記憶の記録

2009.07.30
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カテゴリ: 住宅革命
「シードさん」 と、田代克也が話し始めた。

「あなた!」
亭主の言葉をさえぎるように田代直美が言ったが、
「お前は黙ってろ!」の一言で口をつぐんでしまった。

(この男、僕の話を聞いていたのだろうか、大体の事は解ったと言いながら、いったい何が解ったのだろう。問題なのは家族の健康なのに・・)
僕は自分の心境が顔に出ないように注意しながら、
「もしも裁判という事になれば、僕の報告書は法的証拠物件として採用されるかもしれません。ですから、真実のみを記述しなければならず、そうしなければ田代さんのご家族が今後、健康にあの家に暮らしていくための解決策を示すことも出来なくなるでしょう。もちろん、真実と違う事を書けば、偽装として僕も田代さんも法的責任を問われることになります。今、大切なのは、誰かを訴えることではなく、あの家に田代さんご家族が健康に住めるような対策を立てることではないでしょうか。前向きに生きていくための助言であれば、全力で協力させていただきます。」
「ありがとうございます。よろしくおねがいいたします。」

「おまえはだまってい」と言いかけた亭主を
「あなたは黙っていて!」
田代直美は毅然とした態度で制した。その顔には家族の健康を守る使命が自分にあるのだという強い意思が現れていた。金銭的な損得よりも、これからずっと家族が健康に楽しく暮らしていける事がどんなに大切なことか、彼女は理解していた。

「シードさん。私たちはあの家に住めるようになるのですか?」
彼女のほうが百万倍前向きだった。いざとなったときの決断力は男性より女性のほうが早いのかもしれない。いや、田代直美が特別なのか・・・

「大丈夫です。何とかなるでしょう。せっかく作り上げたかわいらしい家があのまま住めなくなってしまったら田代さんご家族だけでなく、あの家もあの家を作った建築家も悲しむでしょう。改善案を含めた調査報告書をまとめますから、しばらく時間を下さい。」

「ちょっと待ってくれよ、調査を依頼したのはオレなんだ。勝手な事を言ってるんじゃない!」
田代克也は自制心を失いかけていた。こうなったら退散するしかない。夫婦で意見が違っていては、こちらの出る幕は無い。しばらく放置すれば意見を統一する事が出来るだろう。
少し落ち着いて、普通の判断力を取り戻せば、正しい決定をする筈だ。
なにしろ田代直美がいるのだ、大丈夫だろう。

「調査報告書は後日、郵送させていただきます。美味しいカレー、ありがとうございました。」と言い捨て、僕は若い家族の住むアパートを脱出した。

何処かで虫が鳴いている。
(良いところだなー吉良は、こんなところに住みたいなー)とつぶやき、田村京子の顔を思い出しながら、海沿いの道を幽霊屋敷のような宿に向かってゆっくりと歩いたのだった。

つづく






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Last updated  2009.07.30 20:27:52
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