記憶の記録

2009.07.03
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カテゴリ: 住宅革命
別れ

 調査報告書と改善計画を渡してしまうと、僕の仕事は終わってしまう。
そうなればもう、田村京子と会うことも無いだろう。
<シード、それでいいのか?>
(いいはずないじゃないか!)
<なら、なんとかしろよ!「好きです!」とか、直球勝負が男らしいぞ!>
(いやー、それはまだ)
 頭の中では、自分と悪魔いや天使が終わりのないやり取りをしている。
 ぼくは、仕事では、決断力のある男だと自覚しているが、こと人間関係となるとからっきしなのだ。

(さみしい・・)

 田村京子のことを、頭から無理やり切り捨てようとしている僕は、大脳の前頭葉が既にパニックで、扁桃体や視床下部が無意識に抵抗している。
それでも、口からは、別れの挨拶が自動的に出るのだった。

「みなさん、ありがとうございました。僕の仕事は、ここまでです。今回の仕事は調査していて、とても勉強になりました。これからの仕事に絶対生かします。本当にありが・・」
「シードさん!」
田村京子が僕の話をさえぎった。
「シードさん、ここまで!なんて、無責任すぎます。最後まで見届けてください。」
つぶらな目が少し涙ぐみ、抗議するように言った。そして、
「この家の改修が終わるまでシードさんがきちんと管理してくれなかったら、誰にもチェックできないじゃないですか。業者の手配から現場監督まで、あなたがやってく・だ・さ・い・ね! まず手始めに、見積書を作ってください。そう簡単には逃がさないんだから!」

 青天の霹靂だった。
田村京子は、僕にとって一番嬉しい申し出をしてくれた。仕事までもらえて、またここに来ることができるのだ。(これが映画だったら、二人は見つめあって、そして抱き合うのだろうなあ)などと、僕は、妄想にとらわれながらも、体が本能の命ずる動きをすることを必死で抑えた。


田村京子は、こくりと頷きながら、
「あなた以外にそれが出来る人を知りませんから。」と笑顔で言った。
僕が生まれて始めて見る、究極の笑顔だ。
男が動くためのエンジンは、信念や家族愛だと思っている。そしてエネルギーは、好きな人の笑顔だなと、たった今理解した。しかもこのエネルギーはエントロピーを消し去ってしまう。まさに究極の環境負荷ゼロエネルギーだ。

「ありがとうございます。喜んでやらせていただきます。ぼくも、またこの家で働くことが出来てもう、めちゃくちゃ嬉しいです。」

「それでは、お見積書は後日お届けします。工事のスタッフも最強のメンバーをそろえますからね。」と結んで、田村家を後にした。

 駅に向かうプリウスの中で、田村京子はもう一つ嬉しい提案をしてくれた。
「シードさん、お急ぎでなかったらこの間のイタリアンレストランでランチしていきません?」
(もうなんて嬉しいことになっているんだろう)
「はっ、はい!喜んで!」
僕は、運転席の田村京子からは死角の左手でガッツポーズを決めた。明日は、愛知へ飛ばされ、世にも難解な調査が待っているとも知らずに・・・


『赤い十字架』扁  おわり


次回 愛知県 吉良町を舞台に展開する新シリーズに、請うご期待 





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Last updated  2009.07.03 08:41:00
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