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雨が上がった後の6月最後の日。なにって訳じゃぁ無かったんだけどなんだか歩いてみたい気分になった。 空がきれいでここのところ、なんだかもんもんとしてた気分が「すこん」となくなってニュートラルな状態に戻ったみたい。“今日”というあと数時間だけはどんなにムキになっても戦略的なことを考えるなんて出来ないだろうな。パワーチャージ。ブルーとピンクの空。
2004.06.30
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言葉、行動、イメージすべてにおいて言えること。全てはコミュニケーション。伝わらなければ意味が無くて自己満足では、独りよがり。相手に対する想いがあるなら伝えたい事があるなら、相手にとって最も分かりやすいであろう形に言葉に噛み砕いて相手が受け入れやすい形やタイミングを見はからって・・・こんなことをかいていたら「相手に理解してもらう」という事は果てしないことなんだと改めて思うのであります。伝えたいことがあるなら相手の気持ち・相手の状況をこちらから見つめていなければ何も始まらない。家族でも恋人でも友人でも同僚でも想い=好意があるのであれば「分かってくれ」というのではなく「分かろう」とすることが全ての始まりであり基本。求めることに、与えられる事になれてしまうのは本当に怖い。「わかって欲しい」そう思うのであれば、自分から分かろうとする一歩を踏み出さねばね。わかんなくてもいいことにまで頭を突っ込む事が無いのはいわずもがな。コレはある意味危険ですから(笑)大っきく、人類愛的にまとめてみれば「愛してくれ」ではなく「愛してます(注)押し付けではないことが大前提。)」でしょ。独りよがりの押し付けがましい愛は愛される事それ事態が相手にとって重荷。言葉が足りないのも、相手に不安感を与えてこれまた重荷。反対に、相手からの好意が受け入れやすいもので有ればあるほど気持ちはスピーディーに動いてゆく。どちらにしても、自分と相手間のコミュニケーション次第。一言で言ってしまえばタイミングもあるってことで・・・コレをしてれば絶対大丈夫なんてこと人間に関しては特にありえないから。ただ、ヒントは沢山ある。相手をきちんとみつめること相手に言葉の意味にきちんと答える事そして勝手な思い込みではなくて、しっかり理解しようとつとめること。なーんて言葉にすると非常に陳腐でかっこ悪いのがいやなんだけど、まぁ仕方ない。ああ、出会いと想いとそれを取り巻く環境の化学変化は無限大だなぁとわけのわかんない壮大なことを考えてしまった、そんな午後。一生解明できないでしょうな「愛の理論」は
2004.06.29
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日焼け。。。やっぱり気になるもの。勿論私だって例外ではない。しかし、これってどうよ?という状況を目の当たりにして色んな疑問点がわきあがってしまった。なんとも滑稽というか、粋じゃないというか・・・その状況・場所というのは“湘南・海”お天気も晴れ!気分も爽快・・・といいたいところだったがそうでもなかったから、こんなこと書いてる訳。その状況ってのがこんな感じ。食事をしようと、目当ての店の前で並びながら人間ウォッチング。海の脇での食事・そこに集う人、全てがその雰囲気を作る要素なのだがそこに集う人、このうち半分以上がそこまでして海に来なくても良いんじゃないですか?と見ているほうが興ざめになるような方々。「日焼けが嫌なのね」と、一目で分かる。でも、だからといって1)真っ黒な雨傘のような日傘は如何なもんだろうか?2)その上、真っ黒だったり、結婚式のロング手袋のような 手袋してるのって??3)真っ黒な帽子かぶってるのも、うーん???4)そこまでガードしてるのに、半袖着てたり 素足にサンダルだったりするのは 理屈に合ってないんじゃないの????確かにUVをカットすると言われてますよ、黒い日傘。でも、暑いでしょ?黒い傘なんてさしてたら熱を集めちゃって。おまけにUVカットの処理をされた素材であれば蒸れる蒸れる。。。。手袋もさあ、どんなもんでしょうね?半袖着て手袋してたら、袖口と手袋の端との間腕が出てしまってる所だけ変な風に焼けたらまるで腕章、変。真っ黒な帽子、でもツバは広くない。頭あついでしょ、蒸れ蒸れですよ、かさと一緒で。どうせかぶるなら、ツバ広の物に何故しないの?ここまでカバーするなら涼しげに見える素材の長袖着てサンダルなんて履かずに、靴履こうよぅ。何の為にそのヘンチクリンな格好をするんだ?せめて、海を楽しみにきてるんならその場の雰囲気を楽しめる自分の格好で行こうよ~!これもTPOでしょ?!実用性って大切だとは思うけどムードがなくなるのはどんなもんだろうか?私はヤダ、そんなつまんない、粋じゃないの絶対ヤダ!!それに、ある意味美観を損ねてるなぁと海な夏な気分が削がれた感じ。その場その場を楽しむための装い本当に大切です。□■□■□■□■□■□■□■□■UV、確かに防がなくちゃ!なのですがそれがやりすぎだと極端な話、「だったら、海なんてこなけりゃいいじゃん」てなことになる訳で賛否両論だとは思うけどせめて、黒い日傘はおやめ下さいませ。見ているほうが暑くなります。気分的に気温が10度くらいアップした感じになるのですよ。白い肌、確かにきれいだとは思うけど黒い傘女や、長い手袋女、黒いお帽子女のその肌の白さ・・・全然きれいではなかった。余りに不健康で、肌艶が無くてただ粉みたいに白い感じ。夏のぎらぎらパワーと比べられて、パワーレスなのがはっきり見えちゃってた。痛いなぁ、美白ではないもん、こういう白さ。□■□■□■□■□■□■□■□■そんなこんな考えながらこ1時間、外にあるパラソルの下で順番を待っていた私。色んなことを考えて夢中になってたら妙に暑い!気付けば、ばっちりがっちり陽に当たってた。がっちり鎧のようなガードをしている彼女達V.S.日焼け止め程度で、気付けばしっかり焼けてる私。でも、粋じゃなく、美しくない事はどうしても許せなかった私。いいです、美学と心中します。だって、夏だもん。ええ、ええ、言ってくださいよ、美学の為に黒くなったアホだって。
