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これは私ではなく、うちの主人のコト。ゾルゲ事件のことは主人と結婚してから初めて耳にした。ゾルゲとはドイツ人で、戦前に中国や日本で活躍したソ連のスパイだ。その強力な日本人協力者だったのが新聞記者として上海に駐在し、のちに中国政策のブレーンとして内閣に入り込む尾崎秀実(ほつみ)だ。ゾルゲ事件は、太平洋戦争開戦直前に彼らが東京で検挙され、終戦の数カ月前に処刑されて幕を閉じた。尾崎秀実が妻子へ書いた獄中書簡集は、戦後ベストセラーともなった。主人がこの事件と当事者に関心をもつようになったきっかけは、篠田正浩監督の映画「スパイ・ゾルゲ」だ。DVDにはオプションに監督の解説がつき、映画には現われていない史実が豊富に語られていた。当時既に上海に住んでいたこともあり、上海ではじまったこの実話に関心を抱きはじめたというわけだ。しかし忙しい彼にはそれに没頭する暇はなく、せいぜいゾルゲと尾崎の出会いの場所として映画のロケに使われていた「梅龍鎮酒家」に食べに行く程度だった。最近、長年かかったある論文を書き終え、自由時間が出来た彼は「エンターテイメントの読書もしなきゃ。」と言って、片っぱしからゾルゲや尾崎の本を注文した。もちろんアマゾンで、それも空港便で!一度きりではない。あれからもちょくちょくマーケットプレイスで古本を見つけては注文している。古本は海外発送してくれないので、日本にいる母や妹のところに送ってもらって手に入れている。そして最近では尾崎やゾルゲが住んでいたころなどを特定するために上海や東京の古地図にまで手を出している。「これは小説みたいな筋があっておもしろいから」と言って尾崎秀実の知人の回想録を貸してくれた。次女の公文が終わるのを待ちながら読んでみたらなかなかおもしろかった。しかし、「獄中手記」とか尾崎がらみの「開戦前夜の近衛内閣」までくると全然興味がわかない。主人の母と電話で話した時に彼女は言った。「本が届いたから送るね。でも変な本ばっかりだねぇ。そういえばあの子の父親も前にこんなの読んでたわよぉ」父親の影響だったのか・・・。その後、主人の父と電話で話した時に彼は言った。「おおゾルゲか。うちにもいっぱい本あったから送ってあげたのに。うちの出版社にゾルゲの獄中手記の原稿コピーがあったんだよ。そういえば貸出したまま戻ってきてないなぁ。」きっとすでに父親が持っていない本まで買ってるはずなので、それは辞退した。古地図で尾崎秀実の上海時代の住まいや職場の場所を割り出した主人は今朝言った。「今日はちょっと歴史探検の旅に行ってくるから。」だって。やっと時間ができたのに、彼はもうすでに次のプロジェクトを見つけてしまった。
2009年08月08日
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2週間前の皆既日食、結局上海は雨で太陽が月に隠されていく過程は見られなかった。もちろんダイヤモンドリングも。カルフールでは30元のお買い物をすると2元で日食メガネがもらえた。でもすっかり忘れていて私は買うのが間に合わなかった。カルフール内のどこのメガネ屋さんでも売り切れだった。前の週に科学博物館の中を通った時に買っておけばよかったと後悔したが、気を取り直してピンホールを使った観測をすることにして用意した。が、結局雨だったのでそれも用なし。上海で大量に売られたはずの日食メガネはただの記念品となってしまった。実は今年の2月頃、1990年ごろに書いた私のメモが見つかった。「決意のパターン」と書かれたそのカードは私がそのころいつも持ち歩いていたもので、その裏には妹の家の電話番号と、日付と場所が書かれてあった。1991.7.11 ハワイ・メキシコ、1999.8.11 ルクセンブルク・ミュンヘン、2009.7.22 上海。皆既日食の日付だとすぐにわかった。偶然にも上海に住んでいることに驚き、7月22日を心待ちにしていたのだが、あいにくの雨。しかし皆既日食は太陽を見るだけではなかった。中学生のころ科学の先生が部分日食見せるために黒い下敷きのようなもので欠けた太陽を見せてくれた。その時校庭が月夜のように暗くなった光景が今も忘れられない。雨でも暗くなるのを外で体験しようと、子供たちを連れて傘をさし家の前の遊歩道に出た。9時38分に徐々に暗くなってきて9時39分にはすっかり夜のように真っ暗になってしまった。周りの店から出てきた人たちが小さな歓声を上げ、マンションには明かりがともり真夜中のようになった。9時42分を過ぎるとすぐに周りは明るくなりだし、真昼に戻った。次女は、「月が太陽を隠したんだよ」としきりに言っていたが、子供たちはこのことを20年後も覚えているだろうか。
2009年08月05日
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