Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年10月02日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/スピノザ131
 世界若しくは大宇宙である存在全般に疑問を感じれば誰しもが須らく(すべからく)、自らの問いの解答を欲します。其の問い掛けとは、自己が今現在持つ問いは、現在的には不可能だが何(いず)れはテクノロジーの進歩が解決するであろうとする楽観論。世界の根源(こんげん)は不可触なるが故に余儀なく他に取る手段がなく、 そうせざるを得ない場面に使うような言葉が当て嵌まります。目的のためにどうしても必要なものや、必ずやらなければならないことを表す言葉、世俗的にいえば、例えば「ヤルッキャない」の象徴天皇制を積極的に支持する立場であった第68代衆議院議長土井たか子女史は楽観主義者に妥当します。片や世界は人間には永遠に不可知とする悲観論があります。世界若しくは大宇宙は人間には永遠に不可知とする立場、ハイデッガーの神の見えざる手は人間不可触の問題であり、世界若しくは大宇宙である存在を問うこと自体が無意味であり解答を求めることに値しないとする悲観論者、将又、抑々(そもそも)が世界の成り立ちと其の終結は「無が不可能であること」を示そうという論証である。言い換えると、必ず存在するもの(必然的存在者)がある、よって無は不可能、つまり「は何かがある」のは必然、こういう形が目指される。この形で最もよく議論されてきたのは神である。其れは人間内面思考であって世界の成り立ちには関与しない棄却主義が浮上します。必然的存在者(Necessary existence)による論証とは、少なくとも何か一つ「存在しなければならないもの」があると言うことで、「無が不可能であること」を示そうという論証である。つまり、必ず存在するもの「必然的存在者」がある、其の則に則って無は不可能、つまりは「何かがある」のは必然、こういう形が目指される。この形で最もよく議論されてきたのは神である。そして次に数学的対象もしくは数学的プラトン世界ですが、何も無いような状態など実現不可能であるということでしょうが21世紀の物理学理論は何も無いところから観測上の状態で「無から有ともに有から無」の素粒子段階ではあるものの無と有(此処では在る)を観測しています。「無」は何もないは「有」に対抗する対立存在ではなく「有」に含有されているものと認識しなければ此れからの世界を把握することは不可能事です。
土井たか子1

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最終更新日  2017年10月02日 06時27分49秒
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