2004.06.23
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私の実家の父、世代が世代なのだけれど…とにかく厳しかったぁ。未成年の頃は特に「まったく頭固~い」と思っていたしね。しかし、私が留学をした前後あたりから我が両親は、そろってなんだか面白くなってきた。「コイツも独りで生きていけるだろう」と気が楽になったのかな?オトナになってしまうと、もし一緒の家に住んでいたとしても一緒に長時間過ごす時間は本当に少なくなるものだ。そんな親との10日間ほどずーっと一緒のヨーロッパ旅にNYから両親と一緒に行ったことがある。ギリシャ・アテネが最初の都市だった。学生時代陸上の選手だった父、オリンピック競技場の客席に入れただけでも「うおー」という感じだっただろうにその上、勝手にトラックまで降りられて走っちゃったりしちゃった自分に、かなりはしゃいでいた。私が撮った楽しそうな連写の写真があるよ。その後ギリシャから船でイタリアまで渡ったのだがちょうどNew Year’s Eveで甲板ではクルー達がBBQで盛り上がっていた。人懐っこい彼らは、「おいでよ」と仲間に入れてくれた。その船には、日本人なんて他にいる訳なく(普通、時間がかかりすぎるから飛行機で移動するもんなぁ)めずらしがられていたのと、横須賀や神戸に来ていたことのある人もいて非常に好意的。「しゃべりなさい、英語」と言うのにそれまでなかなか話そうとしなかった父なのに彼らに囲まれ楽しそうにしており、しっかり馴染んでた。(実際父の方が私よりも英語のボキャブラリーはあるはずなんだもん。)その中の一人に名前を聞かれた時「My name is Tom」なーんて言ってる。笑える。おとうさん、それ考えて来てた?もしかして(くくく)確かに名前、とも○○だけど、Tomoじゃなくて、Tomな訳ね。そんな事考える人だとは、実の娘ながら想像だにしなかった。余りに意表をついていて、ツボに入ってしまったよ。赤いバラとブーゲンビリアが好きで、タンゴが好き。ピザが好き。今は写真に凝ってて、コグマから借りた三脚かついで写真教室に通ってる。お友達に「凄いの使ってますねー」といわれると「実はコレね」とコグマから借りてる事を説明するらしいと母からの話(←この人も面白がってる)。律儀というかバカ正直というか。。。(苦笑)短気で頑固、理屈っぽい「やると言ったら意地でもやる」「口では言わずに行動で示す」一本気で、本当は人恋しい人。やっと使いこなせ始めたパソコンで一生懸命仕事の資料を作る父、分からなくなると電話が来る(笑)そして、最近とみに不思議な面白さ炸裂中。その父に似ているといわれるのは光栄なことなのでしょう。父に言われた今でも忘れたれない言葉「資格をな、持つことが重くなる事もあるってこと、覚えておくんだぞ」留学前に言われた言葉。これは、資格のことは勿論、社会的に認められるものや社会的に認められる存在というものを持ってしまったり関係することになる故の苦悩のことだとかなり後になって分かった。実際、!!!???という壮絶な経験を私がすることになるとはまるで思っていなかったかもしれないしなんとなく、「コイツはそういう経験をするのかも」と思っていたのかもしれないし。。。一応パートナーがおり、それなりに自分たちのペースでのほほんと暮らしている私。でも、「何かがあっても、直ぐに頼るとか出来ない」父譲りの意地っ張りな性格を持つ私を心配してくれてる。いつもありがと。「心配しないで」とは言わないよ、ありがたく気持ちいただいときます。それがお父さんを安心させる事なのでしょうから。プレゼントの電気シェイバーで、髭剃って元気に趣味の外出してね。■□■□■□■□■□■□そして、私にはもうひとりの父がいる。コグマのパパ。実家の父とほぼ世代が同じなこの方もなんとも頑固でスパルタだったらしい。「おやじ、すっげーこわかったんだからぁ」とコグマは言う。「そりゃー、あんた達みたいな子供育てるのは大変だったでしょうよ」などと今のコグマを見ていても思うけれど(苦笑)コグマやパパに近しい人々は、「のんびりしているときのパパは、コグマとよーくにてるよぉ」と言う。そうかもなぁ。それに甘いものが大好きでちっちゃい子がすきそうなふわふわ・ちゅるちゅるしたsweetsが好物。義理ママには「Oh, you eat too much!!」などと言われてる。(↑なぜなら、ママはアメリカン)私がパパときちんと対面したのが始めてだったときも他の誰よりも嬉しそ~うにデザート食べてた。。。あれは餡子ものだったなぁ。さすがますもんを作ったひとだよ。忙しいひとなのでなかなか会えないけれど海外にちょっと行って来る時でも必ず電話をくれる。沢山の人に囲まれてるし、多分何でも持っている。でも、一番欲しいのは「ほっと」できる一言や・コミュニケーションなのかなっていつも思う。パパのhugは、本当にやさしい。そんなコグマのパパには、やわらかい素材の良いT-shietを送っておいた。しょっちゅう会えないから、パパのことを私の代わりにT-shirtにHugしといてもらいましょう電話口で喜んでくれたようだ。いつまでもダンディーで、おちゃめでいて欲しいという願いがこもってます。■□■□■□■□■□■□愛すべき、かわいい、ちちたち。そんな事言われてるなんて微塵も思ってないだろうけどね。元気でいて欲しい、ただそれだけです。Happy Father’s day
