2004年04月30日
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慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において

アッサラーム アライクム

第7章(スーラト=ル=ア’アラーフ)です。これも既出の章です。

「象の年」のラビー’ウ=ル=アウワル(第三月)12日月曜日(「象の年」は西暦568年、569年、571年など諸説あります。「スィーラ」の授業では西暦570年とのことでした。8月20日)に我らが指導者、ムハンマド様(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)がお生まれになりました。
今年は今日のマグリブからヒジュラ歴3月12日になるのでしょうか。

イマーム・アハマドのハディースにはこうあります。

「私は父イブラヒームの祈りであり、兄弟’イーサーの福音です。母は私を産んだとき彼女の肉体から光がほとばしり、シリアの城の光を照らしたのを目にしました。」

イブラヒーム(アライヒッサラーム)はハリール=ッ=ラー(アッラーの親友)であり、ムーサー(アライヒッサラーム)はカリーム=ッ=ラー(アッラーと語る者)であり、ムハンマド様(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)はハビーブ=ッ=ラー(アッラーが愛する者)と言われています。

ムスリムのハディースにはこう書かれています。


アッラーのみ使い(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)はこう言われました。
「あなた方誰もが、私をあなた方の子供、父親、あるいは全人類よりも大切な存在と考えるようにならない限り、イスラームの信仰者とはいえません。」

アッラーのみ使い(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)はアッラーの愛される方であり、また私たちムスリムが誰をおいても模範にすべきお方です。

ヒジュラ歴前12年ラマダーン月27日(西暦610年8月19日)その後「ライラト=ル=カドル(みいつの夜)」と呼ばれるその夜に、ヒラーの洞窟にて啓示が下された時より、ヒジュラ歴11年(西暦623年)までの23年間を信者が倣うべきすべてのことをさなって63歳の生涯を閉じられました。

「今日われはあなたがたのために、あなたがたの宗教を完成し、またあなたがたに対するわれの恩恵を全うし、あなたがたのための教えとして、イスラームを選んだのである。」
(5:3)

前置きが長くなりました。

第7章の第3節です。

イッタビ’ウー マー ウンジラ イライクム ミル=ラッビクム ワ ラー タッタビ’ウー ミンー ドーニヒー アウリヤー(ァ)

「(人びとよ)主からあなたがたに下されたものに従い、かれ以外の保護者に従ってはならない。」

「イッタビ’ウー(従いなさい)」は「ラビ’ア(従う)」の第8型「イッタバ’ア」の命令形複数



「ミル=ラッビクム(あなたがたの主から)」は前置詞「ミン(から)」の後ろだから「ラッブ(主)」の語尾の母音が「イ」になり、それに二人称複数の代名詞「クム」がくっついています。「ミン」の語尾が「ヌーン(N)」の子音で終わり、その後ろに来る「ラッビ」の「ラ(R)」の影響を受けて「ミル=ラッビクム」と「ヌーン(N)」の子音が「ラ(R)」の子音になります。イドガーム(同化)とタジュウィード(聖クル’アーンの読誦ルール)ではいいます。

「ワ(そして)」は接続詞。

「ラー タッタビ’ウー(あなたがたは従ってはならない)」は禁止を表す「ラー」がコントローラーなため「タビ’ア」を語根とする第8型の二人称複数未完了形の最後の「ヌーン(N)」がないマジュズーム(jussive)形です。

「ミンー ドーニヒー アウリヤー(ァ)(かれ以外の保護者に)」は「ミン ドーニ(~以外、なしに)」に三人称単数の代名詞「フ(それ/かれ)」が前の語尾の母音「イ」の影響で「ヒ」になったものです。
「アウリヤー(ァ)」は「ワリー(ュ)(保護者、守護者)」の複数形の目的格(与格)です。



アブドッラーによると
アッラーのみ使い(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)はこう言われました。
「もっとも善い言葉はアッラーの書(すなわち聖クル’アーン)であり、最も善い導きはムハンマドの導きであり、最も悪いことは新奇なことである。」

ムスリムがアッラーのご満悦を得るには、預言者(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)のなさったことに従うことです。そしてなさらなかったことには従わないことです。

 聖クル’アーンの第108章「潤沢章(スーラト=ル=カウサル)」が啓示されたときのハディース にこうあります。

「”カウサル”とは至高にして尊厳に満ちたアッラーが私に約束された(天国の)川の名前でそこには恵みがある。それは一種の巨大な貯水槽で審判の日には信徒達が水を飲みにやってくる。またそこには大型コップが星の数程もある。一人の信徒がそこに集まっている人々の群れから引き離されようとしている。そこで私(ムハンマドサッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)は『我が主よ、彼は私の信徒のうちの一人です』というと、主は答えて『汝はあの者が汝のなき後(かってに)イスラームに附加物を加えたことを知らないのだ』と仰せられる」

 黒田壽郎氏編「イスラーム辞典」(100P)にはこう書かれています。

(前略)マウリード=ン=ナビー(預言者の誕生日)として、預言者の誕生、生涯を讃える歌や詞を朗誦して祝う。預言者の誕生日が祭事となったのは、およそファーティマ朝(909ー1171)に入ってからであるといわれる。ただし当時は宮廷および一部のスーフィー(イスラーム神秘主義)たちの行事としてとどまっていた。しかし13世紀、サラーフ=ッ=ディーン治下のエジプトで、スーフィーと一般大衆が共に参加する祭りとして広まり、ついでマッカ(メッカ)その他の地域でも祝われるようになる。現在でも一部の’ウラマー(宗教学者)の反対が根強いことも忘れてはなるまい。預言者ではあるが、一介の人間であるムハンマド(サッラッラーフ アライヒ ワ サッラム)をとりたてて祝うことは、彼の神格化への危険を孕んでいるからである。

 預言者の誕生日を祝うことは、’イーサーの誕生日であろうと考えられている(実際は違うようだが)クリスマスを祝うキリスト教徒の真似だと切り捨てるウラマーもいます。

イスラームQ&A イスラームWEB ファトワNo.563&684&800&2120&など参考までに

「わたしたちは、(教えを)聞き、服従します。
主よ、あなたの御赦しを願います。(わたしたちの)帰り所はあなたの御許であります。
主よ、わたしたちがもし忘れたり、過ちを犯すことがあっても、咎めないで下さい。わたしたちの罪障を消滅なされ、わたしたちを赦し、わたしたちに慈悲を御くだし下さい。あなたこそわたしたちの愛護者であられます。不信心の徒に対し、わたしたちを御助け下さい。」

ヤー ラッバ=ル=’アーラミーン

アッラーのご加護と祝福がありますように
ワッサラーム





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最終更新日  2004年05月09日 00時33分05秒


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