Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2019年04月08日
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カテゴリ: 夢有無有
「霊魂論」エチカ詳解161
 現代物理科学は光・電磁波・光子は,実際には事実上には質的には同じものだとします。簡素化して一言で云えば、粒子性を強調すれば「光子」であり、動的性を強調すると「電磁波・光」となります、同じものを局面を違う立ち位置から観相したものと捉えられます。更には電磁波を量子化したものが光子(Photon)ということになるわけです。光を光を波として捉えるか、或いは、粒子として捉えるかは永らく論争の的とされましたが現在では両方の質を持つと結論されています。光を波ととらえた時には電磁波と呼び、粒子性を強調する時には光子と呼ぶとしても案外間違いないといえます。光子というのは、この光の粒子性を強調して光を表現したい場合に使う言葉であり、光子とは「光つまり電磁波」です。電磁波は、場の量子論では光子の集合として扱われています。光子も質量がないため、電磁力は無限の距離にまで到達すると考えられるとされますが、質量及び大きさを持たないもが何故に粒子性を持つのか、波動性とは質量を持たないエネルギーなのでしょう。文系の著者は運動だけありて質量なしの活性体を想像することは困難ですが、立ち位置を変えて形而上学的に眺めれば見えざる力の発露、宗教哲学に立ち位置を持てば次元を持たない仏教哲学の「空」理論が想起されます。何れにしろ「光」は世界を維持する何者か或いは其のものなのかも知れません。世界外神格を思考するときには矛盾性を帯びます。スピノザや仏教哲学では神格を否定することは可能ですが、「光あれ」では喩えとしては可能でも、世界創造の前段階の説明が要請されます。結論として大いさ、重さも体積も無いものが人間生活に関わる空間や時間に何故の因果関係を持つのか検討は神を問題にする限りは推敲は必須項目でしょう。



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最終更新日  2019年04月09日 06時05分04秒
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