2004.06.20
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今週は狂ったように調整に夢中になった日々。しかーし、仕事の調整じゃない。日常生活と自分自身のメンテナンスとでも言った方が正解でしょうな。というのも、ここしばらく気ぜわしい生活をしていて他の事にはなーんもやる気がおこらずほっぽらかしにしていたわけであります。「ここをこういう風にしたいんだー」と思っていてもそれを実行に移すほどの気力もなく私の得意技「ま、いっか。死なないし」を連発して放置されていた物事の多い事、多い事・・・・しかし、いったん火がつくと恐ろしい勢いでやってしまうあたくし。ちょうど天気が良かったのも手伝ってしばらくの間、手をつけられなかったことを一気にはじめた。まず、物捨て。思いっきり物を捨てる。大掃除・部屋の模様替え。夜中までかかって棚を備え付ける。コレに2日間。ヘアカット梅雨に入って収拾がつかなくなった髪をカットに行く。最後の仕上げ、マッサージ体のだるさを調整する為にマッサージ。左右のバランスをとってもらいストレッチの仕方・歩き方も教えてもらう。ふぅぅなんだかすっきりした。かるーくなった。
2004.06.19
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何かを決めるのには、タイミングって大切。「今すぐ」なのか、「様子を見る」のかこれら2つの選択肢のうち、その事柄に関して、より良いのはどちらなのか?そこで1つの決断を下すわけなんだけど・・・最近、のらりくらりしながら早急な結論を出さず、様子を見ていることが1件ある。いつか決める時が来るんだろうけど、もし、「今、答えを出せ」と迫られたら私はどうするんだろうなぁ?その状況と条件次第だし私の交渉次第かもしれないしうーん。それに関しては様子見かな、もうしばらく。急いて事を仕損じたらばかばかしいから。タイミングと様子、観察。□■□■□■□■□■□■□■□■様子を見ていても「もうどうしようもない」とか「決めなくちゃな」という時には言いにくいことでも言わなくちゃならない。そういう関連で、昨年、仕事の上のことで「ん?」と思ったことがあった。我慢我慢で様子を見ていられたくらいなので相手が気付いてくれて、一言言ってくれれば丸くおさめようと思っていたのだけど・・・気付く気配がないというか、当然と思っているというか、ちょっぴりふたを開けたら「やってあげた」位に思っている様子。おいおい、世間知らずもいいところですよ。それ、違反。会社という守ってくれる所属を持たず自分の身は自分で守るしかない私。言いましたよ、いい年したおじさん相手に。そんなこと言いたくなかったけどね言わないと分かってもらえないようだったので。交渉をしましたよ、「そちらはそれをやることでメリットがある訳ですよね?でしたら、私には「○○」していただかないと。だって、それは私の名前を勝手に使って宣伝効果を狙ったわけですよね。」私に商品価値があると思ってのことまあ、ある意味嬉しく思う、でもそれとコレとは別問題。だったら、それなりのルールがあるでしょ。しっかり冷静に端的にあいてに伝えたところ謝罪があり、前向きに検討するとの言葉。その後の謝罪メールでも「社内稟議にかけるので、今しばらくお待ち下さい」との連絡。私は基本的に相手の立場と考えかたきちんと反応してくれたことに関しては礼を尽くすし、尊重する。だから、「ちょっとは待っていましょうかね」と意識して気をながーく持ってみたのだが・・・メールがあって以降、1ヶ月以上も音沙汰なし。“今しばらく”って意味は、1ヶ月以上という単位にあてはまるのでしょうかねぇ?私の辞書の中に“「今しばらく」とは一ヶ月以上の時間単位のことを言う”なんて、指を使って数えられる数字以上はいっぱい、いっぱいみたいなそんな数え方皆無なのよ。来るはずの連絡が、ある一定期間を過ぎても来ずおかしいぞーと考えた時、既に私は相手が話きちんと通してないことも容易に予想がついていたしある種「もういいや」という気持ちにもなっていた。話にならんし、そんなことにしがみつくって事自体ばかばかしいからね。腹はたつけど。そんなこんなで1ヶ月以上経った時相手はどうしても私を通してしか連絡出来ない事が起こり多分しぶしぶ電話をしてきた。でも、別件だろうがなんだろうが私に頼まなければならないような状態なら申し訳ないけど、良い思いばかりさせやしないですよ。そう、当然のことながら私はその人を逃しませんでした。連絡ずっとすっとぼけられるくらいに肝の据わった人ならムカつくけれど、ある意味尊敬する、しかーし、都合のいいときだけ人を頼ろうなんて甘すぎる上にこの状況で自然消滅を認めるわけにはいかん個人的なことじゃあるまいし!