神の存否-31 ユークリッド幾何学によって、公理、定義、定理(=命題+証明) というスタイルが出来上がったわけですが、スピノザは「定義」を「公理」に先立つものとして意義付けています。彼の「公理」に先立つ「定義(Definition)」を分析すれば、定義は辞書的には各人・夫々が語句の基本的意味合いを混乱しないようにするものですが、スピノザ自身は定義を「真実」そのものが発する根元だと捉えているようです。其れ故に、定義を公理や定理、証明や備考及び系の最前面に掲げたのでしょう。其の「定義」に次ぐ「公理」ですが、ユークリッド原論・数学のどんな分野のどんな定理も、先ず最初に仮定があり、そこから証明が展開され、最終的には定理が導かれる。其れ故に定理から仮定を遡って行くことが出来得る筈です。然し乍ら、仮定を無限に遡及すれば宗教家の説諭のごとく、災禍にあった人間の結果から原因遡及を絶え間なく追求する、即ち、答弁に困惑して神に行き着くまでは、止まないことになります。普遍に自然世界においては現実世界の真理を追求する幾何学や数学は実在的真理を求め、その現時点では、「公理」は無矛盾性を証明することは不可能であっても、直接に自明の理として承認され、それによって他の命題を証明することのできる基本命題だというとなります。仮に、ホーキング(Stephen William Hawkin)が主張するように、物理の法則によって宇宙が誕生したなら、宇宙の誕生前に物理の法則はどこに存在していたのでしょうか。量子重力理論は其の問いにもこたえようとしています。