
私は震災を沖縄で知った。年末、大抜擢で沖縄開発本部長を任命し、喜びと感動の売り出しの翌日、テレビで見た神戸は、映画の一場面を見る様で有った。
電話が繋がらず、携帯も僅か15年前、沖縄では、セルラーフォン(今のau) は通話が出来なかった。
急遽帰って来ると同時くらいに不動産関係の会社であったが、レストランチェーンをやって居た関係、全店舗が被災。我々には関係無い所が原因で敢え無く倒産した。
身内には不幸は無かったが、その後勤めた神戸の注文住宅の会社も、震災需要の悪い方の弊害に遭い、敢え無く倒産した。
それから暫くは定職にも就かず、ふらついて居たが、縁有って、ボランテアなんぞを少し人の真似でやった時期が有った。
色々見たなぁ、仮設住宅で。シーズを連れた女性。せき込む様に吠えるシーズ、かすれて声に成らない。
仮設住宅で迷惑に成るから手術をして、声が出なくなる様にしたらしい。 犬は吠えるのも仕事なのにね。
冬、いくら寒くても窓を開けて寝るオッチャン。震災でマンションに閉じこめられて怖くて窓際で、窓を開けたまんまでないと眠れないと言っていた。
結婚して、間もないKさん。東灘でやっとの思いで買った中古の一戸建て。
2階に寝てたら助かったのに、1階で寝てたが為に下敷きに、助け出されるまで冷たくなった奥さんの手をずっと握っていたそうな。
生きてる事が情けない言うて、あんたに罪は無いのにね。
年末に新築で3600万で建て売り住宅を買って、歳明けて1回目の支払いが口座から落ちる前に家は無くなったご夫婦。3軒並びの家が全く同じ形に崩れて、きっと基礎工事の手抜き。
業者に相談するも、既に業者は計画倒産で居ない。家だけでもと相談に乗ったが、1650万プラス3600万のローン、諦めるしかなかったよね。
70才で被災した夫婦は自分たちで家を建てる事が出来なくって、二人の息子に相談するもどうする事も出来なかった。大阪と東京に居る息子達は、もう神戸に帰ってくる事はない。
神戸の1当地なのに、彼らはそこに家を建てる事より売る事を進めた。仕方が無い事なんだろうが。寂しそうだったなぁ。
やがて復興住宅が建ち、今度は引っ越しでにぎわった時期が有った。
独居老人用にたいそう立派な住宅で、自殺が多かったのは何故なんだろう。
専門的な話しに成るが昔の長屋。建築確認では連棟申請になる。道路に面さない家は再建築不可なんて誰が知ってます?それこそ建築に携わって無いと解る訳無いよね。
家の解体費用を市が出すって喜んで解体して、永久に家が建たない土地、未だ神戸に一杯有ります。
毎年、この時期苦しい想いを神戸の人間はしているのだろう。私も直接影響は無かったが、やはり震災に関わった関係、しんどい想いに成る。
ケンタロウ母さんから電話を頂いて、Kさんが亡くなったと聞いた。紳士でいつも冷静な人だった。曲がった事を嫌い、行政に何度も抗議に行った人だった。本当に良い人だった。
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