てなわけで、当然約束取り付けて、仕事場ではないところで話をすることに。おじさんは開口一番、「あのことを考えると、もう気分が落ち込んでしまって。。『ああ、もう嫌だ』って思っちゃったんですよ」ですと。あまりの事にあっけにとられながらも“今しばらく”の意味を問うと「Ninaさんには長い1ヶ月だったかもしれないけれど私には短い1ヶ月だったんです!」ときたもんだ。全くあきれて物も言えないって言うのはこういうことなんだなぁと実体験。あのさぁ、50を越えたおじさんが何を言ってますか?プライベートなことならまだしも仕事なのよ、責任持ってよ!!恥ずかしくないかね?そんな台詞。結局、私の要求した「○○」を通すには会社内で自分のミスをおおっぴらにしなくてはならず自分の身がやばくなるから・・・・ということだと直ぐに分かった。私の予想したとおりだったよ。(おじさん、そんなこと言わなかったけどね)話にならんけど、「では、どういう風にお考えですか?」と話をしてみようと努めた私に帰ってきた言葉は「こちらがNinaさんに何悪いことしたというんですか?あなたはアメリカ社会のルールで言っているのでしょうけど、こちらはあなたの為にも良いかと思ってやったんですよ。」逆切れです。驚きです。「あなたのため・・・」どっからそんな言葉が思いつくんです?それに、そんなときばっかり「アメリカ」を持ち出さないで下さい。私はかなり日本的に対応してきましたよ。凄い勢いで逆切れでせめられ、静かに話をしていた私は引いた。感情論ではないのよ、想いがあっても伝わらなければ仕方が無い。何度も言うけど、お仕事なんですよ。仕事にも思いやりの気持ち、人間らしい感情は必要。でも、でも、コレは別物。100歩譲って、私のためを思ってくれたと仮定しても先に一言伝えるべきでしょ。「それは結構です」ということもあるわけだから。勝手にやっといて、お為ごかさないで・・・つくづく「この話はどうでもいいや」と思いながらもこの状況なんとかおさめないといかんなぁ、場所は喫茶店で、周りにひとがいるし・・・そんな時、ある事が現象として私に起きその場は、まーるく収まりましたよ。要求した「○○」はとっくにどうでも良くなってたしTPOをわきまえない変な感情論をもっともらしく振りかざされても全くといっていいほどポイントがずれているし、どんどん自分を貶めてますよ、ご自分で・・・と余りに切なくなった。でも私としても、ただじゃぁいられないって事で上の現象をおこしてみた(というか、起こった)。そうです、目から水分がでた。それも大きく1粒2粒。ある意味相手の思いもよらなかった情けなさとそんな人と仕事してきたんだなぁという切なさに出た水滴とでも言っておきましょうか。感情論をもっともらしく振りかざす自称ロマンティストには目から水滴は恐ろしい威力。あわあわしてたもんね。水分出しながらも、自分のrightを語った、私。コレのお陰で、私は相手に貸しを作りました。返してもらってない貸しだけどさ。この一件では色々分かったから、まあ良しとしとこう。そんな風に自分の中で片付けた昨年夏にあったお話でした。学んだことの1つ逃げ道は一個くらい残してあげなくちゃいけない。そうしないとねずみだって猫に噛み付くしおじさんは小娘に逆切れする。それにしてもなぁ、潔悪い。仕事ですよ、あなた。何年お仕事なさってこられたんですか?あ、学んだことの2つ目相手が感情的になればなるほど私は冷静にキメの台詞しか言わなくなる。無駄な言葉がなくなり、感情的な言葉も省かれどんどん丁寧語で冷静に話すようになる。その言葉が刺さる場所への負担が大きくなるわけ。相手はどんどん自滅してゆくけどやっぱり、相手には「人をばかにして!」と逆切れされる。でも、感情的な言葉を私に吐かせたら・・・怖いので自分でも考えるのやめます。「ばりばり、喧嘩になります」とだけ言っておこうかな。ふう、長い日記になっちゃった。□■□■□■□■□■□■□■□■長い日記ついでに追加1)私が要求した○○とは、漢字で4文字です。 2)世間知らず・・・ですけどね。 正にコレを“ナイーブ”というんですよ。 世間では繊細とかデリケートとかって意味で 使われちゃってますけど 恥っずかしいですよ~&失礼ですよ~ 「自分はナイーブなんです。」とか言っちゃったり 「△△さんってナイーブよねー」とか言っちゃったら。 あまりにカッコ悪すぎるですよ。 下は、まずぶん殴られるでしょう。ご注意あれ~
2004.06.15
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ご機嫌な条件→『お天気・低湿度・高気温』気分がガーッと盛り上がる。どうもうきうきしてくる。血中ラテン系人種%の高さがこういう時に証明されてしまうわけです。余計な事を考えることなく頭がしっかり回転する。今日みたいな日が続いたら絶好調で、というかすっごいご機嫌で諸々のことを行ってゆくんだろうなぁ。そして反対に、先日の日記にかいたような“もいすと”な気候だと・・・片付くものも片付かない。どうもスピードが落ちる。「私はやはり日本にいちゃいけないって事ね」などと、本気とも冗談ともいえない本気をちゃらりと言えるくらいに、今日は良い!計画では数年後には梅雨時期の日本から脱出して生活できるように準備中。