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今少年は今天国にいます。

わたしがカンザスに行った時には、すでに亡くなっていました。

あの手袋とジャケットを身に付けて、葬られたそうです。

少年はちょうど10歳でした。
少年が持ちこたえようとベストを尽くしたことは間違いありません。
彼が亡くなった時、両親からだけでなく、血のつながりのないわたしからも、自分が愛されたことを実感していたことだけは確かです。

わたしは彼のことが大好きでした。

愛情をいっぱいに受けたことで「自分がこの世にたった一人で現れ、


と思っていることでしょう。

愛されている実感をもってこの世に生を受け、愛されている実感をもってこの世から去るなら、生きている間に起こるすべてを乗り越えられるのです。


たとえ教授に中傷されたとしても、そう感じないでしょう。
上司にしいたげられようとも、へこたれないでしょう。

会社の同僚に打ち負かされたとしても、成功の喜びを感じられるでしょう。


愛情を受けて育ってきた人を、心から傷つけることはできません。
自分が愛される価値のある人間だという実感をもっているからです。
それ以外の感情はただの包み紙のようなものです。

しかし、愛された記憶がなければ、心を満たすものを求め、
世界中を探し回るようになります。


どんなにお金を稼ごうとも、どんなに有名になろうとも、まだ虚しさを感じることでしょう。



想像してみてください。
ここにアメリカの典型的な1日の特徴を示すデータがあります。
――6人の未成年が自殺をし、12人が銃の犠牲になっています――

いいですか、これは1日当たりの数字で、年間の数ではありません。
399人の子どもたちが薬物中毒で逮捕され、1,352人の赤ちゃんが10代の母親から産まれています。






実際アメリカでは、ほかの先進国と比較にならないほどの暴力行為が多発しています。

アメリカの若者が、心の傷や怒りを表現する方法なのです。

しかし、イギリスの若者の間に、同じ痛みや苦しみがないわけではありません。
調査によると、イギリスでは、1時間に3人の未成年者が、自虐行為――自ら体を傷つけたり、自らやけどをしたり、薬物を過剰に服用したり――をしているそうです。

こうして彼らは、愛されない心の痛みや苦しみを乗り越えようとしているのです。
イギリスでは、1年に一度しか、家族そろって夕食をとれない家庭が20%もあるそうです。1年にたったの一度ですよ!





寝る前の本の読み聞かせという貴重な時間を大切にしていますか。

1980年以降の調査によると、読み聞かせをしてもらっている子どもたちは優れた教養を身につけ、学校でもいい成績を修めています。
しかし、イギリスの2歳から8歳の子どものうち、毎晩本を読み聞かせてもらっているのは33%にも満たないそうです。
今の親たちが子どものころには、75%が本を読み聞かせてもらっていたことを考えると、もっと深刻にとらえなくてはならないでしょう。


この心の痛み、怒り、暴力行為の原因は探るまでもありません。
子どもたちは明らかに、愛してほしいと訴え、関心をもたれないことに体を震わせ、注目してほしいと叫び声をあげているのです。

アメリカの様々な児童保護機関によると、毎年何百万人もの子どもたちが、放っておかれるという形の虐待の犠牲になっているそうです。


放っておかれるという形の虐待。
あらゆる電化製品を完璧に備えた裕福な名声のある家庭の中で起こっています。

両親が帰宅する。でも、本当にうちに帰ってきたのではない。
頭の中はまだ仕事場にある。

じゃあ、子どもたちは?与えられた感情のかけらで間に合わせているだけ。
そして絶え間なく流れるテレビ、コンピュータ・ゲーム、ビデオから得るものは少ない。

なぜわたしが自分の時間や財産の多くを「ヒール・ザ・キッズ」の活動をはじめるために費やすことにしたのか、おわかりでしょう。

わたしは統計の示す悲しい数字に、魂をもぎ取られ、精神を揺さぶられたのです。
私たちの活動の目標は単純です。――親子の絆を取り戻し、関係を修復し、地球の将来を担うすべての子どもたちの進む道を明るく照らすことなのです。


わたしは、今日初めて公に講演をしています。
みなさんに温かく受け入れられ、さらに話をしたいという気持ちになりました。

人にはそれぞれ事情があり、その意味で、統計データが独特の意味をもつこともあります。



子育てはダンスのようだと言われます。
親が足を一歩踏み出すと、子どもも足を踏み出す。
ですから、親が子どもたちのために再び愛を捧げるだけでは、まだ半分しか意味がないのです。子どもの側にも親を再び受け入れるよう準備しなくてはならないのです。



小さいころ、ブラックガールという名の犬を飼っていました。
オオカミとレトリーバーの混血です。

ブラックガールは番犬としての役目を果たさないばかりか、
とても臆病で神経質で、大きな音を立てるトラックや、インディアナ州を通過する雷にもおびえていました。

妹のジャネットとわたしは、ブラックガールをとてもかわいがりましたが、
前の飼い主によって奪われた信頼感を取り戻すことはついにできませんでした。


前の飼い主がブラックガールを虐待していたことを知っていましたが何をしたかは
よくわかりません。

でも何をしていようと、それが原因でブラックガールが健やかな心を失ったのは確かです。
今日、多くの子どもたちは愛に飢えた子犬のようです。


そのような子どもたちは親のことを考えようとしません。
そのままにしておくと、独立心おう盛な子どもに育ちます。

親元から離れ、去っていきます。ひどい場合は、親に恨みや怒りを抱き、その結果、親は自分のまいた種で、自らの首を絞めることになるでしょう。



このような過ちは今日ここにいるだれにもおかして欲しくありません。

ですから、自分が愛されていないと感じても親を許すよう、世界中の子どもたちに呼びかけているのです。今日ここにいる人からはじめましょう。許してあげてください。

もう一度愛する方法を親たちに教えてあげてください。

わたしにはのんびりとした子ども時代がなかったと聞いて、驚く人はいないでしょう。
父とわたしとの間の重圧や緊張は、よく取り上げられます。

父は厳しい人で、小さいころから私たち兄弟がすばらしいアーティストになるよう強要しました。父は愛情を示すのが苦手で、まともに愛していると言われたことは一度もありませんし、褒められたこともありません。ステージで成功をおさめても、まあまあだとしか言ってくれませんでした。



そしてまあまあのステージなら、父は何も言いませんでした。
父は何も増して、わたしたちが仕事上成功することを望んでいるように思われました。

その点における父の力はずば抜けたものでした。
父にはマネージメントの才能があり、そのおかげで、わたしたち兄弟はプロとして成功しました。芸能人として訓練され、わたしは父の指導のもと、敷かれたレールから足を踏み外すことはできませんでした。



でもわたしが本当に欲しかったのは、「お父さん」です。

自分を愛してくれる父親がほしかったんです。

父は愛情を示してくれたことがありませんでした。
目をまっすぐ見つめ好きだと言ってくれたことも、いっしょにゲームをしてくれたこともありませんでした。肩車をしてくれたことも、まくら投げをして遊んだことも、水風船をぶつけあったこともありません。


でも、4歳のころ、小さなカーニバルで、父が私を抱き上げ、ポニーに乗せてくれたという記憶があります。

それはちょっとしたしぐさで、おそらく5分後には、父は忘れてしまったことでしょう。
しかし、その瞬間、わたしの心の特別な場所に、父への思いが焼き付けられました。


子どもとはそんなもので、ちょっとした出来事がとても大きな意味をもつのです。
わたしにとっても、あの一瞬がすべてとなりました。


たった一回の経験でしたが、父に対して、そしてこの世の中に対していい思いを抱いたのです。








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Last updated  2009.12.18 02:43:32


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