鬼子母神は、始めはインドでは夜叉神の娘で訶梨帝母(ハーリティー)と呼ばれていました。嫁して多く千人の子供を産み ましたが、その性質はこの上なく暴虐で、近隣の幼児をとって食べ、民衆からは大変恐れ憎み仏陀に救いを求め、それ故釈尊は、その末子を隠してしまうことに なります。訶梨帝母の嘆き悲しむ様は尋常でなく釈尊に哀れみを請うと、釈尊は「千人の中の一子を失うもかくの如し。況や、人の一子を食らうとき、その父母 の嘆きや如何」と戒めました。そこで夜叉神の娘は初めて自己の過ちを悟り、釈迦に帰依し、その後は仏法の守護神として安産・子育の神となることを誓い、 人々に尊崇されるに到ります。
ハーリティーは初期の仏教説話に登場するとともに、ガンダーラ美術に多くの像が見受けられます。恐らくは中央アジ アにあって聖母マリア信仰と習合し、慈母観音・鬼子母神として求児・男女の産み分け・安産・育児の祈願をかなえる仏様として崇められています。拝観で十字 をきっても咎められない筈です。

PR
サイド自由欄
キーワードサーチ
フリーページ