Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年02月21日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/イマヌエル・カント-18(三百七十)
 カントの二律背反の思考論理は一方に定立して在ると捉えるものを、対象的な軸を位相となすものを併存させます。四つで構成されるアンチノミー、時間と空間に関する宇宙の限界、全ては分割不可能な原子から構成されている現在の素粒子論の先駆に対して、実際にはそのようなものは存在しないという理論、普遍的な因果性に関する自由の問題、必然的な存在者の実在を、カントの「純粋理性」は経験的なものに対して、定立命題と反定立命題として、矛盾を提出します。では此の矛盾は何に由来するのか、其の不条理性をカントは、人間の知覚出来得る総ての物事、人間界や自然界に象形されるもの「現象体(phenomenon)」とカント哲学ででいう純粋理性にとってのみ対象となり得る現象がその感覚内容の基礎とか原因として関係しているもので,そのままでは経験できない「英知体 (noumenon) 」の領域を混同することから生じるとします。事実カントは如何なる合理的な説明可能な宇宙論は有り得ないしま不可能としています。例えば「無限の何かが在る」という語彙は矛盾を含み、たとえ、微積分学で無限小が用いられていようと、其れは数学上の図式であり現実とは相容れない。カントにとっては我々人間の経験する現象世界は有限其のものであり、無限なのは「物自体」の異相の世界だとします。此のカントの数学的無限と現実的無限の区別は、アリストテレスの可能的無限と現実的無限の区別に対応するものであり、後のヒルベルトやウィトゲンシュタインも無限についてのカントの区別を受け継いでいますが、何れの達人も宗教上の神は兎も角も、絶対的存在をば否定はしません。其のこと故に、人間精神の奥底に眠る「物自体」に感応する外感覚的で物理的な事象を離れた、人間の経験する能力はスピノザの定義する「神」の様態の延長であり「霊魂」は其のことに根拠を持ちます。「神」が「不始不終」の存在有ならば、人間の内底に潜む延長様態として精神を霊魂の高みに上げた人間はカントの不可能を覆すことになります。人間の霊魂を高めて「物自体」に感応出来得ることを覚る精神ならば「輪廻」は不論のものであり、自ら理法に吸収されることは不条理とはいえないとも考察します。
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最終更新日  2016年02月21日 13時31分40秒
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