Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2018年05月31日
XML
カテゴリ: 夢有無有
「霊魂論」神秘学72
 おそらくインダス文明の都市設計に関与したのは、イランに存在したトランス・エラム文明です。此の文明はスーサを首都に置き、メソポタミア文明から穀物を輸入し、東方で採掘した鉱物を輸出していました。 ところが、トランス・エラム文明は紀元前27世紀の末に、シュメール人の都市国家の一つであるキシュに首都のスーサを奪われてしまい、エラム文明は、首都を奥地のシャハダードに移転、メソポタミア文明との交易を続けながらも、新たな穀物の輸入先を求めてインダス川流域に、第二のメソポタミア文明を現地人に作らせたと考えられるのが自然でしょう。事実、この国の特産品であるクロライト製容器が、インダス川河口付近の湾岸やモエンジョ・ダロ遺跡の下層から見つかっています。このことは、インダス文明成立以前に、トランス・エラム文明の商人がインダス川流域を訪れ、交易を行ったことを示唆しており、絶対性国家ではなく自由都市オランダのような商用国家を造った可能性もあり得ます。然し乍ら、此のことがインダス文明を決して他律的に形成されたことを決めつける訳には行きません。現地地圏人には、都市文明を創るを得ざるをえない事情があったと推測されます。所謂四大文明は、BC3500年頃のヒプシサーマル期終焉に伴う北緯35度以南の寒冷化と乾燥化が人々を大河に集中させることで発生していました。インドの乾燥化と寒冷化は、BC2300年ごろからと其れよりはやや遅く訪れます。その結果が、インダス文明がメソポタミア文明よりもスタートが1000年以上遅くなった因とも観想出来得ます。メソポタミアの都市は長いしかしながら、インダス文明は、決して他律的に形成されたわけではない。現地人には、都市文明を作らざるをえない事情があった。所謂四大文明は、BC3500年頃のヒプシサーマル期終焉に伴う北緯35度以南の寒冷化と乾燥化が人々を大河に集中させることで発生した。インドの乾燥化と寒冷化は、BC2300年ごろからとやや遅く、その結果、インダス文明は、メソポタミア文明よりもスタートが1000年以上遅くなった。メソポタミアの都市を長い歴史を持つ東京の下町に喩えるならば、インダス文明の都市は多摩ニュータウンである。後発故に、先陣の都市建設・都市問題の知識を学んで、下水道完備の理想的な計画都市を造ることが出来得たのでしょう。



哲学・思想 ブログランキングへ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2018年05月31日 07時48分50秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: