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☆彡 風 流 に 生 き る ☆彡
風流とはどういうことですか?
今もって風流とはこういうことですよ!!
と説明できるものは、僕は持ち合わせていない。
ある人から「 風流なサイトですねっ 」といわれた。
このサイトが風流なのかどうか自分ではそういうことに
無関心だったからハッとしたことがある。
自分でも「 風流な生活 」にあこがれます。
プロフィールにもそういうことを書いている。
ところが憧れている風流生活とはどういうことを
いうのかについては何も書いていない。
風流の真の意味がわからないからです。
ただあこがれている以上僕なりの風流について
考えていることを書かねばならない。
とりとめのない駄文を書くことにする。
風流と古風は違う。!!
風流といわれる人は日本文化が
好きでなければならない。
日本で生まれ日本で暮らす。
日本のしきたりに愛着があり、
日本の四季折々の景観が心地よい””
と感じる人でないといけない。
秋の風景。・。・。・
黄金色にかがやく田園風景。・。・
実りの秋に稲穂を見て人は何を感じるだろうか?
何を感じるかで風流であるかどうかが決まる。
風流な心を養えば顔も姿勢もかわるのだ。
今一度、風流な心をとりもどそう!!
お酒はたしなみ酒に溺れず。。。
煙草はキッパリやめることが風流心のはじまり!!
それは風流な心に害を及ぼすものであり、
風流心が減退してしまうからなのです。
酒に酔いつぶれて何が風流な心であろうか。
お酒は理性を失うことが多いからほどほどに。・。・。・
まずお酒は風流でもあり、かつ風流を失くす
ものであることを知ってほしい。
煙草は言わずとも健康を害し、煙や臭いは
人を不快にするものです。
自己愛に欠けるものであり、すう人は
まず煙草をやめるべきです。
体に悪いと知りながら煙草をすう人に
風流を語る資格はないといえます。
幸いにも僕は23歳くらいで煙草をやめているし、
酒にも溺れていないからこのように風流について
書くことができる資格があるのです。 (笑)
かっこいい体にはセンスが宿る。
休日をより有意義にすごすためには何よりも
気持ちいい瞬間を獲得するために行動する
ことが大切である。
木々のにおいをかぐ、川の音を聴く、
これがよいのだ。
風流に生きたい。身も心も風流に。。。
僕の風流というそもそもの出合いは居合道であった。
居合道は、誰もがアッという間に刀を抜き、
アッという間に目の前のものを切り、アッという間に
刀を鞘の中におさめる。(納刀という)
これらを想像することであろう。
ただし僕の感じた居合道はそういうものではない。
ゆっくりと相手のことを考えて刀を抜き、
すべては心で刀を抜いて、相手を制してしまう。
すなわち自分の身を守り、相手に対して
気をもって制する刀術であった。
居合道をやってきたおかげで自己の心が
磨かれ日本人として生まれてきたことの
喜びがひしひしとつたわってきた。
居合道は、刀(模造刀であり日本刀ではない)
による侍魂(さむらいだましい)をもつ刀術である。
刀は、自己の性格を円くし、刀の前では自己の
本分がわかってくるのである。
居合道を学ぶことにより古来から伝わる
伝統文化の重さを痛感したのである。
一度道場に入れば身はリンとして刀をもてば
まさしく100分の1でも武士の心持ちが
わかるような気がするのだ。
居合道をやると自己修養ができ、
かつ次のことが学べるのである。
● 羽織・袴の・帯のつけかた。
● 家紋について。
● 扇について
● きんちゃくについて
● 根付について
● 草履について
● 日本刀の名称について
● 序破急について
● 平常心につい
道場で刀を振るとシュッシュッと太刀風がなる。
今まで感じたことのなかった風と刀のふれあう音。
これは空気と刀の抵抗による摩擦の音である。
いわば空気を切っているのである。
まさしくそれは、この世の悪を日本の魂がやどる
刀をもつて切り裂くような感じがするのである。
風流な心を養うのは、居合道をやるのが一番いい。
日本人としての風流心を満喫できるのは居合道だ!!
いまどき、古い平安時代の居合道の話をして・・・
「 おまえは今の時代にそぐわないよ!!」
といわれるかも知れません!!
しかし、そういう人たちは、風流心を味わう
ことのできない人だと僕は思うのです。
古い日本の伝統文化に接することは
風流な心を養ってくれるものです。
古いものに関心もなく興味をもたない人には、
風流という言葉など関係のないことでしょうが。・。・。・
近頃は、ゴルフ・ゴルフ・ゴルフである。
ゴルフをやるためビルの屋上に小さなゴルフコースを
作った会社・企業もあるというではないか。
日本にどれほどのゴルフ場があるのだろうか。
僕の予想では200~400くらいの間だと思うが・・・
日本全国にそれだけゴルフ場があるということは
ゴルフをする人が多いあかしであろう。
僕はかって同僚から「君はゴルフをしないのかネ””」
と聞かれたことがあった。
ゴルフはね~と僕がいうと同僚は。・。・。・
「ゴルフはおもしろくてやっていれば人脈が広がり
何事の交渉にも対人関係の深いつながりが
できると思うんでネ」
そういってクドクドと僕をくどいた。
僕は「ゴルフはやらないんだ””
それより君ー居合道をやってみないかネ””
居合道こそが真の日本人・日本の心、風流心を
養う源なのであってゴルフをやっても風流な心は
養えないよ!!
