Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2014年03月01日
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カテゴリ: 夢有無有
「直覚霊知」142直覚霊知への形象を描く(秘学論理)
 自己の内的な精神を、霊覚意識である霊魂状態を知るに至るへの意識状態にまで高めるには、夢幻状態ではなく、禅道や瞑想であれ覚醒時の意識からしか始められません。霊魂そのものは其の高まりを待つて、突然に現出するものではなく、絶えざる日常生活の中でも生きているのは言うまでもありません。ただ、人間の直覚霊知への行を通して、自己を日常生活から引き離し、普段は気付かない霊魂に向き合う機会が与えられるわけです。禅道や瞑想は人生の通常生活の営みの有り様を離れ、静かな営みとしての精神内部での特定の形象に没頭することによって行われます。その場合の形象は、其の内容を通して人間の普段時には隠された能力を引き出す能力を持ったものでならないのは言わずもがなです。反して、人間の普段時の覚醒時の意識活動は、外的事物の再現という課題が与えられています。其の課題が果たされれば果たされる程、其の意識内容が真実に近づくことになります。即ち、外的事物の再現という意識活動は、意識内容が外的事物の真実の形象に近づくことが課題だと言えます。一方、直覚霊知への目標に向かう意識活動の没頭すべき形象は、外的事物の再現という形象に近づくというような課題とは違い、其の形象は外なるものを映し出すのではなく自己の内なる霊性に働きかけることの出来る、象徴的な形象・表象を持たなければなりません。その表象は各自の適正にあったもので良いわけです。何故なら、其の形象を描く目的は、其のものに意識を一極集中させ、他の何ものの意識をも排除して、其の意識の中に含ませなくして霊性を直感することだけが目標とするものであり、内的事実を探求する精神作用だからその対象とする形象は云わば其れに適ったものであれば、各々各自の自由意志が表象するもので構わないのです。

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最終更新日  2014年03月01日 06時45分42秒
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