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に本能的に高い給料を求めているようだ。そもそも自給自足が社会の根源であり、集団を幸せに生きるために分業と代行が生まれた経緯を考えるとそれは当然に思える。他人にやって欲しい仕事にこそ価値があり、それはまさに上記のようなことだ。
しかし現実の実態社会では、このような給料への願望つまり富の分配は行われていないのは、残念ながら明らかである。エッセンシャルワーカーと呼ばれる方が低賃金である社会構造は誰しも知るところだろう。
社会の参画者として、富の分配を受けているのは参入障壁と既得権を構築した大企業であり、そうした大企業が望む人材やサービスだ。そこで求められるのは個の幸せに直結する仕事をしている人たちではなく、より細分化分業化された役割、先行研究のトレンドを踏まえて己をアップロードし、うまくできる「ように見える」人間だ。
「ように見える」というのがキモで、会って間もない人の本質的な価値を見出すことなどできないのだ。知識はあっても実行力がなかったり、発言は元気でも責任感がなく他人事だったり。企業にとって必要なアウトプット、振る舞い、成長をしてくれる人間かどうか、採用前に見抜く術はあまりないわけだが、残念ながら給与を決める大きな要素は入社した時のレベリングである。「ように見える」人間に富が分配されるとはそういう意味である。不利益変更が禁止された労働法令の元ではそうならざるを得ないし、現実のところ既得権益がマイナスされることに大きな抵抗感があるのが、本質的にな人間心理であるわけだから致し方ない。
社会や企業もそれをわかっているからこそ、なんとか採用前のレベリングに学歴や資格、職歴といったレッテルや肩書きといった説得力を持たせてそこにマーケットを作り出し、それをベンチマークに人を推し量るのだろう。ここまでは人事の世界では主に採用に関する話であり、ようは外部労働市場との接続の話だ。
一方、賃金を決める一つの要素として、組織の内部力学がある。同じ会社で、その会社のプロダクトや組織力学を学んだ人間は価値発揮をしやすくなるし、そうした人間は組織の説得力や信頼性を勝ち得、マネジメントという自分以外のリソースを使いアウトプットを出すポジションにあてられ、経営の一角を担うようになる。その育成ステップを可視化する点で、多くの企業が等級やグレードという概念を使う。等級を上がる仕組みはまだ別の投稿に纏めるが、多くは人事評価という仕組みを使い、内部の人材の貢献度合いを踏まえた昇給をする制度を構築し内部的な労働市場を構築し、その力学で給与が決まる、ということになる。これがもう一つの概念だ。
給与や報酬とはこのように、外部市場と内部力学の二つを重ね合わさて決まっていく。まあ
結局どちらも根底に流れるのは資本を抑えた大企業目線での人材ニーズであり、その時点で資本主義の産物であるし、加えて
①採用時に人の価値を見抜けないことにより、本質価値とはややかけ離れた値札🟰報酬となったり
②組織内の評価の曖昧さにより、本当に価値の高い人に高い報酬がつくとは限らなかったり
するのである。
こんな体たらくでは大企業組織内での納得感ある処遇は難しく、ましてエッセンシャルワーカーの方々が納得できる富の分配など望むべくもない。つまるところかくも価値の指標として欠陥の大きい給与という物差しは、その人の社会貢献価値を推し量る基準としては甚だ不適格なのだ。
まあ累進課税で富の分配を結果的に再調整することで可処分所得ベースで考えるともう少し妥当なところに落ち着いているとは言えるのかもしれないが。
いずれにせよ働く一人として、人事に身を置くものとして、改めてそのように自覚して日々社会や他者に向き合いたいものだ。
マネジメントは、性善説、性悪説どちらで… 2025.07.16