Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2013年06月13日
XML
カテゴリ: 夢有無有
「時間」を紐解く(77)認識論-時間観(一)バシュラール
 G・バシュラール(Gaston Bachelard:1884-1962)というベルクソンと同じフランス人である哲学者は、科学を主題とした認識論、および詩的イメージを論じた詩学において独創的な主張を展開した思想家と見なされている。バシュラールは科学を主題とした認識論、および詩的イメージを論じた詩学において独創的な主張を展開した思想家と見なされている。しかし、これまであまり注目されることはなかったが、バシュラールは1930年代に時間を主題としたいくつかの論考を残している。バシュラールは時間をめぐる議論において、時間の本質を「持続」に求めるベルクソンに異を唱え、時間の本質を「継起」する「瞬間」に求めるガストン・ルプネルに賛同します。ただし、その論拠として一つは「瞬間」の概念、切断されたもの、否定されたもののなかにこそ創造性が見出せるという主張であることに注意が必要です。この主張は切断されたもの、否定されたもの同士の関係と、それによって生まれる創造性への着眼にあって、「瞬間」においてのみ創造性が可能になることを指摘しています。科学に対する批判的態度を背景に持つベルクソンの時間論に対し、多少の無理をしてでもバシュラールが反対しなければならなかった理由は、時間の問題を論じる以前から、哲学の一部門である存在論ないし形而上学と並ぶ哲学の主要な一部門とされ、知識論(英:theory of knowledge)とも呼ばれる認識論を展開していた彼にとって、科学こそが真正な認識方法であるということを、譲ることのできない前提としていたからです。時間をめぐる議論が認識論と連動していることからも解るとおり、認識論的切断、実験への理論負荷性、認識論的障害といったバシュラールの認識論の主要な概念は時間をめぐる議論と論点を多くを共有しており、しかもそれらの概念は、実は時間をめぐる議論が活発になる1930年代を境として、後世に於いて一層重んじられるようになっていきます。しかしながら、現代においては、多くの場面で、認識論的問題が主題として取り上げられていますが、哲学においては、常に存在論的前提が認識論を可能とし、同時に認識論が存在論を肯定あるいは否定し、更には新たに存在論を構成するという緊密な関係にあることを念頭に検討することが必用でしょう。くわえて存在論における問題が全て個別科学に還元されている訳ではなく、哲学的存在論は哲学的認識論と共にその存在意義を失うことにはならないことには考慮すべきでしょう。現実を理解することにおいて哲学が依然として重要で魅力ある学問であること、時代が混迷するとき哲学が常に要求されるのも、不死鳥のように蘇るのも当然の理である筈です。

Gaston-Bachelard1 ブログランキング・にほんブログ村へ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013年06月13日 06時16分55秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: