1

倉橋由美子「交歓」がよかった。なんだかなめるように読んでしまった。(ちょっと下品かしら)それほど私の趣味にあっていたのである。というよりこの私の年齢にしてわかる本なのかもしれない。しかし、文学が好きな方には是非お薦めしたいと思う一冊に間違いない。私が太鼓判を押す。感想はちょっと趣向を変えてリンクしていただいているパティさんのサイト「TOMO’S NOTE」に投稿させてもらうということをした。倉橋由美子といえば昔1975年、横浜に住んでいた頃に取っていた朝日新聞の連載記事のひとつが忘れられない。「神奈川50年 文学の風景」として神奈川を舞台にした文学作品、住み付いた作家が与えてくれたもの、感じたものの意味を探る、というコラムだった。沢山の作品、作家の中で倉橋由美子の記事に私は瞠目した。伊勢原市大山のふもとに移り住んだ倉橋さんは、筆を絶っていたのだ。1960年「パルタイ」でデビュー、61年「女流文学賞」62年「第四回田村俊子賞」などの文学賞を取り、絶頂だったろう、なのに「夢の浮橋」を書いた後「私にとっては育児も小説をかくことも片手間には出来ない」と休筆。「パルタイ」の読者が「議論をしたい」と訪ねてきて、子育てに夢中な倉橋さんに「堕落だ」と言ったそうな。違う違う、今にして思えばそれも倉橋由美子流の信念なのだ。そのコラムが印象的だったのは、文学作品が読めなかった私の育児期間とだぶっていたく共鳴したからだ。(私は単に読者たり得なかっただけだから、次元が違うが)「交歓」はその後の作品である。もう少し前に読みたかった。亡くなってしまったではないか!桂子さんというのは「夢の浮橋」「城の中の城」「シュンボシオン」「ポポイ」というシリーズの主人公である。
2005年09月28日
閲覧総数 913
2

今朝、天気雨が何度かぱらついたので、西の空に、なんどもなんども虹がでた。消えがての虹だけれども、何かの予兆とでも感じる、熱い柔らかい心が見上げるこちらにはあった。おりしも『奔馬』を読み終えた。『・・・日輪は瞼の裏に赫奕と昇った』という一文にここで会えるとは。それは私の無知を曝け出している訳だが。こんなくさいことよく書くよなーとは思う、これも匿名だからという気安さがあるのだろうよ。しかし、感動したという事実は本物なのだから。三島由紀夫は『輪廻転生』という途方もない、夢物語を書いているのだが、諸所のリアルさにおいては舌を巻いてしまう。林真理子が『名作読本』で三島の作品はアフォリズム(箴言)がちりばめられている、と書いているが、この夢想的な物語もしかりである。それが私をなお惹きつける。主人公「勲」の信念、理想は若さゆえの孤独に堕ちる。とりまく大人の知恵、論理が淋しくも本当だからか。この矛盾した夢のような現実をきらびやかに描く、リアルに。ここが面白くないわけがない。詳しく書けば歴史観とか人生観に、心を動かされ、うべなったのだけど、省く。読者は副主人公の「本多」の目になってはらはらどきどき、あぶなっかしい情熱は奔流となって次巻へ繋がる、「勲」の「夢」がそれを暗示して…。『暁の寺』が楽しみ~、となる。
2006年03月06日
閲覧総数 551
3

