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2006.09.04
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テーマ: たわごと(27604)
カテゴリ: そのまんま系
この夏、たくさん考えていたのは、古くからの友人のことだったかもしれない。正確には、その友人と自分のことを行ったり来たり、ということかも知れないのだけれど。

友人は癌を宣告された。それが夏の始まりだった。盛夏には余命の話まで出た。それから夏も終わりに近くなって、ようやく抗癌剤投与が始まった。

あまりに急な話だった。友人たちの間にも動揺が走った。私たちは無力ではあるけれど、体を動かし頭を働かせたいと願った。なにかをしていなければ耐え難い、ということだったのかもしれない。
彼は長く独身として暮らし、彼の兄弟たちは東京から遠くにそれぞれの生活を営んでいたので、具体的にすべきことは探せば山ほど見つかった。私たちは必要なことをリストにし、役割を分担し、いくつかの仕事を担った。そのようにして集まった友人は、5年ぶり、あるいは10年ぶりの者もいた。ある女性は夏の休暇をまるまる使って、飛行機で東京にやってきた。友人たちは確実に齢を重ねていて、それぞれに否応なく降り積もった時間を眺めやる、そして思わず顔を見合わせ笑ってしまったりもした。
はじめて知り合う人もいた。私たちが集まる目的ははっきりとしていて、そのためもあって、少しでも時間を共有すると、まるで昔からの知り合いのように話し合った。

当の友人は、そんな私たちを眺めて、あきれたように「まるでイベントだね」なんていう。もちろん居心地の悪い思いもあっての、彼らしい言い方だ。しかしどこかその通りなのだ。私たちは浮き足立ち、ひとりでは耐え難く、彼の周りをただ踊っているようにも感じることがある。

彼の病院やマンションに顔を出した後、私は彼のことを考える。騒がしい私たちが去った後、ひとりになった彼に去来するものはなんだろう。24時間の点滴投与のために浅くなる、その睡眠の合間に思い起こすことはどのようなことか。もとよりそれは知る術もない。本当のところ知りたくもない。

私の思考はどうしても過去に向かう。私たちは、途中空白はあっても何十年来の友人だ。彼はもともと人並み外れた記憶力の持ち主で、彼との昔話になると、自分に都合のよいようにいつの間にか修正された私の記憶は、いつも酷薄に再修正を迫られる。それは気持ちのよい場合もあるけれど、大抵はほろ苦い経験だ。私は何を忘れようとしたのか、そのことに対面せざるを得なくなるからだ。そんなことも、いま懐かしく思い出す。

彼の病の行き先は、本当のところわからない。抗癌剤は劇的な効果を上げるかもしれない。さらに次の治療は、まるで別の生命体のように分裂し増殖を続けるそれに、決定的な打撃を与えることができるかもしれない。(それに誰の命の行き先も、結局のところわからないではないか)。



9月4日午後6時50分の山手線ターミナル駅。JRの改札口を出た人たちの群れは、吸い込まれるようにして、郊外へと向かう私鉄の改札口に流れ込んでいく。私はそれに逆行するように地下鉄の改札口をめざして歩く。これから向かう仕事先のこと、ヤマ場を迎える仕事のこと、今月末の残金、今年後半の仕事、こどものための新しい運動靴をそろそろ買い足さなければならない、そんなこと。それからこの駅の地上に所在なげに佇んでいた黒服の青年たちの群れ、なにを勧誘していたのだろう、彼らは一様に疲労していて、申し訳ないけれど、どこか薄汚れた印象があったこと、そんなこと。それから先ほど通り過ぎた若い女性の胸元に思わず目が吸い寄せられたこと、そしてそうしたときに必ずやってくる哀しみのようなもの、そんなこと。
いつもいつもいつも。

突然叫び出したくなるような静けさ。





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Last updated  2006.09.05 01:00:32
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★みゆきち★@ 性感エステってもったいないよね ムラムラってきたら性感エステに通ってた…
ウラガエル @ お久しぶりです。 suiさん どうされているのでしょう。 …
紫陽花ロック @ 鎧駅は 海に向かって断崖絶壁に駅のホームがあり…
ウラガエル @ そーですか? 育児・子育て きらりさん 「そーです…

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