Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年03月04日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/イマヌエル・カント-29(三百八十一)
 カントの認識に先立つ「経験」は、通俗的解釈では、生物なかでも本能的ではなく思惟出来得る生物、とりわけ、人間が外環境から感覚器官を通して捉えられた感覚を言いますが、だが、感覚だけでは、瞬間的で個別的な偶然性であるに過ぎません。内省を通じて通じて得るもの、およびその獲得の過程を言っています。同類の言葉に日常的な事柄については「体験してみて分かる」「はじめての体験」などと経験と相通じて用いられる。「体験」がありますが、「経験」は体験よりも間接的で公共的及び理知的な含みをもち、因果発生的定義では経験の成立の説明が心理学や大脳生理学その他の諸科学の立場から重要視されます。然し乍ら、経験も認識や知識の一要因であるからには、哲学的にも、古来より認識論の根本概念として重要視されてきました。とりわけ近世以降は観察や実験を重視する科学の方法や理論が発展し、認識論が哲学の中心課題となるにつれて、「経験」は活発な論議の的となり、また「経験論」の有力な思考傾向が生まれます。経験をめぐる認識論の根本問題は、一方では経験が多少とも主観的、相対的であるのに、他方では、経験を一部に含む学問理論などの知識が客観的、必然的、公共的であるという事実をいかに説明するかにあり、近代理性論や一般に観念論の立場からは、知識の確実性の根拠を理性や先験的基準に求めて、経験を知識における消極的契機と考え、対する経験論の立場からは、経験を全認識の源泉とは考えつつも、経験のその結果は知識の確実性を疑う懐疑主義や相対主義に陥る危険があるとします。カントは認識に先立つ「経験」は「認識」の起源および所与として経験を不可欠とは考察するも、知識の必然性の根拠を主観の先天的形成に求めて、両者の不可分な結合である現象界を認識理論の領域と考え、理性論、経験論の総合を試みます。人間には本来的に先天的悟性概念「12の範疇」が備わり此れを用いて、初めて必然的で普遍的な判断を下し得るとします。此の思考には人間が経験しようのない「神」或いは「世界意思」は除外されていますが先駆的より高次の認識能力である様態としての人間の生得の霊性までをも否定するまでに至っていないのには安堵感を覚えます。
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最終更新日  2016年03月04日 06時37分20秒
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