記憶の中のミステリーといおうか、15年振りに学校時代の友人ブランチ・ハガードに会ったことから、するすると過去がよみがえり、疑惑が浮上する。経済力のある弁護士の優しいご主人を持ち、息子、娘2人は立派に成人し、それぞれ独立や結婚している。何の心配もない幸せも幸せのヒロイン、48歳のジョーン・スカダモア。ブランチは学校時代から、奔放な女性。『あたしって、昔から悪趣味だったのよ。考えることが』って、ずばずば本音を。しかしブランチと別れてから、記憶が、『蜥蜴が穴から這い出るように―緑色の蛇がぬらりと胸のうちをのたくって過ぎるように。』『どこからかひょいと現れて』ぞっとしてくる。ブランチの一言で。場所は広い寂しい砂漠の中の中継地、テル・アブ・ハミドという鉄道宿泊所に災害のため、何日も閉じ込められて...。ジョーンは広い広い砂漠のなかで考えに考える。謎は謎を呼び、ご主人のこと、子供達のこと、自分のことに及んで来る。夫が口ずさんだ詩「春にして君を離れ」ってなんだろう、と。果たして...。-----------------アガサ・クリスティの「愛の小説」として、ミステリーじゃないのでメアリ・ウエストマコットの名で出版されたそうだが、ミス・マープル物(私はそれが好み)に繋がっていると思う。ずっと前に読んだ時「自分とは、誰。何処に自分は居るの。どうしてここに居るの。」と、とても印象が深かった。昨日、isemariさんのクリスティ話題に書き込みし、むらむらと今日再読。ちりばめられた言葉がいい。特に、ブランチのセリフが。ブランチ 『あなたって、ちっとも変わっていないのね。どう見たって三十そこそこじゃないの。これまでどうやって暮らしてきたのよ?冷凍庫にでも入ってたの?』ジョーン 『いやぁね。ずっとクレイミンスターよ』ブランチ 『かしこに生まれ、育ち、嫁ぎ、しかしてまたかしこに葬らるか』ジョーン 『でもそれ、そんなに嘆かわしい運命かしら?』(笑)やはり是非、お薦めです。
2004年01月26日
閲覧総数 644
4
![]()
「仏領インドシナを舞台に15歳のときの、金持ちの中国人青年との最初の性愛経験を語った自伝的作品。」(表紙裏より)映画は観ていないが、予告編の雰囲気に記憶があるので、エロティックで妖艶な恋の物語だろうと思っていた。ところがなんと哀しい可憐な少女の心。そして文章の美しさ。インドシナのメコン川デルタ地帯、靄と湿地とのけだるい空気。愛人との出会いの迫力、愛人と過ごす時間の濃密さ。そのひまに見え隠れする少女の家族。その家族の精神のあやうさ、すさまじさ。そして、貧しさの原因。文章が美しいと言ったが翻訳とて、言葉というより構成がいいのかもしれない。一人称、三人称と自在に変わり、情景もめくるめく、時も行ったり来たり、まるでデュラスが思い出を思いつくまましているようにみえて、しかし、印象深い作者の思索。書きたい意欲。みずみずしさ。作者これを書いたとき60歳だったのだ!もうひとつ。この本の表紙、18歳の美少女が作者自身で、みかえしの老いた作者のお顔をみて、のけぞってしまった。そこで、この小説唯一の鍵括弧文、(本文には「...」がない)ある男に話しかけられた。「以前から存じ上げてます。若い頃はおきれいだったと、みなさん言いますが、お若かったときよりいまのほうが、ずっとお美しいと思っています。それを申しあげたかった、若いころのお顔よりいまの顔のほうが私は好きです、嵐のとおりすぎたそのお顔のほうが」が強烈に胸をうつ。「18歳でわたしは年老いた...」というフレーズが。デュラス、解説によると難解らしい。でも読みたくなるではないか。
2006年01月24日
閲覧総数 208
5
![]()
「昭和の作家」探訪の読書、石川達三『青春の蹉跌』時代背景は1960年代後半どっぷり昭和に漬かった、しかし古びていない題材。いつの世も経済的に不如意な青年が、勉学、容姿に自信あり、上昇志向があるとすると、手っ取り早いのは後ろ盾を見つけること。いわゆる「逆玉の輿」を狙うのもその一つ。法律を学んで国家試験を目指している青年が、学費を援助してもらい、その支援者の娘と結婚の運びの実現となったところで、その道は安易ではなくなった。そのつまずきはこっそり付き合っていた元カノが妊娠「生みたい」と言われ、万策尽きて・・・そしてどんでん返し。斎藤美奈子氏が文学論『妊娠小説』で「妊娠サスペンス」と名付けているほどの緊迫感だ。石川氏はけっこう結婚つまずき小説を書いていて(『薔薇と荊の細道』『僕たちの失敗』など)、石川達三の特徴は堅苦しく理詰めと言うけれど、法律を学んでいる青年が主人公のこの小説では、それがよく発揮されていてなかなか読ませるものである。古いからもう読む人もいないのではと思っていたら、昭和4年5月初版のこの文庫本、令和2年3月に76刷だというから。見つけたわたしもびっくり。たぶんこういう状況はこの超現代にも転がっているだろう、だから読み継がれているのだと。
2021年04月10日
閲覧総数 158

![]()
![]()