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夜わたしは、ポップの聖像(この意味はともかく)としてでなく、



私たちはみな、幼児期の産物です。子ども時代は、人格形成に大きく影響します。
でも、わたしにはすばらしい子ども時代はありませんでした。

両親や周りの大人からの愛情を一身に浴び、最大の心配事といえば月曜日の朝のスペリングテストしかないような、夢中になって遊べるはずの貴重な時期を過ごさずに来てしまいました。


ジャクソン・ファイブをご存じの方は、わたしが若干5歳という年齢でデビューしたことをご存じでしょう。

それ以来、歌い、踊り続けています。

ステージに立っている時や音楽を作り出している時は確かに大きな喜びで満たされていましたが、
小さいころのわたしはそれよりも何よりも普通の少年でいたかったのです。


友だちとかくれんぼしたりしたかったのです。



でも、これはわたしの運命で、周りで遊んでいる子どもたちの笑い声を
うらやむことしかできませんでした。

わたしのプロとしての人生に、息抜きなどありませんでした。

でも、毎週日曜日、「エホバの証人」の行うパイオニアリングと呼ばれる布教活動に通ったものです。
ほかの子どもたちがどう過ごしているのかを間近に見て、
子ども時代の魅力を知ったのはその時でした。

わたしはすでに顔が知れわたっていましたから、大きめの服、かつら、あごひげ、
眼鏡で変装し、南カリフォルニアの郊外で家を一軒一軒訪ねたり、
ショッピングモールを歩き回ったりして、『ものみの塔』という機関誌を配布しました。


わたしは普通の家を訪ね、ふかふかのラグやアームチェアの上で、子どもたちがモノポリーゲームをして遊んだり、

輝く光景を見るのが大好きでした。

そんなたいしたことじゃないじゃないか、と思われるのは知っています。

でも、わたしにとっては、とても魅力的なことでした。
普通の子ども時代を過ごしてこなかったのは自分だけだと思ったものです。

この思いをわかってくれるのは、実際ほんの一握りの人だけだと信じていました。





1930、40年代に活躍した子役スターです。

最初はお互い言葉を交わしませんでした。
ただいっしょに涙を流しました。

シャーリーはごく親しい友人、エリザベス・テイラーや
マコーレ・カルキンにしかわからないような心の痛みをわかってくれたのです。
みなさんの同情を買うために、この話をしたのではありません。

わたしが言いたいのは、子どもらしくない幼児期を過ごしているのは、
ハリウッドの子役たちだけではないということです。

今日、それは世界共通の不幸であり、世界的規模の悲劇です。
現代では、子ども時代が悲惨な状況になってきているのです。

喜びを感じたことのない、権利を与えられない、自由を許されない、子どもらしさを知らないたくさんの子どもたちが生み出されているのです。


今日、子どもたちは早く大人になることを求められます。

子ども時代と言われるこの期間がつらい段階であるかのように我慢し、
できるだけ速やかに通過することを求められます。

この点に関しては、わたしも専門家と名乗れるくらいの経験があります。
わたしたちは、親子関係の断絶を目の当たりに見てきた世代です。

心理学者は、無償の愛を与えられない子どもたちがどうなるのかを扱った多数の本を出しています。無償の愛を注がれず、放っておかれるために、実に多くの子どもたちが、自らの力だけで成長していかなくてはならないのです。


かつて世代間を結びつけた強力なのりがはがれるように、
愛を与えられない子どもたちは、両親、祖父母、ほかの家族たちから
距離を取りつつ成長しています。

こうして、新しい世代――O世代と呼びましょうか――
が生み出されました。O世代はX世代から、バトンを受け取りました。

O世代は富も成功も、きれいな服も、かっこいい車もすべて手に入りますが、
心はやるせなさで満ちた世代です。

彼らの胸の空洞、心の底に広がる荒野、中心にぽっかりあいた空間も、
かつては鼓動や愛で満たされていたはずです。

そして、苦しんでいるのは子どもだけではありません。大人も同じです。
子どもの体をした小さな大人を育てようと努力すればするほど、大人の中の子どもらしさも失われていきます。大人の生活にも、子ども的な部分を必要とする場合がたくさんあるのです。


みなさん、愛は家族にとって、最も貴重な財産であり、豊かな遺産であり、黄金の贈り物です。
世代から世代へと受け継がれていく宝です。昔の人たちには、今わたしたちが手にしているような豊かさはなかったかもしれません。

家には電気も通らず、セントラルヒーティングのない小さな家に
たくさんの子どもたちがひしめきあって暮らしていたことでしょう。

しかし、家は暗くも寒くもありませんでした。
愛の輝きで部屋をともし、温かい心で部屋を暖めました。
富や地位という欲に毒されていない大人たちは、生活の中で子どもたちのことを最優先に考えたのです。


みなさんご存じのように、イギリスとアメリカは、第3代大統領トーマス・ジェファーソンの起草した独立宣言の「譲渡され得ない権利」――生命・自由・幸福の追求――をめぐり争っていました。

2カ国がジェファーソン大統領の主張をめぐり争う中、
子どもたちにも「譲渡され得ない権利」があるということは論議されなかったのです。

これらの権利が徐々にむしばまれていけば、世界中の子どもたちの多くが、
幸福や安全を享受できなくなります。

そこで、すべての家庭に児童権利法案が取り入れられることを強く望みます。
条項を挙げると、


愛される権利。自ら求めずとも。

守られる権利。どんなことがあっても。  

かけがえのない存在だと感じられる権利。何も持たずにこの世に生を受けようとも。  

話を聞いてもらえる権利。大人にはおもしろくない話でも。 

寝る前に読み聞かせをしてもらえる権利。

夕方のニュースや、『イースト・エンダー』(イギリスの家族ドラマ)に時間を取られることなく。   

教育を受ける権利。

学校で銃弾におびえることなく。  

かわいがられる対象となる権利 (たとえ平凡な外見だとしても)。



どの人も、自分が愛される対象であると実感することが、認識の土台、
つまり意識のはじまりなのです。

髪の色が赤か茶色かを知る以前に、肌の色が黒か白かを知る以前に、
どんな宗教に属しているかを知る以前に、自分が愛されていることを実感できなくてはならないのです。


12年ほど前、『バッド』ツアーをはじめようとしたころ、一人の少年が両親とともに、カリフォルニアの自宅を訪ねてきました。
その少年はガンのため、死期が近づいていました。
わたしの音楽、そしてわたしのことがどんなに好きかを語ってくれました。


少年が長くは生きられず、今すぐにでも天国に召される可能性があることを、
彼の両親から聞き、わたしは彼に言いました。

「ねえ、3 カ月後、君の住んでいるカンザスでコンサートをするよ。見に来てほしい。
さあ、ビデオで着たこのジャケットを君にあげよう」。

少年は目を輝かせて言いました。「ぼくにくれるの」。わたしは答えました。

「そうだよ。でも、ツアーの時、着てくるって約束して」。

わたしは少年を持ちこたえさせようとしていたのです。

「ツアーの時、君がこのジャケットを着て、この手袋をはめている姿を見たいんだ」。

そうわたしは言い、ラインストーンの手袋を少年にあげました。――以来、ラインストーンの手袋は二度と人にあげていません。






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Last updated  2009.12.18 02:41:52


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