Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年01月29日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/時間概念を観想7(六百七十三)
 ビッグバンを起点にして大宇宙の創造が始まったにしても、人間身体の一部の頭脳にして精神である理性もってしても其れを認識し、ましてや見聞することは有り得ません。人類には、宗教的な体裁を帯びる仏教哲学を除けば、観相することは成し得ませんでした。大乗仏教哲学の創始者「龍樹(ナーガールジュナ)」のみが、人間の心の倫理的実存、即ち内精神を鑑み「時間の流れ」其のものを否定します。彼の著「空論」から類推して大宇宙を発生させた「ビッグバン」は有と無を離れたものだとしても「今」現在には「ビッグバン」其のものは大宇宙には存在しないし、人間の論理的実存が描く未来にも存在しない。「今」にしても流れる「一瞬」と考察しても時は止まらない。人間の思考する時間は始まりもなく終末もない、まして、時刻の一点などは人間の精神の環境的対応であり、砂上の楼閣だと決めつけます。然し乍ら、此のことは「コアの爆発(Bigbang)の重力子の海が空間の創生や働きがけは当然ながら考慮はされてはいません。但し、龍樹が世祖として崇める{仏祖シッダルタ」同様に、世界に過去や現在及び未来の物理的世界の運動を否定したのではなく、其のことに囚われる人間精神の愚かさを説くのだとすれば、世界存在、将又、世界内空間に実存するもの全てを変化するものとは認識しています。人間の考察とは異次元にあり、世界に過去や現在及び未来の物理的世界の運動を否定したのではなく、其のことに囚われる人間精神の愚かさを説くのであり、世界存在、将又、世界内空間に実存するもの全てを變化(へんげ)するものとは捉えますが時間に対しては異論を述べます。龍樹の説く「空の論理」が浮上します。時間を変化としても捉えない世界とは如何なるものでしょう。思い浮かぶのはベルグソン等が説く「神の永遠の瞬間」「瞬間の無限」しか思い付かないのが当然の帰結です。現代科学理論からみれば龍樹が「思考」で描いた空理論は「無から有」や「有から無}の変動理論を知らないのだからから当然ですが、現代科学を以ってしても「時間」を物質的量子の変動や原子とは捉えられず「時間因子」という心許ない答が顕れます。
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最終更新日  2017年01月29日 06時55分22秒
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