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2018年08月17日
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カテゴリ: 日々の暮らし
先日のNHKスペシャル「駅の子の闘い」をご覧になった方いらっしゃいますか?

https://www.facebook.com/gomizeromirai/videos/2321756771197780/?hc_location=ufi

「駅の子」とは戦災孤児のことです。この言葉自体知らない方がほとんどでしょうね。
まだ70年ほどしか経っていない頃の話です。日本中の主要都市がアメリカ軍の空襲で毎晩のように火の海になっていました。その空襲で親を失った子ども達が12万人もいたのです。

私の家も空襲で焼かれましたが、母も私も火の中を逃げ、父は復員して来ましたから孤児にはならずに済みましたが、上野駅の構内に大勢の子ども達が寝ていたのを覚えています。

ほとんどの子どもたちの父親は招集されて、日本中が母子家庭になっていましたから、空襲でその母親を失えば当然子ども達は孤児になります。

家もなく親もなく、行く所がないので駅の中や地下道で、地べたに寝るしかなかった子ども達を「駅の子」とか「浮浪児」と呼んでいました。
食べ物を得るために盗みをしたり、万引きしたりして生きていましたが、中には餓死する子どもも大勢いました。


国民は皆ひもじい思いをしていましたが、食べ物はある所にはちゃんとあったのです。それをこっそり売って大儲けした人たちもいました。

進駐軍がやって来て「東京から浮浪児を一掃しろ」とのお達しがGHQからあって「狩り込み」が行なわれ、子ども達は一部は施設に収容されましたが、檻のようなものに閉じ込められたりした子もいたようです。

番組では出ませんでしたが、施設が足りなくて収容できなかった子ども達はトラックに乗せて山へ「捨てに行った」そうです。ひどい話ですね。

私は未だに日本の政府を許せないし、戦争しておいてその結果に何の責任も取らない日本政府が大嫌いです。国民を大事にしない国は大嫌いです。だから愛国心が持てません。





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最終更新日  2018年08月17日 11時40分27秒
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