□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ここのところ、一時期のふつふつとしたモードからはちょっと落ち着きつつあるけれど全然冷めちゃいない。時間がたっても問題として残っていることは私にとって後々も問題になることだから。目をそらせないし、対策を練る、タイミングを計る。思ったらやっちゃう、言っちゃうというのは私の行動パターンの中には無いな。自分だけのことであれば「仕方ない」で済むけど、人がかかわってきてしまうことであればそれは許されない。思慮深くあることって重要。よく、私はがんがん行動して決断して。。。と思われているけれど実は結構慎重派で人見知り。嗚呼、誰かの「嘘つき~!!」という声が聞こえてくるようです。いいさ、いいさ、満足いくまで言ってよ。でも、本当。自分のそういうところを嫌な位分かっていたからこそそれなりに何とかできる様になった。克服したとは思っていない。克服しようとも思ってなかったし今でも思ってない。そういう、引き気味なのも私だからきっとそれもいい部分として何かに影響しているんだろうから。自分を無理矢理盛り立てて、力んでやったことは長く続かなかったよ、今まで、1つとして。だから、私は私らしくいられて、相手を満足させられる内容と自分も自信を持って提供できる仕事内容と快適であると感じられる環境で生活が出来るようにするべく取捨選択してゆくわけであります。雨の上に変にわさわさと落ち着かなくて、ゆっくり考えるような気分じゃなくて思考がめっちょりな先週1週間も終了。ここらでいったん頭をスッキリさせられそう。夕陽がオレンジ。明日もお天気。
2004.06.14
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某女性雑誌で『魔法のお粉』と評されていたメイク用のルースパウダー。私がここ何年も使用している物の1つ。先月のNY行き前、知人の新聞記者さんとその話になり、「だったら、1個調達しましょう」と彼女用に1つ持ち帰ってきた。一昨日やっと渡して“さーて、どんな感想が返ってくるかな”とひとりほくそえんでいると。。。昨日の朝届いていたメールには「使ってみてびっくり!うす付きで、でも顔色をきれいにカバーしてくれる!魔法の粉。まさに実感。」ふふふ、そうでしょそうでしょ。『魔法のお粉』本当にそうなんですよ。ここのコスメ、他にも素晴らしいものが結構ある。何が何でも使用感(テクスチャー)使いやすさそして仕上がりの自然な美しさにこだわるという非常にピッキーな私だがここの『魔法のお粉』とその他数品は常にリピート。その上質なきめの細かさとフィット感たるや極上なのだよぅ。ただここのブランド、日本未発売なので簡単に手に入らないし“普通には”アメリカから日本にはシッピングもしてくれない。いくつかネット上で発見したけれど代行ショッピングなので手数料がかかるのは仕方がないとしても、何より扱っている商品の数がすんごく少ない。簡単で、清潔で、知的なメイク、時間の無い女性には必須だったりする。違いの分かるいい女はノーメイクはいただけないからね。ソーシャルのマナーに反してます。そんな時には、質の良い物で数少なくて、きれいに短時間で仕上がる物が必要なのだよ。それには・・・・質の良いパウダーとそれに付属するもの。必須です。ここのコスメブランドが提唱しているきれいな顔作りのコンセプトが見事にあってるんだよなぁ。大人のナチュラルで品の良い顔。ふむふむ、ちょっと良い事考えてるんだ、私。
2004.06.12
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どこかにいきたいなぁ、いっちゃおうかなぁこの時期になると、ムクムクと湧き上がってくるキケンな考え。日本から抜け出したいよーうーん、違う国に行きたいよぅ。“もいすと”なのやだよぅ。シットリ、モイストなケーキは好き。ブランデーケーキとか。でも、シットリ、モイストなこの気候は嫌い。。。。。お願いやめて。。。。その上になんとなく肌寒いとはなんてことなんだよぅ。カラッとした所にいきたい。本気でどこかに非難したい~~■□■□■□■□■□■□■□■□湿度といえば(?)、私の知人でアフリカン・アメリカンのRさん(NY在住)。先月NYに行っていた時、恐ろしく湿度の高い日があった。(といっても、日本ほどではなかったが)「蒸し暑い~」とか言いながらKorean Townに行き、4人で焼き肉会。腹ごなしにモイストな空気のマンハッタンをしばらく歩いているとR:「私、こういうモイストな気候、だーいすき」と、本気でご機嫌におっしゃる。私:「ええええええ、本当~~~」と驚く私。R:「だって、肌がシットリ、モイストになるじゃない~♪」と、彼女はるんるん。うーん、モイストというか、べったりして気持ち悪いよぉ。私は持ち運べる除湿機が欲しい。そういえば、彼女は数年前のこの時期に1ヶ月ほど日本に滞在していた。正に梅雨真っ只中の時ね。先日も電話で「いいわねー、日本は湿度があって」と言っていた。いく(よく)ないです。。。。話によると、アフリカン・アメリカンの彼女達の肌には水分・油分がかなり必要なんだそう。乾燥してしまう冬には、しっかり保湿するオイルを肌に塗らなくてはならないんだって。湿度の高さは特に彼女達にとって、美に不可欠な訳。(適度な湿度は私にも必要なのはわかってるけどさ)きっと、彼女はブランデーケーキなんだ。どんどん湿度を蓄えてモイストになって美味しくなる、OK。そして私は・・・煎餅とか最中の皮か?