「思考と直覚」人間の霊魂を思考/サルトル43/ニーチェ12(六百五十九) ニーチェは、病気の療養のため最適な気候環境を求めてさまざまに町や都市を選択、夏はスイスのサンモリッツ等々に国を問わず療養しています。ナウムブルクの家族の故郷のもとへも顔も出しましたが、兄の宣伝において主導的な役割を演じたものの、彼の思想の一部分を歪めてしまった妹エリーザベトとの間で衝突を繰り返すことが多く気は休まらなかったようです。妹エリーザベトといえば、本名はテレーゼ・エリーザベト・アレクサンドラ・フェルスター=ニーチェ(Therese Elisabeth Alexandra Förster-Nietzsche/1846-1935年)で、生粋のドイツ民族主義者で反ユダヤ主義者ですが、当時は、兄が病に苦しんではいたものの、漸々(ようよう)に、その著作は全欧でも読まれ始め、注目の的になり始めます。ために、エリーザベトは兄の宣伝において主導的な役割を演じてはいたものの、兄の本意までには至らず彼の思想の一部分を歪めてしまったことにも解る通りニーチェ自身の思考を認識するまでには至らなかったようです。 cap-hiroのプロフィール 哲学・思想 ブログランキングへ