Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2013年05月23日
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カテゴリ: 夢有無有
「時間」を紐解く(67)私見-時間観(十三)ゼノンの飛ぶ矢の矛盾の3
 ゼノンは、「飛ぶ矢」の第四定義では、4;飛んでいるあいだの時間は、そのあいだの瞬間から成り立っている。と述べていますが、これはアリストテレスが指摘するが如く、過去と未来を分かつ限界、幅を持たない「今」が、時間の限界である「瞬間」であって、本来的な「今(瞬間)」とは時間それ自体の部分ではない。時間は今の集合体ではなく、「今」は無数にあり続けるか、「今」が単一体で在り続けるのどちらかです。それは時間線上の未来と過去を分かつ幅を持たない時点であり、それ自体の「今」が消え去って、次々と現出するには矛盾が伴います。或る「今」が存在するとは、現に消滅しないで居ることをいうのですから。時間の限界としての瞬間である「今は」どんなに接近しても更にそのあいだには、「今」である限界としての瞬間が存在し、点と点とが繋がることは有り得ません。複数の相異なる「今」があるとした場合は、次々に消え去っては現出することも有り得ないし、複数の相異なる「今」が同時に存在するのも考え難い。同時に一遍に存在するならば、同時性・一挙性に於けるただ一つの「今」、絶対存在者の時間を俯瞰する瞬間の「今」神の永遠を考えなければならないでしょう。また、同一不変の「今」を単一とすると、其の中ではすべての出来事が一遍に存在することになり、絶対存在者である神の「瞬間」が現れ、出来事どうしの時間的順序関係は消え去ってしまいます。これでは「今」という瞬間が、複数あるにしても単一であるにしても、絶対存在者である神を考慮する以外に選択肢が無くなってしまいます。この様な事態に陥るのは、新たな出来事の方が、未来から迎え来て、過去へと逃れ去る軌跡は唯一無二であるとして、通過していく位置の方が複数あることを区別していないことから生じています。つまりは時間は瞬間から成り立ってはいないことになります。第五の定義;ゆえに、矢は飛んでいるあいだじゅう静止している。というのは、矢が或る位置から別の位置へ移動する作用とは、意識的な観察者にしかみえない、いわば心的統合の成せるわざであって、時間が人間の表象に過ぎないことの証にもなります。

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最終更新日  2013年05月23日 06時10分08秒
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