(そんな和風ではないと思うけどさぁ)湿気があると、へにゃっちゃうの。なんか、かっこわるーいかも。お煎餅とか最中の国のくせにどうして、こんなにモイストなの~どこか間違ってないか?ねぇねぇ、Rさんこの時期私と住む場所を交換しませんか?あなたが美味しく出来上がりますよ。私も国外で美味しい最中になりたい。こんなことばっか言ってないで、働けよ、私。■□■□■□■□■□■□■□■□今思いついた。パリッとクリスピーな感じがよさである私のように(?)湿度がダメな煎餅や最中の皮。ということは、コレって湿度の高い日本の夏には不向きな食べ物ということだろうか?そうそうクリスピーが売りの食べ物思い出した。“ポテトチップス!”と思ったけれど・・・コレに喩えられても、たいして嬉しくない。(自分で言って、自分で却下)ああ、いかーん。脳みそしっけてる、パリッとしないぞ。さえないなぁ、もう。。。いかんなぁ。
2004.06.11
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ここのところぶった切り系日記を毎日繰り広げていた、あたくし。だからと言って、始終眉間にしわ寄せてそんなことばかり考えている訳じゃあない。ぼーっとしたり、「くくく」と笑ってしまったりというより大爆笑だったりと自分の楽しいライフを送っていたりする。(ぼーっとしたりが一番最初に書かれること自体「全く・・・」という声が周囲から上がりそうだが)最近一番“つぼ”にはまってしまったはっきり言ってくっだらないこと。それは・・・ある日の夜、私はPCの前で作業、我が家のコグマはテレビを見ていた。NYにいるときはTVなんてたいしてみなかったヤツなのに日本に来たらTV-showが楽しくて楽しくてたまらないらしい。(すっかりテレビっ子)中でもCMが大好物で、「ビデオにCMを片っ端からいれようかなぁ♪」なーんてことを言い出したときには強行に止めました。まあ、そんな彼私が真剣に作業していようがなんだろうが私に話しかけるかのように言葉を発する。「あのさぁ、私見えてないからわかんないの」というと「別に、君にいってるんじゃないよう。自分で話してるの、テレビにもね♪」(おいおい、老人かお前は)いいですけどねぇ自分なりの楽しみ方があるから文句は言わないがな。そしてある晩、いつものごとく私は作業、ヤツはTV。宮沢りえちゃんがやってるお茶のCMがかかってた。「伊衛門さま・・・」と彼女の台詞その直後に、楽しそうな声が聞こえてきた。「『ますもん』、くふふ♪」・・・・・楽しそうですね。一気に力が抜けてしまった私。どうして自分の名前をそこにいれてんの?わざと笑わそうとしてないその空気が(当たり前、独り遊びだもんね)後になればなるほど可笑しさを増していてふとした瞬間に、『ますもん(るん!)』が浮かぶ。力が抜けていいですわ、脱力できます。ヤツのことを知っている方々ちょっと想像してみてくださいな。うれしそうーに、『ますもん』です。ちょっとポケもんに似てます。こんなうっとおしいお天気の日に心の中のお供に如何でしょう?『ますもん』『ますもん』の特徴・育て方シットリすると巻き毛がたてロールになり、お蝶婦人です。目に星も入ってます。ちょっと麗しい女の子の要素を持ってます。でも男の子です。味にうるさいグルメです。でも自分でゴハン作れます、あなたの分も作ります。美味しいチョコレートとお酒でなつきます。飼ってみませんか?貸し出し中です。お申し込みお待ちしてます(嘘)
2004.06.09
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『価値観』ってさぁパーソナルなアイデンティティーの持ち位置というか持ち方というか基準となっている自分の中の経験したことの種類や多さ、幅だったりと色々あるんだろうけれど・・・価値観の違う人が沢山いるのもわかっているけどだからこそ、コミュニケーションがとてもとても大切になるわけでしょ?自分以外の人間を理解しようという外向き矢印自分をより良くわかってもらえるように内向き矢印一方通行ではいけないのがコミュニケーションだし端折るわけには行かない部分ばかりなのがコミュニショーション。リスペクトして、リスペクトされていい関係が出来るわけでしょ?相手を理解しようとするのであれば体で見て聞いて感じて察する、気遣う、空気を読むってことするでしょう?それを行うのに共通言語って最大のツールだし言葉にしなくても相手にわかる外観というものは、国際的に重要であると言わずもがなわけ。例えば言語。私の場合、日本語ネイティブで外国生活があったからこそ、「誰よりも日本語を美しく遊んでやるぜ」「ちっちゃい子が聞いても分かるように 日本語の得意でない人にも伝えられるように」位の勢いで、話すようになった。それと、装うことだって会うであろう相手、その場所、その時の状況に合わせて、快適空間であることを主旨として根底には私のテイストをきちんと潜ませて楽しみながらやってきた。しかーし、その同じ日本語を話しているのに「通じてない~~~」という相手が多々いることを実に痛く感じ入ってしまったのだよ。私が変なの?それとも???でいっぱいになる。反対に、ヘンチクリンの一途をたどっている私の英語。なのに、お互い理解しようという気持ちで話す・聞くをしていると、愛さえ感じてしまうくらい。しっかりHug Hugできる関係になれる。それを考えるにつけ、同じ言語ということで、相手を理解しようという気持ちをもつこと省いてないか???