Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年11月28日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/プラグラティズム13(六百十二)
 抽象概念に対するプラグマティズムのなかでも、取り分け、デューイの思考方法で、自身をプラグマティストとは考えずに、「道具主義」と称した「概念道具説」または「概念器具説」と訳されるものは、デューイによると、概念はプラトンのイデア論で語られる超越的で永遠、不動の存在や、カントの範疇(はんちゅう)のように、主観の先験的な形式でなく、また、イギリス古典経験論のいうように、外界からの受動的観念やイメージおよびそれらのモザイク的な構成物でもない。それは、人間の環境への順応という実際の経験の過程で形成されて、実験的に対象に適用され、その成果の効用によって是非が判定されるべき道具、手段である。そこから見いだされる概念は、観想の静止的対象でなく、実践的活動の過程で使用され、絶えず修正、廃棄、創造されるべき指針としてある。以上は、プラグマティズムの実験的経験主義の主張、理論と実践の連続的な把握、認識を生物体と環境との相関関係においてみる考え方などの伝統を概念に適用した結果である。此の文言を字句通りに受け止め分析すれば、生物体と環境との相関関係を優先していることに驚かされます。デューイはプラグラティズムを自身の教育論に当て嵌め、ヘーゲルの影響から、プラグマティズムの多元主義にも相対主義には偏らず、プラグマティズムを独自の観念で捉え、絶対的に正確な「真理」や「知識」を求めることは教条主義的、所謂ドグマであり、「真理」とは其れよりは寧ろ「人々にとってより好ましく信じられるもの」として、その社会的機能や社会関係のなかに於ける知識理論を構築します。其のことに対しては、より相応しいアプローチとして、間違えることや紆余曲折を積極的に評価するより複合的なアプローチとしての「可謬主義」を唱えます。宗教的な制度や実践が人間生活において果たす役割を認識を、単に否定せずに、「有神論者」の云うところの「神存在」、静的な観念への信仰を拒絶します。デューイは科学的方法のみが人間の善を齎すことを信念とします。「神とは、我々を欲望や行為に駆り立てる観念的な目的の統一である」とした。謂わば人間精神が「神」を創造させることになります。デューイの特異なところは「教育哲学」なる応用的哲学を創始し、教育に携わるものが如何に形式化したもので子弟を退屈化させ煩わしているかを説き、実践を数式化することで学びの道をプラグラティズムを「道具化」して容易にさせるかを論理で諭します。教育には教条主義は子供が自ら選択した神学校であれば此の論理は働かないにしても教育を受けいる子弟の自由発想には恩恵を齎すことは、政治体制からの偏向教育を史的観念からも事実でしょう。
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最終更新日  2016年11月28日 06時40分45秒
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