ゴルフボールに打ち興じることで人脈を
広げられても風流な心は育たないからネ!!」
そういってやったことがある。
緑かがやく芝生の上で風薫るサンサンとした
野外においてゴルフをやって楽しい一日は
過すことができてもそこに風流心などというものは
ないといっていいだろう。
ゴルフは所詮、社交の場であり情報交換の場である。
居合道をはじめ武道においては社交という言葉は
ほとんどないといえる。
居合道でいえば、あるのは自己修養・
自己鍛錬という人生修養の場である。
いかに刀を抜かずして相手を制するかが
居合道の本義である。
ゴルフにはそれら様相を秘めていない。
近代的な趣味であるゴルフに風流な心は
感じられないと思うのです。
風流に生きることが出来なければ日本人では
ないなどと、僕はいっているのではない。
生き方も趣味も信条も生活スタイルは10人10色
であっていいし、それが一番ふさわしいことである。
だが、風流心を持ち得ない日本人が多くなった!!
このことだけは、はっきりいえるかと思うのです。
風流心を学ぶには、居合道からはじめませんか!!
居合道を学ぶことは、神仏を敬うことでもあります。
天上にある大宇宙の運行に自己にある心の気を
合わせて平常心をもちて刀を抜く。
これこそが風流でなくして何であろうか。
僕は俳句もやります。
自分の句に「 風ひとつ風鈴ならす昼寝かな 」
の句があるが、この状況も風流なる
生活かもしれないと思っている。
風流な生活をすれば心は変わる””
僕は毎日電車で通勤したが、風流な思いを
考えることで顔も変化してきたような気がした。
仕事人間として仕事のために命をかけている””
そういっている人、ストレスや人間関係で顔は黒ズミ、
まさに人間的な余裕もその顔からは伺われない人々。
目は相手をにらむ形相である人、悩み苦しみ勇んだ目、
これらは、風流なる顔とはいえないと思う。
風流心を養わないからそういう顔になってしまうのだ。
僕も毎日仕事に疲れ沈痛な顔をして帰路についた。
朝は、ネムイ目をこすりながらバスと電車を乗り継いで
片道1時間20分ほどかけての通勤””
一定の職業賃金を得るために働き、帰りには
カフェや食堂などに立ち寄りでコーヒーを飲み、
また食事をして帰る味気ない日々だった。
それがどうであろう。 ある時から。・。・
風流心をもって社会をながめ風流に生きたい””
風流心をなくさない””という心をもつようになってから
心がやすらぐようになったのだ。
没頭して暮らしていたときより、風流な生活に
夢をみて風流な思いをもって暮らすことで・・・
鏡で見るかぎりいい顔の相になったのを覚えている。
苦悩に満ちたような仕事づらをしていた時より
さわやかな心境で生活できるようになった。
日々の暮らしに風流心をもてば人生は変わる!!
風流心をもてば素直になれる。!!
風流心を養う”” 風流に生きる””
これからの人生を楽しく過していくうえで最も
大切なことではないかと思うようになった。
あの頃の形相は、風流に生きることも知らず
仕事だけが生活のすべてだった感じがする。
あのふくいくとして実る黄金色に輝く稲穂をみると
心おだやかに心やさしくなれるのではないか・・・
また、稲刈りが終わり雀が米をついばむ姿を
みて雀たちが愛しくならないだろうか・・・
すなわち、あるものをみてやさしくなれる。
心おだやかになれる””
これが風流心というものだろう。
さらさらと流れゆく小川をみて心がおだやかになる。
春の野山をみておだやかな心になれる。
これらは風流といえるものである。
大自然にいだく素直な感情がきっと誰にも
あると思うのです。
大自然に立ち向かうことは
風流な心を養うことなのです。
時には、大雨や稲妻や台風や地震など
自然災害を引き起こすものによって
風流心を養うというのだから・・・
おかしなことでもあるのだが。・。・。
登山家が山に登る””
登りきるまでには幾多の厳しい試練がある。
重い荷物・険しい斜面・・・
登山の快楽は、山頂に登って天空に近いところで
山々・雲海をみた時にはじめて心が満たされ
充実感があふれる。
風流心を感じ喜びを感ずるのだ。
寒さや冷たさ・これらの中でも風流心は養うことはできる。
新年の気持ちは、風流心そのものであろう。
路傍に落ちている石ころだって新年は違って見えるもの。
新年の清々しいの中で心豊かに自己を
考えることができるのは風流といえると思う。
風流心で健康になれる””
冷たい風の中、暑い夏の日、
風流心をもって生きていく。
そうすれば自ら心は活き活きとし、快い精神状態で
そういう自然の中でも決して弱音をはくことなく
その厳しさを乗り切ることができるだろう。
21世紀の今こそ新しい時代の自分だけの
風流な心を育てよう!!
IT時代とといわれる現在、パソコンで疲れた精神を
癒してくれるのはどれだけの風流な心を
持つことができるかにかかっている。
自己を変革することはむずかしいことである。
しかし、風流な心を養うことで少しくらいは
改革できることを僕は経験してきた。
それは、最初に述べたように自分にとっては、
居合道であったのだが。・。・。・
自己を変革したい人は風流心を養えばいいのです。
自分の姿、顔も姿勢もそして心までも変える力がある
風流という言葉に親しみをもってほしい!!
風流に歩けば都会の生活ももっと楽しくなる。
風流心をもって過せば対人関係や社会の
厳しさも乗り越えられるのです。
風流について自分が思っていることを
書いてみたのですが何をいっているのか・・・
わからないことでしょう。
わからなくてもそれはそれでいいのです。
本質は、明解に説明できなくとも人には
人それぞれの風流心はあると思いますから・・・
風流心を養う”” 風流に生きることがこれからの
人生を楽しく過していくうえでのキーワードでは
ないかと思うのです。
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