と思ってしまうのですよ。それは、言葉だけではなくて外観・装うことだって、相手に対するリスペクト。相手に会う為に、相手と仲良くしたい相手に対するもてなしの気落ちを相手が受け止めやすいスタイルそれと同時に自分のことをわかってもらいやすいスタイルで実践するのが、本来の装いの意味。立派なコミュニケーション・ツールであり、自分を寄り完結に分かりやすくした自分という商品のパッケージ。自分のブランディングということ。そう、私の仕事『イメージコンサルティング』の本質。本来の役割はここにあるわけでありますよ。だから最近、不特定多数の人に会う・見られる方々の為のメディアトレーニングといった装い・仕草・話し方などなどの「外観」をひっくるめてトレーニングする仕事に参加することが日本でも出来てきているわけでありますよ。きれいに見えたい、感じ良くなりたいこういった、基本的な部分だってコミュニケーションをスムーズにする為より良い人間関係を作るため。相手に尊重された存在として扱って欲しいから。そして、自分もそうすべきだから。価値観、これを自分の何処におくのか?自分のアイデンティティーは何なのか?これがコミュニケーションを繰り返し繰り返す日常で常に頭のどこかにおいておかないと変な方向にいくよなぁ。。。うーん、悩ましい。■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ああああああここのところ、私が抱き続けている大きなもわもわしたものは主にここの所に集約されているんだと分かっているんだよ。あと、それにも関連した部分として自分のアイデンティティーとしてある部分を必要以上に抑えていたことにとある瞬間、きづいてしまったから。「仕事柄」と「日本」大きく意識してきた部分はそこ。あと、これを考えて意識し始めた時はまだまだ、どこか足を引っ張るであろう部分に「若さ」があってこの仕事を「自分という看板」1枚で行ってゆくにはその時に生きていきやすい自分を表現しやすい鎧を着ていた。完璧にその鎧を着こなしてきたしその鎧だって自分の一部分だった。それはそれで、その時はよかった。だけどだけど・・・なんかちがう~そう、違って当然、オトナになったんだもん。(って、とっくにオトナですが)あと、時代の流れにも合わなくなったな。今まで抑えておいたほうが良かったことが全面に出しても良いようになった。それはきっと私のアイデンティティーであり武器で「強さ」が全面に出てしまう部分。以前のわたしなら、その強さが見えてしまうことで仕事に関する面でその時周囲にいた人とのコミュニケーションが難しくもあったことが今なら自分で自分を守れるように、そのリーサルウェポンを管理できるようになってきたのかもしれないなぁ。その変化に気づいてしまったのは誰かから言われたんじゃない、そんな自分を自分でビジュアルとして見ちゃったから分かっていたからこそ「ごーん」というくらいの衝撃。。。おかしい(絶句)・・・・・やめよう、捨てましょコレ。そんな感じ。不必要なものを身につけていると動きも不自然になり、機敏に動けない。走る時にはシャネルのスーツにハイヒールではなくスポーツウェアーにスニーカーでしょ。言いたいことは、全てにおいて不自然はホント良くない。そして、そしてコミュニケーションに於いて不自然さは大敵だということでしょうな。妨げになるから。作り上げるのであれば、言葉・外観全てにおいてしっかりとしっかりと作り上げましょう。力みも・わざとらしさもないくらいに、自然に。相手に夢を見せられるくらいにね。でも、そうじゃないならナンもしないで。お願い。中途半端な力みと勘違いの自己アピールはうううう・・・・・痛いですな。ああ、それって罪深い。
2004.06.07
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私はどうも過度の“熱さ”が苦手・・・恋愛でも、何でもそうなんだけどわーーーーっと熱くなられるとそれに対抗するかのように、おっそろしいスピードでさーーーーーーっと冷めちゃう。自己防衛本能かなぁ。(体温低いし・・・ああ、関係ないか)情熱的なのはOKだしWelcomeしかーし、暑っ苦しいのってNG。これの大きな違いは、さじ加減というかその人の持っている「バランス感覚=センス」。自らを良く分かっている人は相手に対する情熱の向け方=自分のアピール方法がおそろしく上手くて一発で惚れてしまいそうに色気がある。先日からのブチマケ日記3連発の中にも確か書いたと思うけど自分の弱さ・強さがポイント。これらを真摯に受け止めて克服するにしても力まない。「自分はここがすごいんだぞー」と無理無理にアピールしたりしない。自分に言い聞かせるのはかまわないけど人の前でそれをやらないで下さい。その熱、違うところで生かしてください。資源は大切にね。男も女も共通だけどその人が見目麗しい美形でなくてもその人なりのバランスの良さを持つ人はなんだかとっても素敵。そして、そういう人たちは相手に対する気遣いが、自然で押し付けがましくない人=熱量適温な人。適温ということは、お互いの距離感も分かる人。お互いの立場を尊重しあえる人。センス(感覚)の良い人。だから、おしゃれというイミではなくて服装や外観の趣味がい人は、自分のことを良く分かっていて見た目で人に不快感を与えない。「装う」ということは、自分のためではないですからね。(ちょっとイメージコンサルタントっぽい発言が久々に出た感じ。我ながらびっくり)それに、そういう人は仕事もできる。とうぜんよね、センス良いんだもん。仕事のセンスも良いわけ。基準として、触れてみたくなる人。いいにおいがする、もしくはしそうな人。一緒に居るその場の雰囲気で自分の感覚を喜ばせる何かをくすぐる人。とまあ、私的な感覚も含めて、ドキドキできる相手。そんな人にお目にかかることが出来ると私には流行が来るのです。大体毎年早春~夏(って、年間の2/3じゃんか)に数なくとも1~2回はある。うーん、まだまだ季節だよなぁ。注意事項:これはもう既に知り合いになっている人は省きます。あくまで流行なので新しい出会いからです。あしからず。
