Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2018年08月21日
XML
カテゴリ: 夢有無有
「霊魂論」神秘学152
 ヨーガにおいても解脱とは輪廻転生からの解放「真我」は、即ち世界の理法である「神の我」との合弁を意味します。但し、仏法との相違は敢(あく)まで自我の深層に眠る「真我」を追求することにより解脱を得て「神我」と融合することに目的が定まっています。ゴータマ・シッダールタの思考は此れに時間観念を導入したことに特異性が認められます。「過去を追うな。未来を願うな。過去は既に捨てられた。そして未来は未だやっては来ない。其れ故に現在の事共を、其れが在るところにおいて観察し、揺るぐことなく動ずることなく、よく見極めて実践せよ。只々今日成すべきことを熱心に成せ。」と述べたとされるが、ギリシア最大の哲人ソクラテスや中国の孔子と同様に自らは著作を残さず伝聞記述であるため私感が入り込み其の儘に受け入れ難いこともありますが、原始仏教の教説の卑近な喩え等々で、其の都度、臨機応変に其々の場に相応に適した教えを説いた相手の精神的能力である機根や性質などに応じてそれに相応しい手段で説法する対機説法を記述すると云うよりは記録した上座仏教の教説には一応の信頼が置けます。詰まりは、釈尊は医者が患者の病気に応じて薬を与えるのを,仏が教えを受ける人間の素質・資性・能力・要求に応じて法を説くことにたとえた「応病与薬」の医者の王であり、病を煩悩に喩え、薬を法に喩えとする「大般涅槃経」第25はまさに釈迦の説法の仕様であり工夫でであったのでしょう。「覚り」とは直覚するものであり、結果は表意することは出来ても、アルキメデスが発見した物理学の法則で「流体中の物体は、その物体が押しのけている流体の重さ(重量)と同じ大きさで上向きの浮力を受ける」という結果は表意することは出来ても、何に故を以って覚醒したのかと同様に、言葉にし辛いものがあります。其れ故に釈尊も「覚り」そのものを表現することに以後の後生を費やします。



哲学・思想ランキング





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2018年08月21日 06時19分37秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: