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今日は1月13日。金曜日でしたが何事もなく平穏な一日でした。
しかし4年前のこの日を忘れることは出来ません。当時北軽井沢に住んでいた私は、この年はお正月を東京で過ごすことにして暮れからウイークリーマンションを借りて東京に来ていました。ちょっと電車に乗ればすぐに銀座でも新宿でも行かれて映画は見放題、友達ともすぐに会えて一緒に食事したりお喋りしたり楽しいお正月でした。
16年住んでカフェもやっていた北軽は大好きな場所でしたが、やはり雪道の運転は怖いので、運転せずに済む東京は便利で有難かったのです。たしか1月6日に山川さんご夫妻のスピリットダンスが玉川学園であり、それにも久しぶりに参加しました。終ってから近くの喫茶店に移動し談笑していた時、私の真ん前に座っていらした亜希子さんがいつになくキッパリとした口調で「広瀬さん、もうお店はやめなさい」とおっしゃったのです。
びっくりして生返事をしていると私の隣りに座っていた R 子さんが「でもカフェフルールの酵素玄米は美味しいんですよ」と言いました。すると亜希子さんが「それはお客様のわがまま!」とちょっと強い厳しい声で言われ「もし続けるならお食事はやめてお茶だけになさい」。すると亜希子さんのお隣りで紘矢さんがニコニコしながら「これは精霊が言ってますから」とおっしゃったのです。
その時私は78歳になろうとしていましたから、80歳になったらお店にお世話になった方々をお招きしてサヨナラパーティーをして閉店し、あとはのんびり畑仕事だけして暮らそうなどと思っていたので、まだやめる決心はついていませんでした。
ところがその 1 週間後の13日の夜、国立の二女の家に泊まって娘が敷いてくれたお布団の上でテレビを観た後立ち上がった時、肩にかけていたショールが足にからまって思い切り転んでしまいました。板の間にしたたかに腰を打ち付けた私はそのまま動けなくなり一晩中うつ伏せになったまま一睡も出来ませんでした。
翌14日の朝、大雪の中を救急車で運ばれレントゲンを撮ったら骨折はしていないとのこと。ちょっと動いても痛いので入院をと言いましたが、骨折でなければ入院は出来ませんと言われました。仕方なく福祉タクシーで娘の家に戻り、そのまま1ヶ月ほとんど寝たきり状態になってしまいました。打撲にしてはいつまでも痛いと思ったら、実はその時ヒビが入ってたらしいのです。それでも杖をつけば何とか歩けるようになったのでようやく1か月半ぶりに我が家へ戻りました。
しかしその1週間後今度は本物の骨折になってしまいました。腰椎一番の圧迫骨折に加えて、ようやくヒビがくっつき始めていた恥骨がずれてしまったため又もや救急車。それから5週間は寝たきり、そして東京へ転院、そのまま引っ越し。そのほかにもいろいろあってわが生涯最悪の2年間でした。しかし、まさに亜希子さんに言われた通りになってしまったのです。あまりにも突然の強制終了という形ではありましたけれど。
それから2年後の今、北九州で平穏な毎日を暮らすことになろうとは誰が想像したでしょう。本当に人生は明日のこともわかりません。悪いことも良いことも突然起きるのですね。
起きることには抵抗せず、それをそのまま受け止めて宇宙の采配に従うのがいちばん。さあ、これから何が起きるのか楽しみ、何でも来いという心境です。もう何が起きても驚きません。
ははー、こういう筋書きなのね、って受け止めさえすればいいってことがわかりましたから。
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