2004.06.05
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「私は弱い人間だから…」この言葉を口にするヒトに非常によくお目にかかる。何、全部ひっくるめて「弱い」なんていってるんだろう?自分を弱いと決め付けられること自体十分すごい決断力だし他人にそれを宣言してしまうその勇気違う方向に使った方が良いのではないでしょうか?それってさぁ「十分強いです、というか図太いですな」と言ってしまいそうになる。そして、ついでに「それを言って相手に何を求めているの?」とも付け加えたくなる。無理なんてしなくたって良いし人それぞれの弱みってある。そんなの当然。だけど、「弱い人間」と勝手にその枠に入ってこれからの可能性を放棄してどうするのだろう?この手のヒトが私に向って言う言葉は…「Ninaは強いから、いいよ」…絶句。あのね、誰にでも弱いところもあれば、強いところもある。私は特別に強いわけじゃない弱さをわざわざ露呈したいと思ってないだけ。まあ、ひた隠しに隠そうとも思ってない。言わなくて良い事はわざわざ言わないだけそう、特別に強いわけじゃない自分で決断できないことが命取りであることを身を持って経験したことがあるだけ。それがコワイなら、決める・動く。だから、特別に強いわけじゃない「その人が明日いなくなってしまったら?」そう考えた時に悲しくてそんなの耐えられないと思う私の大切なヒトたちを、私なりに全力で守りたいだけ。ただ、それだけ。■□■□■□■□■□■□■□■□こんな私を「戦うヒト」と言った男性がいた。お礼言っておきます。戦い方を知っていると思ってくれたと良い風に解釈しときます。戦い方・ケンカの仕方を知っているということは自分の弱さ・強さを冷静にわかっているということだからバカじゃないと分かっていただけて光栄。それに、自分の弱さ・強さを冷静にわかっているということは身の程を知っているということだしね。でも、私は戦うヒトではないと思う。手を出さないことも、わざと戦わないこともある。戦うことばかりが全てじゃなくて戦わない方が、幸せであるなら。あと、ゴタゴタは嫌いなので何でもカンデモ戦おうと熱くなる人ダメなのね。だから、私はきっとこうです。『戦えるヒト』いい年してケンカッぱやいのもいただけませんからな。■□■□■□■□■□■□■□■□常々思うことなのだけど私が戦いを挑んでしまう時って共通の状況であることが本当に良く分かった。自分のことじゃあないんだなぁ、これが…かけがえのないヒト(家族・友人などなど)を軽んじられた時に本気で戦いを挑んでしまう傾向がある。自分の怒りと誇りのボタンがそんなところにあるということに今更ながら驚いた。コグマのパートナーとしてやってくるには戦いなしに、今の生活はありえなかったもんなぁ。それにしてもこんな娘に育ててしまったわが両親恐るべし。
2004.06.02
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日に日に疑問が大きくなってくるある事柄。ある方からの何気ない言葉。その人は、本気で驚きながら「えええ、○○○○な感じがしたから」と私の、某「立場・役割」に驚かれた。あのさぁ・・・じゃあ、その立場や役割を担っている人はそうじゃないって思ってるの?その人は褒め言葉で言ってくれたのも分かってるその言葉以外に適当な表現方法がその瞬間に思い当たらないこともある。でも、よりによってその言葉がその場で発せられようとは・・・時間がたつに連れて「それって、どういうことよ???」とどんどん疑問が大きくなって来る。確かにそれって、男と女の永遠のテーマで不可欠で最大級に難しいコミュニケーションそんなことを最近身近なところでも考えさせられるからこそその言葉を、よりによって“その場”で聞きたくなかった。それにね、もし本気でそんなこと思っているんだったら悪いけど、怒っていいですか?“ブッとばーす!”女をナンだと思ってるんだ!!あんた何様!!□■□■□■□■□■□■□■□■□■ここのところ、バッサバッサなぎ倒すようなブッちぎり系の日記を書いている私。beat-tak兄貴にして「それでこそNina!」とのお褒めの言葉(?)を頂戴しました。うううう、激しいよね、自分でも分かっているさ、ああ、そうさ。「何かがおかしいでしょ!それ!!」と突き刺さってくるのだよ。すごく目に付くんだよー、耳に残るんだよー!でも、この状況にふたはしたくないから。しっかり、大喜びしたり、ムカつかせたりさせてもらいますよ。でも、体力つかいそうだなぁ・・・この喜怒哀楽(とほほ)。
2004.06.01
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